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サーヴァの煽てに乗ったシュヴァルベが、長く使われていなかった部屋のカーテンやシーツを交換している頃、食事を終えたガッタは、ソファーに座るニースの膝の上に腰掛け、二人で歓談していた。
「じゃあ、あしたもここにいるのね?」
「あぁ、そうなるな。カリーネがホテルに置いてる荷物が届くのは、早くとも昼過ぎになるだろう。帰るのは、明後日の朝にしよう」
「わぁい。――キャッ!」
ゴロゴロゴロ。稲妻が光り、遅れて雷鳴が轟く。落下地点が遠いのか、それほど大きな音ではない。雷鳴から間もなく、大粒の雨が降り出した。
風でレースがはためく窓辺へ向かおうと、ニースは立ち上がろうとする。しかし、膝の上に乗っているガッタは半身を捻り、ニースの懐に横顔を押し付けるようにもたれたまま動こうとしない。
「い、いまの、なに? すっごいおおきいおと」
「ただの雷だよ。夏の湿った空気が起こす気象現象だから、恐れることはない。窓を閉めるから、膝から降りてくれ」
「まって。もうちょっと、このままにして」
雨が吹き込むと家具や調度が水滴に濡れて傷むから、早く窓を閉めたいのだが。ニースは、そう思いながらも、無理にガッタを引き離そうとせず、ガッタの恐怖心が和らぐまで、そのまま動かないでいることにした。
その姿勢で、トクトクというリズミカルで耳に快い穏やかな心音を聞いているうちに、食後の満腹感も手伝い、ガッタの瞼は次第次第に重くなっていった。
そして、すうすうと静かな寝息が聞こえるくらいにガッタが深い眠りに落ちると、ニースは、そっとガッタの身体を持ち上げてソファーに横たえた。そして、窓を閉めてから、またソファーに腰を下ろし、ガッタの小さな頭を持ち上げ、膝へ乗せた。
「旦那! ベッドの準備が出来たよって、あら? なんだい、まだサウナに入ってなかったのか。何してるんだ?」
「静かに。ガッタが寝たところだ」
カリーネがソファーの前へ回ると、ニースの膝を枕にしてガッタが眠っているのが見えた。ガッタは、よほど気持ちが良いのか、手足をだらっと脱力させ、蕩けたような表情をしている。美味しいものや綺麗なもの、素敵なものに囲まれた、可愛い夢をみているのかもしれない。
「あぁ、そういうことね。今度は、不貞寝じゃなさそうだ」
「よほど待ちくたびれていたのだろうな。妥協して適当に済ませるということが出来ない性分なのかもしれない」
「何事にも一生懸命なのは、なにも悪くないだろう」
そう言うと、カリーネはガッタの身体の下に腕を通し、軽々と持ち上げた。
「ガッタちゃんは、あたしがベッドへ運んどくから、旦那は汗を流してきな」
「あぁ、そうしよう。朝になったら、一緒に入りたかったと言われそうだが」
「ハハッ。そうに違いないね。でも、このままにしてたら、旦那の膝が痺れるよ。しばらく会わないあいだに、ひと回り大きくなったもんだ」
カリーネはガッタをベッドへ運び、ニースはカリーネの姿が見えなくなってから、おもむろに立ち上がってサウナへ向かった。廊下を歩くニースの足取りがぎこちない理由は、説明せずとも察していただけるであろう。




