表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/60

To rank, or not to rank

 最近読んだ2作品がちょうどきれいに両極端に思えたので、いまどきの出版事情の両極端として取り上げます。


アルカディア ~サービス開始から三年、今更始める仮想世界攻略~(壬裕祐)

https://book1.adouzi.eu.org/n1140ii/


 VRMMOものです。主人公・ハルは実装3年、世界で隔絶した技術のVRMMOといわれ、ちょっと停滞感の漂ってきたArcadiaに参加します。高校生の身で3年間バイトに明け暮れ、大学進学と同時にようやく筐体を買えたのです。


 主人公はダメビルドとの評価が確立したAGI重視の「避けてしまえばどうということはない」能力値構成で挑みますが、その一方でうまく説明のつかないゲーム内適応、際立って俊敏な反応と所作を示します。初心者エリアで出会った、やはり後発組の少女ソラとパーティを組んで、もう先発組がすっかりいなくなった初心者エリアをつき進むうちに、避けて避けて避けまくって未踏破ダンジョンの第一踏破者になるなど、異様な実績を積んで注目されます。そしてトップを走るいわゆる攻略組と知り合い、どうも何か秘密があるらしいArcadiaの攻略(主に全ボス撃破らしい)に大きな役割を果たしていきます。


 この作品は、投稿サイトの人気ランキングバトルを勝ち抜いていくためのメタ分析を徹底的にやっています。魔法は「戦略級攻撃魔法で圧倒するのでなければ、全員白兵戦もできなきゃダメ」という位置づけで、強力なユニーク武器・防具・アクセに封じられたスキルやアビリティが強力なこともあって、戦士、魔法戦士、わずかな戦略魔法士、多様な生産職(ゲーム中の呼称とは必ずしも一致しません)がプレイヤー集団を構成します。そしてMMOの年間スケジュールが淡々と消化され、間断なくハルたちに課題が突き付けられ、新能力や新装備、そしてそれらによる新コンボ技が饒舌(ぎょうぜつ)に戦闘シーンを彩ります。


 物語はイベントで短く区切られ、「いま主人公が何を目指しているか」が明確で、その構造を前提として「読者をいい気分にさせる」達成感・向上感が小刻みに与えられ、さらに作者自身の紹介文にもあるように、ソラをはじめとするヒロインたちとの砂糖バラマキシーンが濃密な弾幕を形成します。ヒロイン同士は多少嫉妬はするのですが、「私の推す気持ちは変わらない」などと供述して読者を煙に巻きます。


 魔法より直接戦闘が戦闘の中心になるとき、戦闘描写は移動ログと打撃ログの比重が増します。そこを(装備の、スキルの、そしてコンボの)設定語り、気のきいたセリフの応酬で薄めていきます。


 この作品の際立った特徴として、「悪い人」「イヤな人」がほぼ登場しません。悪役不在ですからそこはスポーツ的な陣営対抗行事や、無機的なNPCが埋めます。かつて『ご注文はうさぎですか?』で話題になった記憶がありますが、読者に不快感を与えるものを作品世界から追い出してしまう手法は色々な娯楽作品で試されてきていますね。読者を良い気分にさせるために、邪魔なものを取ってしまっているのです。


 その反面、主人公に大きな犠牲、あるいは犠牲を伴う選択が強いられませんから、日々は淡々と進行し、大きな枝分かれを意識することはありません。物語は幹と枝葉がはっきりせず、マリモのように均質です。今日全力で戦ったハルは、明日も全力で戦うでしょう。『水戸黄門』の第n話が終われば、次週には第n+1話が待っているのと同じです。


