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異世界⇔地球間で個人貿易してみた【コミカライズ】  作者: 肥前文俊
第七章

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第63話 気高き魂 後編

 渡は半歩前に出てステラをかばうと、睨みすぎないように気を付けながら、古エルフの女店主を見た。

 前回はモーリス教授に協力してもらって、なんとか杖を手に入れたが、できれば穏便に事をすませて魔力計測器を手に入れたい。


 そう考えると、最初から激昂してしまうのは、あまりよろしくなかった。

 ムカムカとしだす心を抑えながら、できるだけ平静な声になるように気をつける。


「うちのステラにそういう失礼なことを言うの、止めてもらえます?」

「ハン! 本当のことを言っただけじゃないか」

「じゃあ性根の悪いクソババアって言っても良いんですね?」

「良い訳がないだろうが! 失礼なやつだね!」

「おっと…………。もしかしてご自身の発言をもうお忘れに?」

「ブフッ!」

「誰だい今笑ったのは!? 出ておいで!」


 店の片隅から、笑い吹き出す声が聞こえてきた。

 店主が顔を赤くして怒鳴ると、笑い声の主は押し黙った。


 しばらく棚向こうを睨みつけていた店主だが、やがて顔を戻すと言った。


「それで、わざわざ醜いエルフのなり損ないを連れて、いったいうちの店に何の用だい?」

「魔力計測器が欲しくてきました。……このあたりでは、あなたの店でしか販売していないそうなので」

「お断りだね」



「どうせ杖の素材も碌なものが手に入らなかったんだろう。残念だったねえ……」


 ニチャア、とした意地の悪い笑みを浮かべる古エルフのババアを見ていると、エルフの誇りはどこにいったのか、と問い詰めたくなる。

 渡は舌打ちを堪えながら、しかしこれは反撃のチャンスだ、と思った。


 少なくとも、杖についてはこれ以上ない反撃材料が手に入っているのだ。


「そうでもありませんよ。ステラ、見せてさしあげろ」

「は、はい……」

「こ、これはまさかっ!? 風竜鱗……!?」

「目は確かなようですね。さすがの見識です」

「んな!? ななな!? なな、なんだってぇええええええっ!? い、いったい何処でそんな素材を手に入れたっていうんだい!」

「それは言えません。さる方が提供してくれました」

「この力の存在……。ま、紛れもなく本物だね……」


 恐る恐る、といった様子で女店主は、杖を観察していた。

 ステラが魔力を込めれば、すぐにでも秘められた力は解放され、圧倒的な暴風を巻き起こすこともできる。


 気圧されているが、店主は気を取り直したように、キッと目つきを鋭くしたかと思うと、ニヤァっといやらしい笑みを浮かべた。


「と、とにかく! 魔力計測器が必要なんだって? 残念だけど、お前さんたちには売れないねえ。がんばって探しな」

「貴方は、森を抜けて生きるエルフを援助しようと、この店を始めたのでは? 店を始めた目的すら見失うんですか?」

「フン、こいつがエルフらしくないからだ。見てごらん、うちの店には多くの同胞が訪れているが、誰もお前さんを守ろうとはしないだろう。……フン、お前さんのような醜い体を持つエルフの面汚しを庇うものなど、一体どこにいるのかね?」

