第63話 気高き魂 後編
渡は半歩前に出てステラをかばうと、睨みすぎないように気を付けながら、古エルフの女店主を見た。
前回はモーリス教授に協力してもらって、なんとか杖を手に入れたが、できれば穏便に事をすませて魔力計測器を手に入れたい。
そう考えると、最初から激昂してしまうのは、あまりよろしくなかった。
ムカムカとしだす心を抑えながら、できるだけ平静な声になるように気をつける。
「うちのステラにそういう失礼なことを言うの、止めてもらえます?」
「ハン! 本当のことを言っただけじゃないか」
「じゃあ性根の悪いクソババアって言っても良いんですね?」
「良い訳がないだろうが! 失礼なやつだね!」
「おっと…………。もしかしてご自身の発言をもうお忘れに?」
「ブフッ!」
「誰だい今笑ったのは!? 出ておいで!」
店の片隅から、笑い吹き出す声が聞こえてきた。
店主が顔を赤くして怒鳴ると、笑い声の主は押し黙った。
しばらく棚向こうを睨みつけていた店主だが、やがて顔を戻すと言った。
「それで、わざわざ醜いエルフのなり損ないを連れて、いったいうちの店に何の用だい?」
「魔力計測器が欲しくてきました。……このあたりでは、あなたの店でしか販売していないそうなので」
「お断りだね」
「どうせ杖の素材も碌なものが手に入らなかったんだろう。残念だったねえ……」
ニチャア、とした意地の悪い笑みを浮かべる古エルフのババアを見ていると、エルフの誇りはどこにいったのか、と問い詰めたくなる。
渡は舌打ちを堪えながら、しかしこれは反撃のチャンスだ、と思った。
少なくとも、杖についてはこれ以上ない反撃材料が手に入っているのだ。
「そうでもありませんよ。ステラ、見せてさしあげろ」
「は、はい……」
「こ、これはまさかっ!? 風竜鱗……!?」
「目は確かなようですね。さすがの見識です」
「んな!? ななな!? なな、なんだってぇええええええっ!? い、いったい何処でそんな素材を手に入れたっていうんだい!」
「それは言えません。さる方が提供してくれました」
「この力の存在……。ま、紛れもなく本物だね……」
恐る恐る、といった様子で女店主は、杖を観察していた。
ステラが魔力を込めれば、すぐにでも秘められた力は解放され、圧倒的な暴風を巻き起こすこともできる。
気圧されているが、店主は気を取り直したように、キッと目つきを鋭くしたかと思うと、ニヤァっといやらしい笑みを浮かべた。
「と、とにかく! 魔力計測器が必要なんだって? 残念だけど、お前さんたちには売れないねえ。がんばって探しな」
「貴方は、森を抜けて生きるエルフを援助しようと、この店を始めたのでは? 店を始めた目的すら見失うんですか?」
「フン、こいつがエルフらしくないからだ。見てごらん、うちの店には多くの同胞が訪れているが、誰もお前さんを守ろうとはしないだろう。……フン、お前さんのような醜い体を持つエルフの面汚しを庇うものなど、一体どこにいるのかね?」
「うっ、ううっ……」
たしかに……。
店に客として訪れていた他のエルフたちは、息を潜めて成り行きを見守るばかり。
渡は、ステラが美しいと思う自分の感覚が間違っているとは思わないが、それでも、エルフたちにとっては、美的感覚が違うのだという事実は、認めないわけには行かなかった。
「この店で客に売るかどうかは、このアタシが決める。他人にとやかく言われる筋合いはないね。エルフのなり損ないは、購入禁止だ」
「この分からず屋が……」
「それで結構さ!」
渡は女主人と睨み合ったが、売る売らないを決める権利は、たしかに相手にあった。
無理やり買うことはできない。
「…………すまん、ステラ」
「いいえ、わたしこそ、お手間を掛けました……」
ステラのすべてを諦めたような態度が悲しく、胸が痛む。
どうしてステラの体つきが違うだけで、ここまでの対応を受けなければならないのか。
渡は唇を噛み締めた。
このまま引き下がるのは癪だが、これ以上ここにいても状況は好転しないだろう。
別の方法を探すしかない。幸い、この街にはモーリス教授もいる。彼に相談すれば、また別の店の心当たりがあるかもしれない。
問題は、ステラの心だ。
俯いて、震える肩を隠そうともしない彼女の姿は、あまりにも痛々しい。
渡はそっと彼女の手に自分の手を重ねた。
「行こう、ステラ。こんな店、こっちから願い下げだ」
力づけるように言うと、渡はステラの手を引いて店の出口へと向かう。
他のエルフたちは、相変わらず息を殺してこちらを見ているだけだ。何人かは、バツが悪そうに目を逸らしたが、助け舟を出す者は誰もいない。
やはり、エルフという種族はこういうものなのか。渡の中に、エルフ全体への不信感が再び膨れ上がっていく。
トボトボと店を後にしようとした時に、それは起きた。
「こ、ここにいる! 私が、ステラをエルフと認める!」
不意に、店の棚に隠れた一角から、耳障りの良く美しい声が響き渡った。
渡だけでなく、一同がその声のした方に顔を向けた。
そこには若いエルフの美女が立っていた。
黄金を思わせる艷やかな長い金の髪。
細く引き締まった肢体は長いローブに包まれているが、そのスタイルの良さは隠せない。
手足はスラリと長く、腰の位置は高い。