 こういう性質を持つノベルには、もう一つの宿痾があります。読者の記憶領域を取りすぎるのです。例えば主人公が必殺技を敵に対策され、スキルや新装備の力で新たな必殺技を編み出したとします。読者は古い必殺技を「主人公の選択肢リスト」から追い出し、新たな項目を追加しなければなりません。読者はひとつの作品につきっきりにはなれませんから、最新のリストを維持するのは大きな負担です。そしてどうせ次の必殺技が追加・更新されるのです。戦闘シーンを読み飛ばすくらいで済めばいいのですが、戦闘に勝つ手段(の変化)がストーリーの本筋から独立していると、ますますそれは「覚えても無駄なこと」になってしまいます。今度発売された第n巻は、まあ第n-1巻と似た者同士だろうな……などと思われたら売り上げの問題になります。投稿サイト発のラノベがよく売上を右肩下がりにするのは、ランキングシステムで落ちないための工夫と、次巻を買ってもらうための工夫がまた別だからではないか……とマイソフは思っております。


 ちょうど対になるノベルを、最近読みました。『かくて謀反の冬は去り(古河絶水)』です。第17回小学館ライトノベル大賞で審査員特別賞となり書籍化。書き下ろしの第2巻が加わっていまここ、という1冊単位で仕上がった本です。


「王国」の王弟にして近衛隊長官、奇智彦クシヒコは生まれながらに左手左足が不自由。王位継承権は否定されないものの手柄を立てる機会がありそうになく、有力豪族はそっぽを向いてしまいます。それでも宮廷の陰謀が荒れ狂えば、潜在的なリスクとして弱小な身が廃され、ひそかに(しい)されることは必定。そんな奇智彦に下げ渡される、癖ありの部下たち。そしてある日、事件は起こります。まだまだ若い兄王が疑わしい状況で急死し、後継者を決める会議が数日後に設定されたのです。少しずつ増える、言うことを聞かない癖ありすぎの部下たちを操って、奇智彦は生き残り戦争を仕掛けます。奇貨置くべし。置くべし置くべし置くべし。


 この世界に超人的武技はありますが、魔法や魔道具はありません。空軍と多くの近代兵器がすでにあり、王国は急速な文明開化途上です。気持ちよく解決する手段がないので、泥をかぶって実現するしかありません。主に政争劇です。


 もちろん「死の真相」も問題にならないことはありませんが、とりあえず奇智彦が勝ち組に入って謀殺されないことが第一です。「主人公は何をしたらいいのかわからない(ように見える)」のです。実は綱渡りながらも、ちゃんと手を打っていますが、読者にすべてがわかるわけではありません。


 主人公の立場が弱いことがすべての前提であり、最後までそれはあまり好転しませんし、次巻に行ってもやっぱり好転しません。もちろん王族であり偉いのですが、有力な手勢とか財力とか、そういう面でいい思いができないのです。頭角をあらわしたハルがプレイヤーとしてゲーム運営企業と契約し、スタッフ住み込みの億ションに引っ越すことになるのとは大違いです。


 王位継承会議までの数日間、ひたすら伏せたカードを配置していくような日々が続きます。何一つ解決せず、時折新たな問題も浮かびます。1冊丸ごと買ってしまった読者は、爽快な結末を期待して我慢するしかありません。従来の小説であれば当たり前のことです。しかし投稿サイトであれば、読者はブックマークを外してしまうかもしれません。


 そしてカードが一斉に表に返り、真相が明らかになるとともに、我らが奇智彦殿下は生き延びます。こういう「予定された結末に向かって複数のストーリーラインが走る」感覚は、投稿サイトでは決して絶無ではないのですが、ランキング競争に挑んで勝つにはきついハンデです。丸ごと投稿/書き下ろしだから成り立つ構成ですね。


 ふたつの極端のあいだに、中間的な解法は、もちろんあります。例えば「この巻で打ち切り」ではなく「あとn巻で打ち切り」と宣告される例があります。


『絶対に働きたくないダンジョンマスターが惰眠をむさぼるまで(鬼影スパナ)』

https://book1.adouzi.eu.org/n5490cq/


 の場合、作者様は編集さんから第14巻出版準備中に「最大17巻まで」という宣告を受けたのだそうです(第14巻あとがきによる)。最後の3巻は課題の提示、障害と克服という山あり谷ありの小説になり、世界の成り立ちに関する伏線も回収されました。まあ残念ながら、それは少数例であり、編集・出版サイドから見ても作者の反応が読みづらいことだとは思います。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