119
ブレックファーストのテーブルには、焼きたてのパンとラタトゥイユ、櫛切りにされたトマトとナスのサラダなどが並んでいる。
テーブルの短辺にはニースが位置し、ニースから見て右側の長辺にガッタとカリーネが、左側にはサーヴァとルナールが座っている。五者は終始和やかに会話を交わしながら食事を楽しみ、ダイニングには牧歌的な風景が広がっている。
そんな中で、ニースはサーヴァに、ガッタの教育についての相談を持ち掛けた。ちなみに、ニースの髪形は三つ編みのままである。
「サーヴァ。そろそろガッタに、作文や計算を学ばせるべきだと思うんだが、どうだろうか? 一応、曜日や数の数え方くらいは教えてあるんだが、それだけでは、いささか心許ない」
「そうですねぇ。寄宿学校に通うのは十歳からですが、その前に、ある程度は家庭学習で慣らしておく必要があるでしょう。私も、お手伝いしましょうか? ランチのあとでしたら、ゆっくりお教えできるかと」
「そうしてくれると助かる。将来的に躓かないためにも、初歩的な部分は、頭の柔らかいうちに身に付けさせておいた方が良い。あとあと楽になるはずだ」
「きしゅく、がっこう?」
ニースとサーヴァの会話を小耳に挟んだガッタは、パンにブルーベリージャムを塗る手を止め、聞き慣れない単語を反復した。答えを求めてガッタがカリーネの方へ顔を向けると、カリーネは向かいに座るルナールの方を注視して助けを求めた。
カリーネからの熱視線を感じたルナールは、レンズ豆を掬ったスプーンを一旦下ろし、ガッタに説明した。
「いま、ガッタちゃんは七歳だけど、あと三年経ったら、同じくらいの年齢の子供たちが集まる場所へ行って、五年間を一緒に過ごすことになるの。それが、寄宿学校よ」
「ふぅん。さんねんって、どれくらい?」
「ガッタちゃんが最初にここへ迷い込んで来てから今日までで、だいたい半年ちょっとだから、同じ長さの時間を、あと六回繰り返したら三年になるわ」
「わぁ。すっごくながいね」
まだまだ先のことだと感じたガッタは、パンを口に運んで平らげたあと、別の質問をニースへぶつけた。
「ねぇねぇ、ニース。ニースも、きしゅくがっこうにいったの?」
「話を聞いていたのか。戦前の古い学制が残っていた頃だが、僕も寄宿生活を送っていたよ」
「ふるいがくせいって? なにかちがうの?」
ニースはガッタの質問に対し、どう説明すれば七歳児でも理解できるかと悩み、青い瞳をサーヴァの方へ動かした。ニースの窮状を察したサーヴァは、レタスに突き刺そうとしたフォークを置き、ガッタに説明し始めた。
「現在は、多種属共存といって、エルフだろうとヒトだろうと関係なく、みんな同じ仲間として暮らしていますが、今から半世紀ほど昔は、全然違ったのです」
「むかしは、どうだったの?」
「昔は、エルフはエルフだけの、ヒトはヒトだけの学校へ行くのが当たり前でしたし、同じ種属でも、性別によって分けられていることが多かったのです。かくいうニース様も、それから私も、エルフ属の男子だけが通える寄宿学校へ行きました。学校だけでなく、お役所やスポーツ競技なんかも、種属別にセクション分けされておりました」
「なんで、そんなことしてたの? なかよくしたらいいのに」
「ごもっとも。しかし、それを実現するために、時に血で血を洗う凄惨な戦争が行われてきたのも史実なのです。少しの知識と想像力があれば防げたはずなのですから、愚かなものですねぇ。まっ、このような馬鹿げたことをしないためにも、私とお勉強しませんか?」
「うん。サーヴァとおべんきょうする! おしえて!」
「では、ランチのあとに、私の休憩室へお越しください。準備を整えておきますゆえ」
「わかった。たのしみだな~」
サーヴァは、やはり家庭教師に向いている。
ガッタの関心を誘って巧みに学問の道へ誘導していく様を見ながら、ニースは改めてそう思ったのであった。




