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ほどほどにフルーツを平らげたあと、ニースは帰る前にベッドルームの様子を伺っておくことにした。
呼吸は深いが、唾をのむ喉の動きやピクピクと耳が反応する様子から、まだ眠りには落ちてないと判断し、独り言のように呟く。
「ネックレスは置いていこう。ジュエリーボックスは、ちょうど二連入れるように出来ているから、保存に最適だろう」
サイドボードの上にネックレスを置いたまま、ニースは部屋をあとにした。
ドアが閉まる音がしてから、数秒後。扉の向こう側から気配が消えると、ミオはベッドから身体を起こし、サイドボードの上を確かめた。そして、そこにネックレスが残っているのを見ると、それを手に取ってラウンジスペースへ移動し、手首に巻いているもう一つのネックレスと一緒に、ジュエリーボックスへ収納した。
それから、しばらく。
すっかり水平線の向こうへ日が落ちた頃に、ようやくニースはペンションへ帰って来た。
出迎えに現れたルナールに連れられ、ニースがダイニングへと移動すると、そこにはガッタが腕を枕に片耳を下へ向け、寝たフリをしていた。
「夏場とはいえ、湖畔の夜は冷える。眠たいなら、ベッドで寝なさい」
そう言って、ニースが肩を揺すろうとすると、ルナールがガッタの言葉を伝える。
「キスしてくれないと起きないと言ってましたよ。姫君を待たせすぎではありませんか、王子様?」
「僕は、王子でも貴族でもない。――下らない意地を張ってないで、起きなさい」
ニースはガッタの肩を揺するが、どれだけ大きく揺らしても、ガッタは決して目を開けようとしない。そうして、ニースがガッタのわがままに翻弄されているところへ、カリーネが冷やかしにやってきた。
「ほんの挨拶みたいなものじゃないか。軽くチュッとやってあげなよ、旦那」
「入れ知恵をしたのは、君か?」
「あたしは、なんにも言ってやしないよ。ただ、待たせて悪いと思わせるくらいのことは、しても罰が当たらないんじゃないかとは言ったような」
「まったく。――今後、同じ手を二度と使わないように」
やれやれといった調子で短くフッと息を吐くと、ニースは、伸びてきたガッタの黒髪を掻き上げ、薄紅色の頬にコーラルピンクの唇を寄せた。
すると、ガッタは口づけした瞬間にパッチリ目を覚まし、顔を離したニースに向かって満面の笑みで言った。
「おはよう、ニース。おそかったね」
「よんどころない事情が有ったんだ。すまなかった」
ニースが謝った瞬間、ガッタの腹からキューッという音がした。ガッタは、ハッとバツの悪い顔をして両手で腹を押さえた。
ニースは、ルナールに食事の準備を急ぐよう命じ、カリーネは、ルナールのあとに続いて食事の準備を手伝い始めた。