「うっ、ううっ……」


 たしかに……。

 店に客として訪れていた他のエルフたちは、息を潜めて成り行きを見守るばかり。


 渡は、ステラが美しいと思う自分の感覚が間違っているとは思わないが、それでも、エルフたちにとっては、美的感覚が違うのだという事実は、認めないわけには行かなかった。


「この店で客に売るかどうかは、このアタシが決める。他人にとやかく言われる筋合いはないね。エルフのなり損ないは、購入禁止だ」

「この分からず屋が……」

「それで結構さ!」


 渡は女主人と睨み合ったが、売る売らないを決める権利は、たしかに相手にあった。

 無理やり買うことはできない。


「…………すまん、ステラ」

「いいえ、わたしこそ、お手間を掛けました……」


 ステラのすべてを諦めたような態度が悲しく、胸が痛む。

 どうしてステラの体つきが違うだけで、ここまでの対応を受けなければならないのか。


 渡は唇を噛み締めた。

 このまま引き下がるのは癪だが、これ以上ここにいても状況は好転しないだろう。

 別の方法を探すしかない。幸い、この街にはモーリス教授もいる。彼に相談すれば、また別の店の心当たりがあるかもしれない。


 問題は、ステラの心だ。

 俯いて、震える肩を隠そうともしない彼女の姿は、あまりにも痛々しい。

 渡はそっと彼女の手に自分の手を重ねた。


「行こう、ステラ。こんな店、こっちから願い下げだ」


 力づけるように言うと、渡はステラの手を引いて店の出口へと向かう。

 他のエルフたちは、相変わらず息を殺してこちらを見ているだけだ。何人かは、バツが悪そうに目を逸らしたが、助け舟を出す者は誰もいない。

 やはり、エルフという種族はこういうものなのか。渡の中に、エルフ全体への不信感が再び膨れ上がっていく。


 トボトボと店を後にしようとした時に、それは起きた。


「こ、ここにいる! 私が、ステラをエルフと認める!」


 不意に、店の棚に隠れた一角から、耳障りの良く美しい声が響き渡った。

 渡だけでなく、一同がその声のした方に顔を向けた。


 そこには若いエルフの美女が立っていた。


 黄金を思わせる艷やかな長い金の髪。

 細く引き締まった肢体は長いローブに包まれているが、そのスタイルの良さは隠せない。


 手足はスラリと長く、腰の位置は高い。

 マリエルやエアたちの肢体を見慣れている渡からすれば、ともすれば貧相とも受け止められる体つきだが、それはそれで一種の美を感じさせる肉付き。


 エメラルドのような碧い瞳は理知的な光を宿し、キリリとした表情は、意志の強さを感じさせる。

 山高帽と分厚い魔術書、そして細く短めの杖を腰に佩いた姿は、魔女かくあるべし、といった姿だった。


 ある意味では、エルフらしいエルフ、と言えるだろう。


「ツアーじゃないかい。一体どういうことだね?」


 女主人の狼狽した声が、エルフの美女に向けて放たれる。

 ツアーは、毅然とした態度で、ステラに歩み寄ると、膝をつく。

 そして、女主人よりもはるかに狼狽し、恐れているその手を取った。


「ステラ? ステラだろう? 彼女こそは、我らの同胞だ。戦となれば真っ先に一番前で戦い始め、退却時には殿を務めた。仲間が傷つけば誰よりも厚く手当をし、劣勢では奮戦した。姿形が多少なりとも奇異とは言えども、その志の高さは高潔で在ることを目指す我らエルフに相応しい。媼、私は彼女をエルフであると認めます」

「正気かい!? この女はエルフのなり損ないだよ!? この体を見なよ! だらしない!」

「いいえ、違います。外見の差異はたしかにあります。ですが、彼女は紛れもないエルフの高潔さを持っている。その在り方を否定するのも、また我々エルフの正しさを否定することになりませんか、(おうな)?」

「むぐっ……!!」


 痛いところを突かれた、とばかりに古エルフの女主人が呻いた。

 苦々しく表情を歪めながらも、否定の言葉が出ないのは、それを否定すれば、自分の在り方も否定することに繋がるからだろう。


 ツアーはためらうように口をわななかせていたが、やがて深呼吸を一度したかと思うと、ハッキリとした声で、ステラに語りかける。

 ツアーは再びステラに向き直ると、そのヘテロクロミアの瞳をまっすぐに見つめた。


「里では一族の総意もあって庇うこともできなかった……。ずっと、悔いていたのだ。誰よりも矢面に立ち、殿(しんがり)を務め、一族を救おうと奔走したお前を、なぜ我々はあんなにも冷たく扱ってしまったのか……」


 ツアーの言葉は、懺悔の響きを帯びていた。



「もはや我々のことなど、同じ同胞とすら見做していないかもしれない。私は、必死に戦ってくれたお前を、見捨てたようなものだからな」


 ツアーは気丈に振る舞っていたが、その声は少しずつ震え、エメラルドの瞳から透明な涙がぽろぽろと溢れ、頬を伝った。

 その熱い雫が、握られたステラの手の甲に落ちる。


 ステラは、ただ呆然とツアーを見つめていた。

 信じられない、というように何度も瞬きをする。


 自分を蔑み、拒絶したはずの同胞が、今、目の前で涙を流して謝罪している。

 固く凍りついていた心の氷が、その熱い涙で、音を立てて溶けていくようだった。


「ステラ、お前は我々の誇りだ。あの時のことは、本当に申し訳なかった」

「我々は、お前がどれほど苦しんだか、どれほど我々のために尽くしてくれたか、今になってようやく理解したのだ」

「どうか、愚かだった我々を許してほしい。そして、再び我々の仲間として、共に歩んでほしい。……ダメだろうか。もう、遅すぎただろうか……」

「いいえ。いいえっ! そんなことはありません!」


 ツアーは気丈に振る舞っていたが、少しずつ声が震え、その目からは透明な涙が溢れ、頬を伝った。

 その姿を見た、ステラのヘテロクロミアの瞳からも、涙が溢れ出す。


 それは、これまで溜め込んできた悲しみと、今ようやく得られた安堵と、そして言葉にならないほどの喜びが入り混じった涙だった。


「すまない……。本当に、すまないことをした……」

「謝らないで……ください、ツアーさん……。あなたが……あなたがそう言ってくれたことが、わたしにとって、今どれだけ救いになったか……。嬉しい……。嬉しいんです、ほんとうに……っ」


 ステラは嗚咽を漏らしながら、ツアーの手を強く、強く握り返した。

 ツアーもまた、その手を決して離すまいと握り返し、二人はしばらくの間、静まり返った店の中で、ただお互いの存在を確かめるように泣き続けた。


 良かったなあ、ステラ。

 君を認めてくれる人は、いたんだ。


 今まで気づいていなかっただけだったんだ。


 その姿を、女主人は呆然とした表情で見ていた。

 ――信じられない、と口から音にならない言葉が漏れる。


 見守る渡もまた、少し鼻声になりながら、語りかけた。


「どうでしょうか。あなたが言い出したことですし、商品を購入させてもらえませんか?」

「ムギッ! ムググググッ! さ、さっさと用件を言いな! そして買いたい物を買ったら、ウチの店からとっとと出ておいき! 魔力計測器だけでいいんだね?」

「分かりました。すぐにでも。魔力計測器をいくつか、ある程度いただきたい。もし製造方法が分かる設計図などがありましたら、それもいただけますか」

「バカ言ってんじゃないよ! 設計図なんて誰が売るもんか! 計測器だけすぐに用意するから、今のうちに金の用意をしておきな!」


 女店主が憤慨しながら、店の中へと足早に歩いていく。

 その後姿を申し訳無さそうに見送っていたツアーだったが、ステラに向き直ると、気恥ずかしそうに微笑を浮かべた。


 なんだ、エルフにもいい人はいるじゃないか。

 エルフ族全体への嫌な印象を持っていた渡は、少しだけ認識を改めた。

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― 新着の感想 ―
でもツアーさん以外の店内のエルフはただの傍観者で事なかれ主義っぽいんだよね…… タイトル未定のままですよー
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