84.コウ・フェベル
アウェンダの下を、コウは訪れていた。
こうして彼女と話す機会は多い――コウにとっては慣れたことだ。
学園長室にいけば、夜遅くでもアウェンダは部屋にいることが多い。
「何か御用かしら? フェベル先生」
「用ってほどでないんですけどね。さっきの件……もうちょっとばかし早く交渉できなかったのかなーって」
「あら、もしかしてそれはお説教?」
意外、という表情でアウェンダがコウを見る。
コウも別に、こんなことを言うつもりで学園長室に来たわけではない――そのつもりだった。
けれど、口から出たのはそんな言葉。――自分でも信じられないという気持ちだ。
「まさか、説教のつもりなんてないですって。けど、アルナさんが入学した時点で危険だって分かってたでしょ?」
「もちろん、だから早々にエインズさんからのお話を受けたんだもの」
「エインズ・ワーカーの娘――シエラさんね。確かに、アルナさんを守るにはこの上ないほどの逸材だと思いますよ。けど、その時点であたしも動けるなら動くべきだったって話」
「学園の講師であるあなたがアルナさんやシエラさんを守るのは至極当然のこと――普通の講師ならのお話だけれど」
優しげな笑みを浮かべるアウェンダに対して、コウは目を細める。
コウは確かに、真っ当な講師とは言い難い。
それこそ、シエラ側と同じ人間なのだから。
「それなら初めから、傭兵として雇ってもらった方がって話になると思うんですよね」
元傭兵――シエラ達にはそう名乗ったが、本質的には何も変わっていない。金で雇われて学園の講師となり、アウェンダに協力する立場にある。
あくまで契約上の関係に過ぎないのだから。
「フェベル先生、あなたの言いたいことは分かるわ。私も教育者として、生徒を守りたいと思う気持ちは本当ですもの」
「……それが本当なら、あたしから言うこともないですけどね」
コウの確認したかったことが、コウ自身にも今分かった。
シエラとアルナとローリィ――それぞれコウ自身が担任をする生徒達だ。
ローリィに至っては、入学する際の試験官を務めている。
彼女が入学する理由も、そこにカルトール家が関わっていることも知っていた。全て知った上で、コウはただの一教師として無関係な存在であり続けた。
金に関わる仕事以外は興味のない――そういう生き方をしてきたはずだったのに。
講師という仕事を通して、コウは変わってしまった。
生徒達と接して、その成長を見守ることが楽しみになっている。
傭兵であったというシエラが学園に来た時も、特別扱いになるかもしれないが、コウ自らシエラの相手をよくするくらいだ。
戦場しか知らないのなら、戦場以外のことを教える役目が講師にはある、と。
もっとも、その役割はアルナが担ってくれていたが。
「フェベル先生も変わったのね。けれど、生徒想いだということが分かって、私は嬉しいわ。……マグニス先生は、そうはならかったもの」
そう告げるアウェンダの表情がわずかに曇る。
ホウス・マグニス――行方をくらましたまま発見されていない。
少なくともシエラとアルナの命を狙って暗殺者と協力した、という情報は掴んでいる。
目の前にいれば、コウが直接斬り殺していたかもしれない。
「あたしはあいつとは違いますよ。ま、話はそれだけです。校外学習の時も、何かあったらあたしも戦っていいんですよね?」
「ええ、もちろん。そのために三人に話したんですもの」
アウェンダの答えを聞いて、コウはその場を後にする。
およそシエラが戦った相手のレベルは人のレベルを超えている。
《竜殺し》と《人形使い》――いずれもカルトール家を経由して得た情報だ。
竜殺しは王都に危険を知らせる鐘が鳴り響くほどの戦いに、人形使いは広い闘技場が半壊するほどの戦いに発展している。
(あたしが仮に本気で戦ったとして、そのあたりとやり合えるかどうか……ね。まあ、いざとなったらやるしかないんだけど)
少なくとも、敵はそれだけの戦力を揃えることができる。
ただ、シエラという圧倒的な強さを持つ少女が、今まではそれを超えてきただけだ。
今後、敵がさらに戦力を投入してくる可能性も考えられる。
(そこまでのこと、あの子達は考えてないかもしれないわね)
特にシエラは、戦力としては圧倒的でも思考はとても単純だ。
敵が来れば殺す――そういうことしか考えていないのかもしれない。
(ま、それが傭兵としては正しい形かもしれないけどね)
コウにとっても、これから必要なことになる。
戦場の勘を取り戻す――そのために、シエラという相手はうってつけかもしれない。
「……とはいえ、授業中にガチで戦っちゃうのもねぇ」
廊下を歩きながら、コウは思わず本音を吐露する。
講師と傭兵――新たに二つの役目を、コウは負うことになったことに気付いた。





