第22話 マリエルから見た渡の実家
マリエルたちは家の中に案内されて、居間の椅子に座っていた。
大きなテーブルがあり、渡のアパートよりよほど広い。
エアコンがしっかりと利いていて、涼しかった。
大阪の夏は暑すぎるように感じていたマリエルにとってはとても助かる。
渡に実家に連れられてきたマリエルは、実のところ祖父母と会うのには躊躇いがあった。
こちらの世界には奴隷制は廃止されて長く、自分がどのように受け入れられるのか想像もつかなかったからだ。
だが、その心配は杞憂のように思えた。
「こんなとびきりの美人を二人もどこで拾ってきたんだ……」
「うちの渡ちゃんがモテるわけがないですよ」
「人買いか? 一昔前に田舎の農家がフィリピンから嫁を買うっちゅう話があったが、北欧かどこかの難民を手籠めにしたんか?」
「あなた、人買いなんて人聞きの悪い。最近はレンタル彼女というビジネスがあるそうですよ。独り身で帰るのが心苦しくて見栄を張ったんじゃありませんか?」
「おお! 聞いたことある。ワシはホステスに頭を下げてむりやり同伴してもらってるのかと思ったが、婆さんはどう思う?」
「その線も濃厚ですねえ。渡ちゃんは悪い遊びは手え出さへんと思ってたんやけど」
「ちょ、ちょっと、帰ってくるなりそういう話を聞こえるようにするの止めてくれるかな!?」
渡が慌てて駆け寄り、話を遮ろうとするが、祖父母の二人は楽しそうに笑っている。
マリエルは意外なものを見て、目を見開いていた。
(ご主人様のこんな態度初めて見ました)
(それだけ気安い関係ということなんでしょうが、家族仲がとても良さそうです)
渡だけでなく祖父母の二人もとても自然体で、柔らかく暖かな空気が感じられる。
渡の優しさの理由が少し分かった気がする。
それに、意外に人買いというのも鋭い。
マリエルとエアは奴隷だから、買われたことは少しも間違っていないのだ。
(父様と母様は元気にしているでしょうか?)
(ああ……知れると分かった今は、一刻も早く無事が知りたい)
それと同時に、今は離ればなれになっている両親のことを思い出して、マリエルの胸は痛んだ。
これまでは意識的にできるだけ考えないようにしていたというのに、渡が希望を見せてくれたことで、気になってしまう。
今頃はどうしているんだろうか。
元気でそれなりにやってくれていれば良い。
だが、もし二人も奴隷に身分を落として、劣悪な環境に置かれていたら。
一刻も早く情報を得たいと思った。
考えに沈みそうになるマリエルの横に渡が立つ。
がっしりと肩を掴まれた。
力強い抱擁に、身も心も預けてしまいたくなる。
渡はマリエルにとってとても魅力的な異性だ。
優しく行動力があって、自分たちを大切にしてくれている。
個人で動く商人でありながら、貴族とも臆せず相手をして、立派に交渉し、大金を稼いでいる。
少なくとも破産したことで家庭を失ったマリエルからすれば、爆発的な稼ぎを持つ渡は素晴らしい男性に思えた。
「二人はいま、訳があって俺の所に身を寄せてるんだ。二人とも、俺の大切な人だよ」
「マリエルです。渡様にはこの短い間ですが、とてもお世話になっております」
「エアです。よろしくお願いします。アタシはあんまり喋るのが得意じゃないから、失礼なこと言ったらごめんなさい」
「おうおう、ワシは徹、こっちの婆さんが美恵子だ。二人とも本当に良い子だなあ。渡にはもったいないくらいだ。大切にしろよお」
「それは俺が思ってるよ。まったく」
そして自分たちをとても愛してくれている。
実家にまで連れてもらえて、家族に紹介してもらったことで、より認められたような気持ちになった。
こちらの世界ではどうか知らないが、マリエルにとって家族に紹介するのはとても名誉なことだ。
不貞腐れたような態度を示す渡に、ドッと祖父母の二人が笑った。
