114.砂のお城
シエラは《赤い剣》を構えて、オーゼフと向き合う。
すでに受けたダメージはシエラの身体に負担をかけている――だが、それでもシエラは表情を変えることなく、オーゼフとの戦いに挑む。
そんなシエラを見て、オーゼフは小さくため息をついた。
「オレが打ち抜いた肩の傷も、随分と響いてるみたいじゃないか。もう肩も上げられないんだろ? そんな状態で、なおもオレと戦うかね」
「うん、戦うよ」
シエラはすぐに答える。
オーゼフが言っているのはシエラの肩の傷――森林施設に向かう途中で受けた、後方からの狙撃だ。
「肩のって……じゃあ、さっきのは威嚇じゃなくて……!」
アルナが何かに気付いたように言う。
おそらく、ここからオーゼフがシエラを狙って打ち込んだのだろう。
そのタイミングは完璧で、あらぬ方向からくる矢にシエラの反応は若干遅れた。先ほどまでは使えた左腕も、すでに感覚がなくなり始めている。
片腕しかない《赤い剣》で、ゴーレムからの攻撃を防いだと言っても少なくはないダメージもある。
シエラはそれらを全て踏まえた上で、目の前にいるオーゼフの前に立ち、
「いくよ」
地面を蹴って、自ら距離を詰めた。
オーゼフが跳躍し、森の中へと入る。その動きは俊敏だが、シエラの追いつけない速度ではない。
だが、逃げながらもオーゼフが弓を構えて、矢を放つ――シエラはそれを、剣で切り払う。
「あとどれくらい持つ? その怪我に、魔物達との戦いで――おそらく戦えても五分くらいか。それなら逃げりゃいいだけさ。まともに戦う必要なんてないね」
オーゼフの言うことは正しい。今のシエラは、時間が経てば経つほど動きもどんどん鈍くなっていくだろう。
表情にこそ変化はないが、血が抜けた身体の反応は鈍い。動きもいつもより遅く、オーゼフとの距離を簡単に詰めることができなかった。
次々と放たれる矢を切り払いながら、シエラは小さく息を吸う。わずかに腰を落として、地面を強く蹴った。
「っ!」
オーゼフが目を見開く。およそ無理のできる身体ではないシエラが、魔力を爆発させるようにしてさらに加速した。
傷が大きく開き、鮮血をまき散らしながらもシエラはオーゼフへと追いつき――剣を振るう。オーゼフはそれを弓で防御する。ギィン、とぶつかり合う音と共に、オーゼフがわずかにバランスを崩した。
だが、オーゼフの弓はシエラの一撃を受けても壊れることはない。
「ふぅ、やるね。だが、気付いているだろ? これはただの弓じゃない――《装魔術》だ。それも、《聖騎士》を名乗るに相応しい者のみが持つことができる、ね」
オーゼフが空中でバランスを取り、地面に着地する。追いついてくることが理解できたのだろう。逃げる仕草は見せず、今度は弓を構えて見せた。
「これは《破壊の女神》シヴェルリアの名を拝借した弓だ。この国では、女神の名を拝借してなおその武器を扱える者に、《聖騎士》という特別な立場が与えられる。あんたも一緒にいたフィリスちゃんもその一人さ。今、あんたが戦おうとしているのは女神の力と同じってことよ」
「女神なら、この前倒したよ」
「はっ、《安寧の女神》イゼルの人形ことか? 確かにそいつも強かっただろうよ。だがね……あんたは満身創痍。こっちは体力も十分なうえに、装魔術に名を付与してるんだ。そいつとはレベルが違うと思ってくれて構わねえ」
「そっか」
シエラはそっけない返事と共に、剣を構える。別に、相手がどんな武器を持っていようが関係ない。
シエラのやることは、ただ相手を殺すということ――アルナとマーヤを守るために、ここでオーゼフを殺すということだけだ。
シエラの反応に、オーゼフがばつが悪そうに頭を掻くと、
「やれやれ、大層な説明をした割にはそっけない反応だ。おじさん傷ついちゃうね」
「心配ないよ。その程度の傷じゃ済まさないから」
「ほう、言うね。それじゃあ――見せてもらおうかね!」
