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桃、アプリコット、レーズンのフルーツ三種盛りが届いたところで、ミオとニースはベッドルームからラウンジスペースへと移動した。
マホガニーのローテーブルに、フルーツが載った瀟洒なゴブレットを置き、ソファーに座るニースがせっせとナイフとスプーンで皮と種を取り除いてガラス製の取り皿に並べては、ミオがフォークで口に運んで行く。
そうして、半分ほどゴブレットが空になったところで、ミオはフォークを置いて席を立ち、ジュエリーボックスを持って戻り、ニースに渡す。
「臨終直前に、マオから託されたの。持ち重りはしないから、大した物は入ってないと思うんだけど、捨てられないし、盗まれても嫌だから、旅行にも携帯してるの。丈夫に出来てる上に、中身がわからないから、ハンマーやなんかで乱暴に開けることは出来ないわ」
ニースはハンカチで手に付いた果汁を拭うと、六面を観察し始めた。箱の表面には蝶と草花の模様のエッチングが施されているくらいで、これといって特筆すべき点はない。蝶の胴部分に小さな穴があるので、そこに鍵を差し込んで開けるのだろうと、容易に推測できる。
「鍵は、預かってないんだね?」
「そうよ。一緒に持ってるなら、中身が分かるじゃない」
ニースは箱をゴブレットの横に置き、フォークでフルーツを食べ始めた。桃を口に運び、瑞々しく甘美な味を楽しんでいると、ふと、あることを思い出した。
「ひょっとして、コレか?」
フォークを置き、ニースは、屋敷の井戸で拾い上げた鍵をベストのポケットから出した。そして、鍵を穴に差し込んで半回転させると、カチャッと小さな金属音がして、ジュエリーボックスの側面に薄く隙間が空いた。
ニースが隙間に指を添え、壊さないよう慎重に開くと、中にはワックスで封がされた手紙が入っていた。
「読んでみるか?」
「えぇ。――ミオへ。この手紙を読んでいるということは、もう私は生きていないということなのでしょう。こんな非常事態でなければ、どこか空気の澄んだ街に出掛けて、美味しい物でも食べて元気を取り戻せるんでしょうけど。病弱な姉で、ごめんなさいね。せめてミオだけでも長生きして、私の分も楽しい日々を過ごしてちょうだい」
開封して読み上げていたミオは、そこで一旦区切ると、二枚目の手紙をニースへ渡した。
「あなたのことも書いてあるわ。ご自分でどうぞ」
「あぁ。――ニースへ。さいごに一目会いたかった気もしますが、やつれた姿を見せずに済んで、かえって良かったかもしれません。もし、無事に戦地から戻ってくることが出来たなら、ミオのことを守ってあげてください。どうか、私との婚約を果たせなかったことを気に病まないで、前に進んでね」
ニースは手紙から顔を上げると、ミオの顔を見て何か言おうと口を開いたが、手頃な言葉が浮かばず、すぐに口を閉じた。
「言いたいことは分かるわ。でも、鍵が見付かるのが遅すぎよ。アーア、貴重な時間を五十年も無駄にしちゃった。いがみ合ってたのが、馬鹿みたいじゃない。なんだか、またドッと疲れたから、少し横になるわ。フルーツは平らげちゃっていいから、好きなだけ食べて帰りなさい。今持ってる手紙は、そのまま自分で持って帰ってちょうだいよ。おやすみ」
呆気に取られているニースをラウンジに残し、ミオはベッドルームへと戻って行った。