不満そうな態度すら面白いといった様子だ。
徹と美恵子はどちらも白髪交じりで、年は七十歳。
顔に多くの皴ができ、入れ歯や腰痛といった不調はありながらも、比較的に元気な方だろう。
「しかししばらく帰ってこなかったのに、今日はどうした?」
「盆だから顔見せておこうと思ってさ。これ、お土産」
「おお! GoGoGoの豚まんじゃないか。これ、電車の中で匂いが漂って、あ、あいつ買ったなって見られるから買いづらいんだよなあ」
「あなた、こっちは陸路おじさんのチーズケーキですよ。何年か前に五百円じゃなくなってしまったんですよねえ。あら、まだ熱いわ」
「悪いなあ。さっそくいただこうか」
「私が切ってきますよ。残りは冷やして食べましょう。あなたはお茶でも出してくださいな」
てきぱきと二人が動き出す。
見た目の老い方に反して、体の動きはしっかりとしている。
野良仕事を好きでしているだけあって、それなりに鍛えられているのだろう。
マリエルの地元でも、農家の人たちの足腰はとても強かった。
ただし、渡の祖父母ほどまで長生きする人はそれほど多くない。
流行り病で亡くなる人や、モンスターの被害で亡くなる人も多いからだ。
「爺ちゃんは畑を今もやってるの?」
「ああ。今の時期だとトマトとナスとキュウリが美味いぞ。晩飯にも出すが、持って帰れ」
「ありがとう」
「つい植えすぎてな。婆さんと二人じゃ食べきれなくて困ってたんだ」
「畑について、あとでちょっと相談に乗ってほしい。一度育ててほしいものがあるんだ」
「相談? まあ聞くだけ聞いてみるか。お前たちの部屋は綺麗にしてるから、二階を使ってくれや」
「ありがとう、荷物だけ置いてくる」
渡が勝手知ったる自分の家と、マリエルとエアを置いて、荷物を持って二階に上がっていく。
エアはキョロキョロと周りを興味深そうに観察している。
こういうところの神経の図太さ、周りの気にしなさはすごいと思う。
マリエルなどは、ご家族の前で失礼なことをしないか、気を引き締めてしまう。
残されたマリエルの前に、優しそうな笑みを浮かべた徹がいた。
不躾ではない程度に、見られている。
「マリエルはんといったかな」
「はい、お爺様」
「ふふ、ワシをお爺様と呼んでくれるか。あの渡がなあ……」
感嘆の溜息をついて、徹が笑った。
それは長い過去にもとづいたものだが、マリエルには二人の間の積み重ねは想像もできない。
きっと長い間、とても大切な時間をいくつもともに過ごしてきたのだろう。
「今の状況に不満はないかい?」
「以前に比べたらとても良くしていただいています」
「そうかいあの子のことをよろしくお願いしますわ。悪い子やないんだけど、抜けてるところも多いから」
「孫のことは余計にそう見えてしまうのですよ。渡様はとてもしっかりされてますよ」
「そうだといいなあ。だがあの子は昔からとんでもないミスをしでかしてな」
徹が深々と頭を下げた。
知らないとはいえ、とても奴隷にしてよい態度ではなく、マリエルは慌てた。
なんとか頭を上げてもらうと、徹が渡の幼いころの失敗談を、本人がいないのを良いことに面白おかしく話し始めた。
意外とやんちゃだった過去を知って笑ったマリエルとエアだが、ふと両親の話がまったく出てこないことに気づいた。
そういえば、渡からも祖父母の話は以前ちらりと出たが、両親については一切知らされていない。
マリエルは好奇心に蓋をした。
主人の話したくないことを聞き出すような真似はしたくないし、いつか必要であれば話してくれるだろう。
そんな信頼ができていた。
「何かあったらワシに相談してくれると嬉しい。老いぼれにできることは限られてるだろうけど、それでも助けになれることもあるはずだから」
渡の足音が聞こえてきたとき、徹はそれだけを言うと、なんでもなかったかのように冷たい茶を飲み始めた。





