第48話 旧友
王立学園は高校と大学が合体したような仕組みになっている。
小中学校レベルの教育課程は私塾や家庭教師に習い、より上位の学習を行う。
これは貴族制の社会だからこその考え方だろう。
幼少期は自分たちの領地で教育を施し、大人になる前に王都に移動して社交の場に出る。
ただただ勉学に勤しむだけでは足らず、交友関係を広げ、自分たちの身分や領地の場所、派閥などを考えながら、フィーリングのあった相手と縁談を行う。
血を残すこともまた貴族に求められる仕事の一つだ。
領地を継ぐ長男や長女ならば嫁や婿を探し、継承権のない子どもは仕官先を探すことになる。
貴族ではない学生たちも、仕官先を探したり、あるいは人脈を形成し、将来の足掛かりにする。
国民のほとんどが大学に通えるような状況ではないからこそ、入学するものには最低限の血筋か、あるいは幅広い才覚が求められる。
学園は国家や領地の運営に相応しい授業を用意する。
その学園で、マリエルは優秀な成績を残していたらしい。
職員室に向かうマリエルの姿は、とても落ち着いて見えた。
馬車に乗っていた時の強張り方が嘘のようだ。
どちらかと言えば自分の方が緊張しているな、と渡は思った。
昔から学校や美術館のような、足音や呼吸の音すら聞こえてきそうな静けさは、なんとなく緊張してしまって好きではなかった。
「ずいぶんとリラックスしているな」
「はい、おかげでとても気分が楽になりました。一度過ぎてしまえば、何をあんなにも思いつめていたんだろう、と馬鹿馬鹿しいように思えます」
「そう考えられるのも、乗り越えたからだって。アタシも経験あるから分かる」
「え、エアでもそんなことあるのか?」
「あ、主ひどーい! アタシだって悩むことはあるんだから!」
「ちなみにどんな悩みなんだ? 今日の晩御飯とか?」
「そうそう、肉系が良いか魚系が良いか悩むよね……って違うから!」
ふがー! と威嚇の声を上げるエアの姿に、渡とマリエルが声を上げて笑った。
廊下に三人の控え目な声が反響する。
授業中なのか、授業がもう終わったのか、渡には分からないが、廊下には人の気配がまったくなかった。
「もう、主はアタシをどんな性格だと思ってるのさ」
「強くて悩みなんて一つもない、みたいな感じかな」
「そんなわけないし。アタシだって初めて戦場に立つときとか、闘技場で勝ち続けたのに奴隷になったときとか、主に買われたときとか、すごく悩んだんだよ?」
「そうか。悪かった。それじゃあもっと優しくしてやらないとな」
「なんかそれもヤだなー」
「贅沢だな!」
エアがキャッキャと高い声で笑う。
冗談交じりの話を続けていたが、エアにもたしかに悩みはあるだろう。
それを他人に感じさせない強さがあっても、内心では悩むし、傷つくのだ。
それを感じ取って、サポートしてあげたい。
良い気付きになったと思った。
「さあ、もう着きますよ。エアの冗談もそろそろ終わりにしましょう」
「冗談じゃないし! 本気だし!」
「しっ」
「ん……んんんー」
恨めしそうな目でマリエルを睨みつけているが、それでもエアはひとまず黙った。
話していい場と、黙らなくてはならない場を弁えているのはありがたい。
こういうのも護衛の仕事で身に着けるのだろうか。
「あら、マリエル……マリエルじゃない!」
「フィーナ……」
さあ職員室に着くという直前、一人の少女がマリエルを見て、驚いた声をかけた。
そして、マリエルが目を見開いて驚いていた。
そして、ローラに相対した時よりもはるかに緊張した様子を見せた。
先ほどまで不安を乗り越えたと言っていたとは思えない、狼狽した姿だった。
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最初からそれほど仲の良くなかった相手に嫌われようと、あるいは軽蔑されようと、比較的に精神的な負担は大きくない。
ローラのようにやり込めることができればそれに越したことはないが、別にあなたにどう思われようと関係ないし、と自分を慰めることもできるからだ。
だが、友人は違う。
かつて心を通い合わせ信頼し合った関係の人物に嫌われたり、蔑まれたりするのは、心に深い傷を残すだろう。
マリエルにとって、フィーナは学生時代とても仲の良い友人だった。
子爵家の三女だったフィーナは同い年。
頭脳明晰、才気煥発を地でいく才媛ぶりを発揮し、教師からも一目を置かれていた。
外見も美しく、挙措の一つ一つが洗練されていた。
マリエルとは性格的な気質が合ったこともあって、よく一緒に勉強したり、食事を共にした。
領地に帰る予定だったマリエルに雇ってもらおうかしら、などと言うこともあるぐらいには、信頼してもらえていた自信がある。
彼女は後が継げないから、どこかに嫁入りするか、自力で就職先を探す必要があった。
そんなフィーナに理由を告げる間もなく、マリエルは学園を退学したのだ。
マリエルにも事情はあったが、裏切られたと思っていてもおかしくないし、なぜ黙っていたのかと詰られても不思議ではない。
それだけに、フィーナがどのような反応を示すのか、マリエルは怖くて仕方がなかった。
「フィーナ、その、久しぶり。元気にしてた?」
「……良かった! 無事だったのね!」
だからこそ、フィーナが目に大粒の涙を湛えながら、マリエルに抱き着いてきたとき、心の底から歓喜がほとばしった。
「わたくし、ほんとうに、ぐすっ、心配したんだからっ!」
「ごめ、ごめんなざい゛、ずっと、わたしも会いたかった」
「いいのよ、こうして、会えたんだから。ああ、夢じゃないのね? とても立派で、綺麗に、ふぐっ、なって……」
「ええ、ええ! フィーナ、あなたも、とっても……綺麗よ」
声が震えて言葉にならない。
良かった。フィーナは心配してくれていた。
嬉しくて、申し訳なくて。でもやっぱり嬉しくて。
ああ、フィーナはやっぱり、私の心から許せる友人だ。
感情を抑えようとしているのに、涙が溢れて止まらない。
胸がいっぱいになっていた。
ドレスが涙で濡れてしまう。
頭のどこか冷静な部分でそんな心配をしながら、フィーナと抱き合った。
全身で感じる確かな感触。
大切な親友が、今もそのままの優しさを持ったまま、温かく迎えてくれた。
なんて幸せだろうか。
この親友の気持ちを二度と裏切りたくない。
これからもずっと、仲の良い心許せる人であってほしい。
また友人として相応しい人でありたい。
マリエルは涙を流しながらも、その表情は笑顔だった。





