011
朝食が済んだニースは、再びコートと防寒具を身にまとい、麓の駐在へと移動していた。
ヤカンを載せたストーブの横で、ニースは折り畳み椅子に座り、事情を説明している。その机の向こう側では、制服を着たオーク属の女性警官が、適当にメモを取りながら話を聞いている。
「ガッタなんて名前の子供は、この辺じゃ聞いたこと無いわ」
「誘拐や失踪の届出もありませんか?」
「それも無いの。ここに届いてないとなると、かなり遠くから迷い込んだことになるわね」
「黒髪で、赤い目をした少女なのですが」
「そんな目立つ子がいたら、すぐに誰かが気付くはずよ。えーっと。どこで見つけたんだっけ?」
「温室の近くにある、古井戸のそばです」
「井戸から出てきたってことは無いの?」
「まさか。あの井戸は、地下水脈に続いてるだけです。いつも水やりに使ってますけど、ヒトは通れませんよ」
「あぁ、そうか。ヒト属なんだったな。サラマンダー属なら、ありうると思ったんだけど」
このあともニースは、ガッタの身体的な特徴や、性格的な気質、更には、男性保護者の存在があった可能性まで触れ、少しでも有力な手掛かりにならないかと持てる情報を洗いざらい打ち明けた。
だが、人跡まばらな地に派遣される警官に対し、優秀な人材であることを期待する方が間違っているというものである。何度も同じ話をさせられた挙句、ここで預かるのは厳しいから、出来ればそちらで面倒を見てくれると助かると言われ、丸投げされてしまった。
「長々と失礼いたしました」
「いやぁ、こちらこそ悪いね。力になれなくて」
「いえ。それでは、僕は、これで」
「何かあったら連絡するわ。遭難しないように、気を付けて帰りな」
ニースは、引き戸を開けて駐在を出た。そして、重い足取りで来た道を引き返し始めた。
「化け物ではあるまいし。井戸から少女が出て来るはずない」
幽霊にしては存在感が強すぎ、怨恨を抱えているにしては天真爛漫すぎるガッタの姿や行動パターンを思い浮かべつつ、ニースは山道を注意深く歩きながら、脳内で新たな可能性を考え始めた。
ガッタは、どこから来たのか。ガッタは、何者か。ガッタは、どこへ行くべきか。正解へ辿り着かない疑問ばかりが、粉雪のように次々と頭の中に累積していった。