オーゼフが弓を引く――そこに現れるのは魔力で構成された矢。
いずれも違った色の矢が現れると、シエラは回り込むように駆け出す。
様子を窺うように、周囲を走りながら地面に剣を走らせる。
オーゼフはそのまま、矢を放った。一つは上に、一つは地面を潜るように、一つは空中で静止する。すべての矢が違う動きを見せて、シエラを狙う。
シエラの剣は赤い輝きを見せる。魔力を込めた一撃――シエラはいつだって、戦いで繰り出すのは相手を葬り去るための一撃だ。
地面を潜りこんだ矢がシエラに向かって飛び出す。シエラはそれをかわさない。
腹部を貫くが、動く分にはまるで問題がない。次いで、シエラの左肩を打ち抜くように、上から矢が降り注ぐ。左肩は使い物にはならない――刺さったところで、シエラは気にしない。
三本目、空中で静止した矢が、シエラに目掛けて飛翔する。
そこで初めて、シエラは剣を振るった。その矢が本命であることを、シエラは感覚で分かっていた。
命を狙う一撃であれば、腹部や肩を狙う必要はない。シエラの命を取るための一撃があるとすれば、まだ発射されていない三本目だった。
赤い斬撃が矢を飲み込むと――矢は斬撃の中で強い輝きを放つ。
「――っ!」
シエラは目を見開いた。魔力の塊であるシエラの斬撃を以てしても、その矢は消滅しない。
むしろ、輝きが強くなったかと思えば、強い衝撃を放ちながら爆発を起こした。
華奢なシエラの身体が宙に投げ出されると、ゴロゴロと地面を転がる。空に散りばめられたのは、シエラの持っていた赤い剣だ。
それが霧雨のように霧散していく――シエラの一撃は無効化され、装魔術で作った剣も打ち砕かれた。
「破壊の名を関する意味が分かったか? この弓が放つ矢には、たとえ装魔術であろうと一撃で砕く効果を付与することができるのさ――まあ、全部の矢にとはいかないがね」
そう言いながら倒れ伏すシエラに対して、オーゼフが弓を構える。
シエラはまだ動く右手を地面について、顔を上げる。その表情に変化はなく、無表情のままオーゼフを見据えた。
「決着だな。どのみち、あんたに勝ち目はなかったよ。この状況でもそんな澄まし顔ができるのはさすがだがね」
「約束――」
「……なに?」
「約束、したから」
シエラは小さな声で、そう口にする。オーゼフにはその言葉の意味が理解できないだろう。
震える手で、なおも立ち上がろうとするシエラが――最後の抵抗をしようとしているようにしか、彼の目には映っていない。その油断が、命取りになるとも知らずに。
「ッ! これは……!」
オーゼフは気が付いたように視線を下に向けた。
そこにあるのは魔法陣――地面を繋ぐようしながら、円形で覆われた魔法陣の下に、オーゼフはいたのだ。
散りばめられた赤い宝石のような装魔術が、魔法陣に魔力を満たしていく。シエラは、初めから剣による一撃をオーゼフに与えるつもりではなかった。
剣で戦う傭兵であるシエラだが、彼女にも魔法は使える。何故なら彼女は――最強の傭兵から全てを、受け継いでいるのだから。
「《クリエイト――レジデンス》」
地面が揺れ、形成されるは巨大な城。
砂や泥、岩を集めて構成されたそれはオーゼフの身体を打ち上げた。
「お、おおおっ!? こ、この程度で――」
オーゼフが弓を構える。倒れ伏すシエラに一撃を加えれば、それで全てが終わるのだ。
だが、それよりも早くシエラの魔法が発動していた。巨城の完成は、もう一つの城と合わさることで完成する。――挟み込むように、オーゼフの背後からは巨大な壁が迫っていた。
「……マーヤに、大きな砂のお城、見せるって約束だった」
「――」
シエラのそんな言葉と同時に、オーゼフの身体が大地に作り出された巨城によって押しつぶされる。そこに出来上がったのは、かつて《女神》が住んでいたとされる居城。
女神を崇拝する者が作り出した魔法によって、女神の名を冠した者は今、打ち倒された。





