120.夏休み
お昼休みになり、シエラはアルナとローリィの三人で昼食をとる。
今日は購買で手に入れた菓子パンをいくつか、シエラは持っていた。
もくもくと、シエラはパンを頬張っていく。
いずれも甘いパンであり、少し眉をひそめて、ローリィがシエラに問いかける。
「……胃もたれしないのか?」
「ひなひよ」
「シエラ、食べながら返事はしないの」
「ん」
アルナの注意を受けて、シエラはこくりと頷いた。
甘いモノばかり食べているとアルナに怒られるが、昼食に関しては寛容だ。
さすがに五個目のパンを取ろうとしたら注意されたが。
「でも、シエラって結構食べるわよね。それでも太らない体質――というか、あれだけ動けるのなら太らないわよね」
アルナがシエラの方を見ながら、そんな疑問を口にした。
シエラは首をかしげる。
「普通は太るの?」
「……まあ、甘いモノばかり食べるとそうなるわね。今だってパンを四つも食べているわけだし」
「太らない体質なんだろね。僕はそんなに食べないけれど、食べてもそんなに太らない」
「ローリィもそうなのね」
「アルナは?」
「へ? わ、私は……まあ、普通、かしら?」
少し歯切れ悪く、アルナが答えた。
何やら気にするようにお腹の部分を撫でている。
そんなアルナの様子を見て、シエラはアルナの脇腹に触れた。
「ひゃっ!? きゅ、急にどうしたの?」
「アルナのお腹は柔らかいのかと思って」
「そ、そんなことないわ」
「こら、アルナちゃんのお腹に勝手に触るな。僕だって触ったことないのに……」
「それなら、触ったらいい」
「な、そんな気軽に触れるかっ」
「どうして?」
「どうしてって……」
シエラの言葉に、少し動揺した様子を見せるローリィ。
ちらりと、ローリィがアルナに視線を送り、二人の目が合う。
「えっと、別に触ってもいいことはないわよ……?」
「さ、触りたいなんて言ってないよ! シエラが変なことを言うから……っ」
「変なことは言ってないよ」
ローリィの言葉にも淡々と答えて、再び菓子パンを頬張る。
何故だか少し、気まずい空気が流れる。
不意に、ローリィが話題を切り替えた。
「そ、そう言えば……もうすぐ夏休みになるけれど、シエラはどうするんだ?」
「……夏休み?」
「今朝も話があったでしょう? 学園には夏になると長期休暇があるの。寮に残る人もいるけれど、多くは実家に――あ」
そこで、アルナが何かに気付いたような表情を見せた。
――シエラには、実家など存在しない。
戦場を渡り歩いてきただけの彼女には、隠れ家はあってもそこは『家』として機能しないのだ。エインズがどこにいるかも分からない以上、シエラが寮にいることはほぼ確定であった。
「アルナは家に帰るの?」
「私は……一応、そのつもりだけれど」
シエラが問いかけると、アルナは視線を逸らす。
彼女は彼女で、家庭に複雑な事情を抱えている――アルナの反応を見て、ローリィも表情を少し曇らせた。
実家に帰るだけのはずなのに、喜ぶ姿は見られない。
「やっぱり、あまり気は乗らないのよね。弟の顔は見ておきたいけれど」
「そうなんだ」
「……僕も、少し気まずいところがあるかな。この『目』のこともあるし……」
ローリィはそう言って、眼帯に触れた。カルトール家の呪縛から解放された彼女は、望んでアルナの傍にいる。
しかし、それが果たして正式にカルトール家に認められているかは、定かではない。
そんな二人を見て、シエラは思いついたように口を開く。
「心配なら、わたしが一緒に行くよ」
「え? シエラが……?」
「うん。わたしは行くところないから。それに、アルナの家も見てみたい」
「シエラが一緒に……。それは、私も心強いけれど……」
ちらりと、アルナがローリィに視線を向けた。彼女が『いい』と言うか、確認したいようだ。
「少し前ならダメだって言うところだけど……シエラが近くにいると安全なのは事実だ。だから、僕もシエラが来てくれるって言うのなら、異論はないよ。もちろん、アルナちゃんがいいって言うのならだけど」
「私は……そうね。一週間くらいだけど、シエラも一緒に来たいのよね?」
「うん」
「それなら、一緒に行きましょうか。夏休みに入ってから少し後だけれど」
「わかった。アルナの家、楽しみにしてる」
こうして、シエラのカルトール家への同行が決定した。
シエラの夏休みが始まります。