マリエルやエアたちの肢体を見慣れている渡からすれば、ともすれば貧相とも受け止められる体つきだが、それはそれで一種の美を感じさせる肉付き。
エメラルドのような碧い瞳は理知的な光を宿し、キリリとした表情は、意志の強さを感じさせる。
山高帽と分厚い魔術書、そして細く短めの杖を腰に佩いた姿は、魔女かくあるべし、といった姿だった。
ある意味では、エルフらしいエルフ、と言えるだろう。
「ツアーじゃないかい。一体どういうことだね?」
女主人の狼狽した声が、エルフの美女に向けて放たれる。
ツアーは、毅然とした態度で、ステラに歩み寄ると、膝をつく。
そして、女主人よりもはるかに狼狽し、恐れているその手を取った。
「ステラ? ステラだろう? 彼女こそは、我らの同胞だ。戦となれば真っ先に一番前で戦い始め、退却時には殿を務めた。仲間が傷つけば誰よりも厚く手当をし、劣勢では奮戦した。姿形が多少なりとも奇異とは言えども、その志の高さは高潔で在ることを目指す我らエルフに相応しい。媼、私は彼女をエルフであると認めます」
「正気かい!? この女はエルフのなり損ないだよ!? この体を見なよ! だらしない!」
「いいえ、違います。外見の差異はたしかにあります。ですが、彼女は紛れもないエルフの高潔さを持っている。その在り方を否定するのも、また我々エルフの正しさを否定することになりませんか、媼?」
「むぐっ……!!」
痛いところを突かれた、とばかりに古エルフの女主人が呻いた。
苦々しく表情を歪めながらも、否定の言葉が出ないのは、それを否定すれば、自分の在り方も否定することに繋がるからだろう。
ツアーはためらうように口をわななかせていたが、やがて深呼吸を一度したかと思うと、ハッキリとした声で、ステラに語りかける。
ツアーは再びステラに向き直ると、そのヘテロクロミアの瞳をまっすぐに見つめた。
「里では一族の総意もあって庇うこともできなかった……。ずっと、悔いていたのだ。誰よりも矢面に立ち、殿を務め、一族を救おうと奔走したお前を、なぜ我々はあんなにも冷たく扱ってしまったのか……」
ツアーの言葉は、懺悔の響きを帯びていた。
「もはや我々のことなど、同じ同胞とすら見做していないかもしれない。私は、必死に戦ってくれたお前を、見捨てたようなものだからな」
ツアーは気丈に振る舞っていたが、その声は少しずつ震え、エメラルドの瞳から透明な涙がぽろぽろと溢れ、頬を伝った。
その熱い雫が、握られたステラの手の甲に落ちる。
ステラは、ただ呆然とツアーを見つめていた。
信じられない、というように何度も瞬きをする。
自分を蔑み、拒絶したはずの同胞が、今、目の前で涙を流して謝罪している。
固く凍りついていた心の氷が、その熱い涙で、音を立てて溶けていくようだった。
「ステラ、お前は我々の誇りだ。あの時のことは、本当に申し訳なかった」
「我々は、お前がどれほど苦しんだか、どれほど我々のために尽くしてくれたか、今になってようやく理解したのだ」
「どうか、愚かだった我々を許してほしい。そして、再び我々の仲間として、共に歩んでほしい。……ダメだろうか。もう、遅すぎただろうか……」
「いいえ。いいえっ! そんなことはありません!」
ツアーは気丈に振る舞っていたが、少しずつ声が震え、その目からは透明な涙が溢れ、頬を伝った。
その姿を見た、ステラのヘテロクロミアの瞳からも、涙が溢れ出す。
それは、これまで溜め込んできた悲しみと、今ようやく得られた安堵と、そして言葉にならないほどの喜びが入り混じった涙だった。
「すまない……。本当に、すまないことをした……」
「謝らないで……ください、ツアーさん……。あなたが……あなたがそう言ってくれたことが、わたしにとって、今どれだけ救いになったか……。嬉しい……。嬉しいんです、ほんとうに……っ」
ステラは嗚咽を漏らしながら、ツアーの手を強く、強く握り返した。
ツアーもまた、その手を決して離すまいと握り返し、二人はしばらくの間、静まり返った店の中で、ただお互いの存在を確かめるように泣き続けた。
良かったなあ、ステラ。
君を認めてくれる人は、いたんだ。
今まで気づいていなかっただけだったんだ。
その姿を、女主人は呆然とした表情で見ていた。
――信じられない、と口から音にならない言葉が漏れる。
見守る渡もまた、少し鼻声になりながら、語りかけた。
「どうでしょうか。あなたが言い出したことですし、商品を購入させてもらえませんか?」
「ムギッ! ムググググッ! さ、さっさと用件を言いな! そして買いたい物を買ったら、ウチの店からとっとと出ておいき! 魔力計測器だけでいいんだね?」
「分かりました。すぐにでも。魔力計測器をいくつか、ある程度いただきたい。もし製造方法が分かる設計図などがありましたら、それもいただけますか」
「バカ言ってんじゃないよ! 設計図なんて誰が売るもんか! 計測器だけすぐに用意するから、今のうちに金の用意をしておきな!」
女店主が憤慨しながら、店の中へと足早に歩いていく。
その後姿を申し訳無さそうに見送っていたツアーだったが、ステラに向き直ると、気恥ずかしそうに微笑を浮かべた。
なんだ、エルフにもいい人はいるじゃないか。
エルフ族全体への嫌な印象を持っていた渡は、少しだけ認識を改めた。





