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58.アルナの夢

 シエラが部屋へと戻ったあと、アルナは脱力するようにベッドに横になる。

 疲れていたことは間違いない――何せ、今日もまた命を狙われることになったのだから。

 あの会合という場でも、襲われる。

 もちろん、アルナだけを狙ったものではないのだが、自分の立場というものが改めて実感できた。


(でも……)


 不安はいっぱいあるけれど、シエラを見ると安心する。

 彼女はいつだって彼女のままで、おかしなところや驚かされることもたくさんあるが、それがまた実にシエラらしい。

 今日だって、わざわざローリィのところに向かったと思えば、アルナとローリィに友達になってほしいと言い放った。


(それができるなら、ね)


 もちろん、アルナとてカルトール家の執事であるからといって、ローリィを邪険にしたいわけではない。

 昔は仲良く一緒に過ごしていたのだから――けれど、ローリィが執事を名乗ってからそれは変わってしまった。


(ローリィの目には、今もあるのでしょうね)


 カルトールの《魔法刻印》。

 ナルシェ家のものは必ず刻印を身体に刻み込み、それを忠誠の証とする。

 そんなことでしか従者を縛れないのだとしたら、やはりカルトールの家はアルナには合わないのだろう。

 それでも家族を、弟を大事にしたいという気持ちとの間で、アルナは揺らいでいた。


(ローリィは、本当に私と一緒にいたいと思うかしら……)


 アルナの役割は、弟の影武者としての役割しかない。

 そして命を狙われる立場となり、近くにいれば危険しかないからだ。


(でも、シエラが言うのなら……)


 アルナ自身も気付いていなかったが、彼女にとってシエラは大きな存在となっていた。

 元傭兵で、《最強の傭兵》と呼ばれるエインズ・ワーカーの娘。

 できればこんな形ではなく、何一つ縛りのない環境で一緒にいたかった。

 自由というものは、どんな感覚なのだろう。


(バカね、私は。そんなこと、考えても意味ないのに)


 自らの考えを自嘲気味に笑う。

 けれど、そんな叶わないと思う夢のことを、アルナはいつまでも考えて眠りにつくのだった。


 ***


 コツコツと靴音を鳴らしながら、細身の男が路地裏を歩いていた。

 先ほど、ローリィの報告を受けたばかり。

 男はカルトール家の人間――それも、カルトールの血が流れている。

 だからこそ、従者であるナルシェ家のローリィに対して支配を及ぼすことができた。


「だが……」


 ポツリと男が呟く。

 どうしてもアルナの傍にいたい――そんなことを懇願していたローリィの姿を思い出す。

 こうして、アルナの護衛として派遣されることになった。

 連絡係としての役目と、多少なりとも護衛を配置することはカルトール家としてもやっておくべきことだと判断したのだ。

 カルトールは《王位継承》に興味がない、そう思わせるためのブラフでもある。

 実際、アルナは継承者の中でも低い戦力を持つ者にしか見えなかっただろう――そのはずだったが、唯一の誤算はアルナの傍にいる少女。


「シエラ・アルクニス……調べる限りでは最近学園に入学したばかりの、それもアルナとはまるで関係のないような人間……だが、実力は本物か」


 塔での戦い然り、狙われたというアルナを以前にも守りきっている。

 異常なまでの戦闘力だ。

 そして、ローリィの報告にあった《赤い剣》。


「戦場での噂話……か」


『戦場の二本の《赤い剣》』――エインズ・ワーカーと、もう一人同じ実力を持つ人間がいる、と。

 事実なのだとしたら、カルトールはとんでもない戦力を手にしたことになる。

 だが、どこまで信用できるかも分からなかった。


「……」


 男は考え込むようにピタリと止まり、そして言い放つ。


「いつまでついてくるつもりだ。いい加減姿を現せ」

「――ほう、気付かれているとは意外であるな」


 男の言葉に反応して姿を現したのは、黒装束姿の男。

 大柄な体型と声から男と判断できた。

 シュルリと白く輝く糸が目に入る。


「ただの連絡係だと思ったが、そうではないようである。それなりに腕は立つか」

「俺の腕などどうでもいい。だが、間違えたな……カルトールは魔法の名門だ。暗殺など不可能と知れ」

「仕方あるまい。――であるのなら、直接やるとしよう」


 黒装束はそう言うと、両腕を大きく広げた。

 その背後に現れたのは、カタカタと音を鳴らしながら身体を構成していく人形。

 だが、男は余裕の態度を崩さない。

 隠れて追ってくるということは、直接戦闘には向かないタイプだろう。

 現に、黒装束が出してきたのは人形である。


「……《人形術》か。塔で襲ったというのは貴様だな。だが、たかが人形使いが――っ!?」


 男の表情が、驚愕に満ちる。

 黒装束の後ろに作り出された人形を見て、理解したからだ。

 その姿を直接見たことはないにしろ、男はその人形を知っている。


「そ、その人形は……!」

「ふむ、私もまだ捨てたものではないようであるな。斯様なところでも知られているとは」


 白い糸が宙を舞い、ギリギリと音を立てながら、人形が動き出す。


「では、知り合ったところで別れの挨拶が必要であるな」


 黒装束は、静かにそう言い放った。

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タイトル変更となりまして、書籍版1巻が7月に発売です! 宜しくお願い致します!
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