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大盛りマシマシのビルドバトル

ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~(ハム男)

https://book1.adouzi.eu.org/n3669fw/


※Web版第12章(第765話)までの感想です。



 主人公アレンは、「ゲーム 廃設定 やり込み」で検索をかけたところを謎のサイトに誘導され、さらに「ヘルモード」「召喚士(有利な職業なのか、身分は自動的に農奴スタートとなる)」を選んだところ、創造神エルメアの世界に転生させられてしまいます。きついゲームを分析して解いていくことが好きで、あまり分析が役に立たない、反射神経で勝負がつきがちな対人戦が嫌いなアレンです。


 転生時は乳児で、農奴夫婦の息子です。身分が低いので、世界全体の様子については情報がなかなか入りませんし、農奴なので自分の運命も自由には決められません。色々あって、100話を超えてやっと「魔王(軍)」と陰に陽に干戈を交えることも、それに関連して神々や精霊との付き合いも増えます。


 この連載の観点から、この作品の特徴は3つにまとめられます。


1.召喚士という職とビルド


 この作品の召喚士はMMOによくある召喚師とは大きく異なっています。転生先の世界には、アレンしか召喚士がいないのです。諸事情で新たにアレンのために作られたのだと、後でわかってきますが、そのへんはこの連載に無用のネタバレですから飛ばします。


 召喚士は魔導書(ステータス画面の拡張版)に一定数の「カードホルダー」を持ち、召喚獣はまず「カード」としてホルダー上に現れます。持っているだけでパラメータなどにバフがかかりますし、魔力を払って出せば戦ってくれます。「草」タイプの召喚獣は薬草などとして使えるものがあり、序盤ではこれを起点とした各種の回復薬・治療薬が隔絶した性能を示し、アレンを巡る戦局を大きく変えていきます。騎士団などに大量提供すれば、継戦能力が飛躍的に上がるのです。


 敵の撃破や魔力消費でアレンはレベルアップします。このとき、ヘルモードであるアレンは、ノーマルモードである残りほぼ全部の人々よりも必要経験値が高いのですが、レベルキャップも高いのです。ストーリーが進むと、アレンは仲間たちをエクストラモードやヘルモードに変えさせようとして、それを認めない神々とあれこれ交渉していくことになります。


 他の多くの作品同様、魔力は魔石から補えますし、魔石は魔物から落ちますから冒険者ギルドで依頼を出して、金貨などで集めることもできます。一日も早いレベルアップ(広義)を目指し、こうしたリソースの相互変換をアレンは容赦なく仕掛けます。最初のうちはレベルアップごとに「カードホルダー」の数も増えますからこれも重要です。召喚士としてのレベルが上がると、知性のある・対話できる召喚獣を呼べるようになり、別動隊として派遣したり、生産に専念させたりできるようになります。鳥や魚や幽霊の召喚獣もいますから、情報収集、通信、騎乗、バッファーとタイプが広がります。逆にアリ系、ネズミ系の召喚獣は急速に自己増殖して弱い敵との治安戦に活躍します。アレンはワンマンアーミー(一部は海空軍、生産勤務隊など)なのです。長期的な計画を立ててスキルを伸ばし、後には仲間たちの育成で優先順位を厳しく理詰めに管理していきます。ストーリーが進むと召喚獣やスキルも多様になり、霊力、神力などリソースの種類は追加されます。


 この種の「育てて積み上げて勝つ」ストーリーには意外性が演出しづらいのですが、ある程度は、これも他作品によくありますが、スキルや各種召喚獣の「コンボ技(連続、同時)」が鮮やかな勝利を生み出します。混ぜると危険。


2.多様なプレイヤー


 神々や精霊は徒党を組み、ときにその徒党を裏切り、それぞれの利害で動きます。最初は圧倒的な主神に見えたエルメアも、一定の経緯を経てそうなったのであり、魔王軍にもかつては精霊や神であった幹部がいて、静的な善悪二元論で割り切れるものではないことがわかってきます。神々が下界への直接介入を控えていることに関連して、神々は「調和」を重視して根絶・撲滅を避けるのだとも語られますが、今代の魔王が生まれてからの数百年、魔王軍の伸長は調和などあざ笑うようです。この世界の実相が語られるたびに、世界の「調和」はほころびて見え、アレンたちは立ち位置を問われます。


 多くの神が、色々なタイプの予言・予知能力を持ちます。アレンは魔王軍の企みをたびたび退けますが、眼前の明白な脅威が除かれただけで、そのたびに魔王軍は何か成果を持ち帰り、次につなぎます。最終的なエルメアと魔王の決着はどうなるのか、神々の予知も割れていることが示唆されるシーンもあります。


