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薔薇には本数によって花言葉が異なり、五十本の薔薇には、永遠や恒久といった意味がある。
ニースが薔薇にまつわる豆知識を教えていると、デッキに近付いたところで、ガッタは立ち止まった。
「ニース。リボンだけ、むすびなおしてもいい?」
「仕上がりは白黒だから、色味は出ないよ。第一、このタイミングでペンションに戻るのは、予定のルートに無いことだ」
ニースがガッタに諦めさせ、再び歩き出そうとすると、ガッタは繋いでいない方の手を広げた。手の中には、小さく丸められたスカーレットのリボンがあり、広げた拍子にスルスルと一本に戻った。
「えへへ。もってきちゃった」
「あらあら。仕方ない子ね、ガッタちゃん」
クスッと笑いながらルナールが言うと、ニースは小さく吐息をもらした。そしてニースは、手早く結び直すよう、ルナールに命じた。
リボンを結び直したあと、三人は桟橋の上へ乗り、少しばかりベンチで待った。キツネのような耳と尻尾を持ったウルフ属のカメラパーソンに渡された紙に、ペンで名前や届け先を記入していると、順番が回って来た。
「お嬢さま、私ではなく、キャメラのレンズをご覧くださいませ。お父さま、もう少しにこやかに。お母さまは、顎をお引きになって……」
スツールに座るガッタを中心に、右手にルナールが立ち、左手にニースが立っている。その三人を、肉眼とカメラのレンズ越しとを見比べながら、カメラパーソンの女性が指示を出す。女性はレンズを覗く際、暗幕に入り込み、ルーペを見ながらピントを調節している。これは、この世界で使われているカメラが、古い写真館にでも飾られているような、三脚の上に蛇腹の付いた箱が載り、シャッターとフラッシュが本体とは別に付属しているタイプのものだからである。
その様子を見聞きしながら、ガッタはニースに質問したい気持ちをグッとこらえて微笑み、ニースは家族ではないと説明したい欲求を心に留めながらレンズを見据えた。ルナールは、そんな二人の心情を察しつつ、何も言わずに控えめな笑顔を浮かべた。
「はい、よろしゅうございます。そのまま、まず一枚目。……はい! 続けて二枚目。……はい! 美男美女に撮れました。お疲れさまでございます。それでは、足元にお気をつけて、お帰りくださいませ」
桟橋から戻ってから再び慰霊塔の方へ歩き出す道すがら、ガッタはニースに対して質問の嵐だった。訊かれたニースは、カメラで写真が撮れる仕組みから、昔は三分ほど微動だにせずにいなければならなかったエピソードまで話さなければならなかった。
ガッタの好奇心にニースが振り回されている姿を、ルナールは一歩後ろで見守っていた。




