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91.護衛の少女達

「何もないね」

「まあ、洞窟の入口の近くだものね」


 シエラの言葉に、アルナがそんな風に答える。

《グラナ》の洞窟近辺までやってきたシエラ達。

 中に入らないとシエラは約束していたため、近くの森の探索していた。

 シエラが勝手に動くことを防ぐためか、アルナが手を握って行動している。

 自然豊かな場所で、休むには丁度いい――だが、これといって見るようなものもない。


「何を期待してここに来たかったんだ?」

「どんな魔物がいるのかと思って」

「……中に入らないと分からないだろ」

「気配でもある程度は分かるよ」


 さすがにどんな魔物かまでは分からないが、ある程度の大きさや種別は把握できる。

 本に書かれるくらいの危険な魔物だというのだから、どんなものなのか確認したかったというところだ。

 シエラは改めて洞窟の方に視線を向ける。

 特に魔物の気配はない――どころか、森の方にも魔物の気配はほとんど感じられないのだ。


(……こんなにいないものかな)


 シエラはそんな疑問を感じていた。

 ここには時折、人が観光目的でやってくるというが、自然の森で魔物の気配がほとんどないというは珍しい。

 それだけこの近辺が整備されているということなのか、それとも別に何かがあるのか――そんなことを考えていると、シエラは洞窟の中にあるものを見つける。


「!」

「? シエラ、どうかしたの?」

「洞窟の中に、何かある」

「何かってなんだ?」

「もう少し近づけば分かるかも」

「そんなに洞窟の中が気になるのか……」

「少しだけなら近づいてもいいんじゃないかしら。シエラ、中に入るのはダメよ?」

「分かった」


 こくりと頷いて、シエラは洞窟の方へと近づいていく。

 入口付近には立ち入らないように看板が立てかけてある――旅人が休憩などに間違えて使わないようにするためだろう。

 洞窟近辺まで近づくと――シエラは目を凝らした。

 洞窟の暗闇でも、シエラの目はある程度の物を確認できる。そこにあったのは、


「焚火だ」

「焚火? 焚火のあとか?」

「うん。ここまでくると匂いもする。燃えカスの匂い」

「誰かがいたっていうこと?」

「分からない」


 アルナの問いかけに、首を横に振る。

 だが、シエラは先ほどの気配を思い出していた。

 この森には誰かいる――少なくとも、距離さえある程度離れていれば、シエラから逃げられるくらいの能力がある人間がいるのだ。

 ……逃げるということ、シエラ達に対して敵意はないということになるが。


「……」

「誰かいたとしても、もうここにはいないんだろう? 旅人とかじゃないのか?」

「どうかしら。こんなに看板で注意があるのに、わざわざ中で休むなんて。雨を凌ぐには良いかもしれないけれど……」

「まあ、気にするようなことでもないよ。誰か中にいるのだとしたら止めるべきかもしれないけれど、それも僕達の役目じゃない」


 ローリィの言うことは正しい。

 アルナのことを考えるのならば、わざわざ調べるために洞窟に入る必要もない。

 シエラもその点については納得していた。

 アルナの手を握ったまま、こくりと頷いてシエラも振り返る。


「もう満足した。戻ろ?」

「もういいの? 私は別に構わないけれど」

「うん――」


 シエラが再び頷いて答えようとした時、だ。

 少し離れたところに人の気配を感じた。

 今度は一人ではなく二人――先ほどの気配とはまた違う。

 シエラはその方向へ不意に動こうとすると、


「ちょ、シエラ……! また何かあったの!?」


 アルナの握る手が強くなる。

 アルナの力では到底、シエラを止めることなどできるはずもない――だが、アルナが握っているという事実が、シエラの歯止めとなる。

 ピタリとシエラは動きを止めて、


「アルナ、近くに人がいる」

「さっきもそんなこと言っていたけれど、いなかったんでしょう?」

「今度は二人。そんなに遠くじゃない」

「焚火をしていた人か? 外にいるならいいじゃないか」

「でも、ここから先も確か立入禁止区域のはずよね……?」


 アルナがふと思い出したようにそんなことを口にする。

 洞窟だけではない――森も広く、立入が禁止されている場所は多い。

 シエラの指示した方向は、まさに人の立ち入って良い場所ではなかった。

 シエラはアルナの手を離すと、上着だけ脱いでアルナへと手渡す。


「一応、見てくる」

「な……わざわざ行くのか?」

「うん。アルナ、良い?」


 先ほどの件もあり、シエラは気になることは確認しておきたかった。

 シエラの問いかけに少し悩んだような表情を見せたアルナだったが、


「……制服汚れないようにって、私に預けたのよね。本当は危ないところに行ってほしくはないけれど、その人達の安全も確認した方がいいかもしれないわ」


 アルナが心配しているのは、何か事情があって森にいるのではないか、ということだろう。

 怪我をして動けないのであれば、助ける必要がある。

 アルナの言葉を聞いて、シエラも頷いて答える。


「じゃあ、必要があれば助けてくる。ローリィ――」

「アルナちゃんのことを頼んだ、か? まったく……分かったから早く行って戻ってくるんだ」


 ローリィも嘆息しながら、シエラが向かうことを認めてくれた。

 シエラはすぐに行動に出る――今度は制服が汚れないように、気を付けながら駆け出した。

 二人の気配は依然消えていない。誰かを待っているように、その場から動かない。

 シエラが念のため、《赤い剣》を作り出した瞬間――、


「っ!」


 別の方角から気配を感じた。

 それは放たれた弓矢のように加速し、シエラへと迫って来る。

 ピタリとシエラは動きを止めて、その気配を待ち構えた。

 わずか数秒、地面を滑るようにその人は目の前に現れる。


「あなたは……」

「久しぶり、というべきですか。まさかこのようなところで出会うとは……」


 鎧に身を包んだ、直剣を構える少女。

 その表情は険しく、シエラを睨みつける。

 シエラはその少女を見て、口を開いた。


「……」

「……?」

「……誰だっけ?」


 その言葉を聞いて、少女が目を丸くする。

 シエラもどことなく覚えはある――けれど、名前が出てこない。

 そのために、問いかけてしまったのだ。

 わずかな静寂のあと、少女は嘆息しながら答える。


「フィリス――フィリス・ネイジーです。あなたの主であるアルナ・カルトール様と同じく《王位継承権》を持つ一人、リーゼ・クロイレン様の護衛。あなたとは、同じ立場にあると言えますね」

「フィリス……あ、思い出した」

「そこまで呆けているのも驚きですね。あなたが、それだけ実力のある者だと私は判断しますが」


 そう答えるフィリス。

 フィリスの剣には、どこか殺意に近いものが感じられた。

 シエラもまた、赤い剣を構える。

 少女を守る二人の少女が――森の中で向き合った。

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タイトル変更となりまして、書籍版1巻が7月に発売です! 宜しくお願い致します!
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