 アレンが存在を知られていくにつれ、他国で戦う「勇者」ヘルミオスもアレンに会いに来ます。勇者がすでにいる世界なのに、アレンも呼ばれたのです。当然事情がありますが明らかになるのはだいぶ後です。世界の情報(≒魔王軍の情報)を握る各国首脳は、それぞれの思惑と悩みをもってアレンに接します。学園に通ううち固定パーティを持つに至ったアレンは、メンバーの出身地で何かが起きると解決に乗り出し、結果的に、それぞれの国と縁の深い精霊や神の事情にも巻き込まれます。特に獣人国の獣王と3人の子供たちを巡る物語には多くの行数が割かれます。


 やがてアレンはどの国にも属さない「アレン軍」を作り出して、投資を募るように友好国から兵力拠出を求め、「アレン総帥」の称号を得ます。人間世界の保たないときが来ているのですが、アレンはわかろうとしません。人類に(エルフにもドワーフにも獣人にも)逃げ場なし。懸命に強勢なエルフから逃げていたダークエルフもアレンに見つかって、色々あってアレン軍にも参加します。


 偉い人でも、あるいは神ですら、エレメア自身ですら、事情の全てを知っているわけではありません。ですから合理的に(欲得づくで)考えているつもりでも、それぞれの行動や要求は見落としと大損を含んでいることがあります。そうした事情に、アレンたちは絶えずさらされ、流されかけます。


 アレン自身は「やり込みゲーマー」であり、逆境を分析と努力で切り抜けることそのものに喜びを得ます。自分の持ち物とゲーム用リソースを偏愛し、最後の一滴までけちる一方、世間的な財産には無関心です。そのうえで一定の義侠を示し、仲間・(自分と仲間の)家族・同郷者には無条件の保護を、その他の生命には多少の博愛を示し、しかし冷徹なゲーマー感覚として不可避の犠牲は表情を変えずに受け入れます。まさに総帥。「世界を救う」ことへの興味と熱意は、多分にゲーマー的な偏執であって、必ずしも正義ではありません。まあそれは、神々も相克するこの世界ではむしろ美質であり、アレンのような者でしか世を救えないという判断はエレメアの妙手であったように思えてきます。


 神々は信者を持ち、祈られることで神力を得ます。またリソースの種類が増えます。いろいろな事件がアレンにそのことを教えていきます。じつは「火柱」と「炎柱」、「海柱」と「魚柱」のように、似た神は似た祈りを向けられ、信仰を取り合う関係にあります。それがますます神々の間に争いと経緯を生み、神々はそのことを人間などに知られたくないのです。


3.仁義なき駆け引き


 大人数戦闘であっても、基本がビルド対ビルド、デッキ対デッキの構築戦なので、有力者や有力組織との交渉も戦闘の一部であり、行数をかけて熱量高く描かれます。


 皆さんはご家庭でも職場でも、人によっては道を歩きながら、無数の迷惑メールや迷惑電話を無視・削除・ガチャ切りしておられるでしょう(職場の場合、お客様や市民からの電話は後々悪評が立つので、そうできない場合もあることはお見舞い申し上げます)。皆さんがさほど判断時間をかけずにそうされるのは、その対話を拒否しても、失うものはほとんどないと皆さんが確信しているからです。ゲーム理論の言葉で、この場合の「対話を拒否する」選択を参照点(reference point)あるいは基準点と言います。Google検索結果を作り出すGeminiは行動経済学で参照点という概念が先にあったと考えているようですが、実験経済学と経済心理学と神経経済学がひとからげに行動経済学(Behavioral Economics)と呼ばれるようになったのは 精一杯早く見てもJournal of Behavioral Economics創刊の1972年ごろ、まあ多くの人が使うようになったのは、The Society for the Advancement of Behavioral Economicsの設立された1982年前後だと思います。参照点の概念を使っていたのは交渉ゲームを1950年代に盛んに研究していたゲーム理論の方が早いでしょう。なお日本語版Wikipedia「行動経済学」が挙げるセイラーの概観論文群は、当時アノマリーと総称されていた行動経済学の中心的な「内容」を広めたもので、名前を広めたものではありません。


