第37話 サレム・アル=カリーム博士
工場を買収して、一週間ほど後。
レイラから紹介したい人物があるから時間を作ってほしいと連絡があった。
彼女たち王族が紹介するからには、相当に優秀な人物だろう。
しかし、本当に話が進むのが早い。
こんな短期間で紹介できるほどに都合をつけた、ということに渡は驚いた。
優秀な人間は、自然ととても忙しくなるものだ。
しかも優秀だからといって、誰でも紹介できるわけではないだろう。
下手な人物を紹介すれば、紹介先との信頼も損ねてしまうのだ。
有能で、紹介できるほどに信頼できる関係性をもつ人物を、たった一週間ほどでみつけてくる。
ファイサル家の本気ぶり、そして国の充実ぶりが窺えた。
面談と言っても、まだ工場自体の契約は交わしたが、受け渡しは四月の話だ。
レイラがホテルの一室を用意してくれ、そこで話をすることになった。
渡たちの話の重要性を把握し、できるかぎり第三者の目が留まらないように注意してくれている点もありがたい。
下手にホテルのラウンジなどで会話をすれば、スパイが控えている恐れが近頃はとても高くなってしまった。
渡が部屋に入ると、レイラが満面の笑みで渡たちを迎える。
熱っぽい目がまっすぐに向けられて、本当に歓迎されているのが分かった。
「今度はすぐに会えましたね」
「ええ。レイラさんとお会いできて嬉しいです」
「本当ですか? いつでもお声掛けくださいね。今度食事でも一緒にいかがですか?」
「今は本当に多忙ですから、時間の都合がつく時に、またぜひ」
「もう。すぐにそうやってはぐらかすんですから」
「忙しいのは本当なんですって。俺じゃないとできない仕事ばかりですし」
「そうですよね……。でも、会えないと寂しいです」
「レイラさん……」
少なくともレイラの好意は本物だ。
公としても私としても、利が一致しているのだろう。
渡を最大限サポートするために、自国を離れ日本に滞在している彼女の境遇を考えると、あまり無碍にするのは可哀想に思える。
だが、一番はマリエルたちを裏切ってまで、レイラと深い関係になるわけにはいかなかった。
マリエルたちの視線を受けて、渡は苦笑を浮かべながら、確約を避けた。
ちゃうちゃう。誘惑されてるんじゃないって!
忙しいのも本当なのだ。
誰を雇うのか、工場の買収はどうするのかといった決断は、マリエルたちがサポートしてくれたとしても、自分の仕事だった。
特に異世界での仕事は、誰にも任せることはできない。
そして、レイラはしつこく付きまとうことをしない。
会いたいという欲求は正直に打ち明けるのに、さっと身を引く潔さも持っていた。
強かだが、こういう所が嫌いになれないんだよなあ、と思う。
引き際を知っている相手は本当に手強い。
レイラが椅子から立ち上がった青年を紹介する。
「サレム・アル=カリーム博士です。我が国で新進気鋭の薬学研究者です」
「サレム・アル=カリーム、です。ヨロシクお願いします。気軽にサレムと呼んでください」
「日本で研究するということで、日本語の通じる方を選びました。サレム博士は会話も読解も堪能です。少なくともコミュニケーション能力として問題ありません」
「ニホンゴはチョト発音がおかしいかもシレマセンガ、話せます。アラビア語と英語はモウチョト得意です」
そういってサレムは笑った。
低く渋い声で挨拶をしたサレム博士は、三十歳を少し超えたぐらいの男だ。
オリーブ色の肌に、濃い黒色の瞳。
髪は短く切り揃えられ、ヒゲが丁寧に手入れされている。
シャープな顔立ちと鋭い目つきが特徴的だ。
身長は低くもなければ高くもない。
普通程度ながら、存在感があり研究家としての弱々しさは感じられなかった。
それなりには鍛えていると見えた。
体型にあった見事な西洋スーツ姿だが、ポケットチーフにアラビア模様が取り入れられていたのは、国元を示すためだろうか。
西洋文化を取り入れながらも、自国の文化を愛しているのが分かる。
サレムは微笑を浮かべていた。
「貴方がワタルさんですか。はじめまして」
「堺渡です。サレムさんはじめまして。今日はよろしくお願いします」
サレム博士は丁寧にお辞儀をしたので、渡もそれに合わせた。
綺麗なお辞儀だった。
言語だけでなく、日本の文化にも相当に理解があるようだ。
「今回ハ非常に貴重な体験がデキル研究だというコトで、多くの研究者からボクが選ばれたことを嬉しく思っています」
「どのような研究をするか、知っているんですか?」
「いいえ、詳しくは。シカシ、アミール様から、非常に重要な研究で、受ければ間違いなく貴重な経験になるだろう、と推薦ヲ受けマシタ。とても光栄です」
「なるほど」
「サレム博士は非常に優秀な方で、薬学研究者としてすでに多くの論文発表を行い、実績を積み始めています。今回、所属していた研究所を退職したタイミングだったので、お声掛けしたんです。きっとワタル様のお力になれると期待しています」
「激アツ案件! 精一杯ガンバリマス!」
レイラの詳しい紹介を受けて、サレムが少しおどけたような声を出す。
にやっと笑った顔からは、相当な自負が窺えた。
聞けば低分子医薬品だけでなく、ゲノム創薬についても非常に詳しいようだった。
「日本語が堪能ですが、日本には来たことがあるんですか?」
「旅行で何度もキマシタ。オボンとネンマツ。日本のゲームがとても好きです。ストリートファイターやってます。マンガも大好きですよ。火遁豪火球の術。印を結べマス」
「そちらって、ゲームとかアニメとかって大丈夫なんでしたっけ?」
「過去には制限する動きも合ったのですが、近頃は積極的に取り入れています。コンテンツ産業はこれからの時代、ますます需要が高まるでしょうから」
「職場が大阪でよかった。これから毎週日本橋いけます。楽しみデス」
レイラが情報を補足してくれた。
その横で、サレム博士は実際に複雑な手を動きをして、印の実践をしてみせた。
スーツ姿で火遁豪火球の術を披露して見せる姿は、少しシュールだったが、同時に本当に好きなのだということはよく伝わってきた。
しかし、レイラにしても、アミールにしても、これから協力するであろう研究者に対してさえ、ポーションの効能については口外していない姿勢は素直に尊敬できるし、信頼できた。
どうせ実情を知ることになるのだから、などという馴れ合いをしないのだ。
ポーションの販売を続けていれば、どうせいつか、どこかから漏れるのは覚悟している。
だが、いまだに致命的な漏洩が起きていないのは、これまでの関係者たちが口をつぐむ努力を続けてくれているからだ。
サレムもまた、信頼できる人物であればいいな、と素直に期待した。
――この後、サレムの驚くような反応を見ることになるとは、思いもよらなかった。
もし良ければ高評価をよろしくお願いいたします。
COMICユニコーン様にて、コミカライズが連載開始しました。
https://unicorn.comic-ryu.jp/145/
ぜひ読んでください。