 迷惑電話や迷惑メールに対応しても悪い(不愉快で不毛な)結果しか期待できない半面、「対話を拒否する」選択は皆さんに与えられています。「それ以上悪い交渉結果を受け入れる理由がない、保証された交渉結果」が参照点なのです。皆さんの日常にある「参照点」のもうひとつの例は「留保価格」です。近所で100円で売っているのを知っている商品が、「大特価120円」で売られていても皆さん買いませんね。他の選択肢があるので「これ以上高ければ買わない価格」「これ以上安ければ売らない価格」を留保価格と言います。そこを交渉の起点として、「80円だけど賞味期限が近い」「1個90円だけど5個組」といったオファーを受けるかどうか、皆さんは考え込んで、その判断も分かれるのがよくある交渉です。


 交渉相手が互いの参照点について知り、信じたとしたら、その差が交渉結果として受け入れられる空間ということになりますが、それをどう分け「なければならない」かという理屈は、案外ありません。「過去の配分例」に合理性、ましてや「正しさ」などありません。「交渉の利益を折半」というのは有名なナッシュ交渉解ですが、「折半しなければならない理由」は特になく、ナッシュの論文も「解が満たすべき数学的な条件を勝手に置いたら、満たす配分はこれだけなのを証明した」です。


 スーパーが閉店時に総菜や弁当を残したら捨てるしかありませんが、明日以降に「シールを貼るまで待つ客」がますます増えても困るので、どこまで値引きする「べき」かとか、「合理的な」値引率とか、あるようで見つからないですよね。「これ……なんぼになりまんのん」とか値引き交渉を仕掛けるのを当然としている地域もあるでしょうが、そのための商品知識を店員に教育し、店員が知り合いと共謀しての不正も防いでいくとしたら、多少は客に騒がれても一律交渉禁止をルールにする方が安上がり……と考える店舗も多いでしょう。この連載の第40部分「会議は踊る 交渉はすぐ終わる」でも、「交渉しても得にならないとき、交渉はすぐ終わる」ことを強調しました。


 そして第40部分では、交渉の「手札」がその場で追加提示される可能性を色々挙げました。神々に対するアレンの有力な手札は、自分がエルメアに呼ばれ、詳しいことは知らされないが必要とされているという点です。地上の王侯貴顕たちに対しては、まさにアレンが世界を救って見せていることが将来の防衛協力者としての価値になります。爵位や統治権の代わりに、レベルアップや装備更新につながる協力を求めるわけです。将来何かをあげるから、いま何かを譲って下さいよという「Win-Winの関係」提示ですね。アレンは神々からもあきれられるほど、あからさまに強欲に、非礼など構わず交渉を仕掛けます。エルメアとの関係で、そう簡単に無礼討ちはないだろうと見切っているわけですね。


 アレンがほぼすべての交渉機会で唱えるのは「いい報酬とセットになった、つらい試練を与えてください」というメッセージです。廃ゲーマーですから。答える神々はしばしば、あいまいな課題を与えます。無関心に近い態度の神々が渋々出してきたあいまいな課題は、達成不可能に見えるほどです。それは神々同士の過去の対立を清算するものであったり、上位神は真相を知っているが一方的に処断すると争いになる案件であったりします。つまりすごく困っているのに、神々の口から本当の状況をアレンに語りたくないし、神々の手を汚して解決したくないのです。ぎりぎりどこまでやってよいかを含め、現状を正しく、バランスよく理解することが課題解決の大きな比重を占めます。もちろん、もし課題の一部が「リソースをつぎ込めば何とかなる」ものであれば、アレンは淡々とそうします。


 戦いの描写は長く、互いの指し手は理詰めです。状況にあいまいな点があれば、まずアレンはそれを明らかにするために、ときには多くの召喚獣を犠牲にする攻撃もします。状況が分かれば、勝利は保証されないとしても、打つ手は決まるのです。


 多くのキャラクターが戦いの場で、自分自身の因縁と向き合って、選択をします。アレン総帥の理詰めの選択と違って、思いとコダワリを爆発させます。まあ、全部理詰めでしか結果が得られないなら、ストーリーとして「読者をいい気持ちにさせる」ことは難しいですからね。


4.まとめ


 めんどくさい作品です。とてもめんどくさくて、たぶんデッキビルド的な部分と戦闘ログを中心に、半分くらい読み飛ばしました。しかし「ひとつの選択がずっと後になって影響する」「選択の影響同士が反響し絡み合う」といった、巨大なキャンペーンシナリオのテイストを持った作品で、ここまでの規模のものはほとんどありません。言い換えれば、ここまで根気の続く作者さんはほとんど見かけません。主人公のやや狂的な合理性と結構高い倫理性の両立をはじめ、キャラたちの経緯と意地と偏愛が合わさった世界描写も素晴らしい完成度です。現在(2025年末)進行中のWeb版第13章が最終決戦かもしれないのですが、希少な作品の行く末を見届けたいと思います。



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