112.信じるということ
「……ふう」
ため息と共に、コウはその場で膝をつく。
目の前には、倒れ伏したセルフィの姿があった。――勝負は一瞬、コウの方がわずかに早く一撃を届かせた。
コウの下へと、ローリィがやってくる。
「人質の子達は?」
「ボク達の来た地下のルートに避難してもらっています。あそこには魔物がいなかったので」
「そう、それなら一先ずは安心かしら。あの大きなゴーレムもすぐシエラさんが倒しちゃったし」
「……少し離れたところでしたが、シエラは怪我をしていました」
「心配?」
「別に――いえ、正直心配です。僕がもう少し早く着いていれば……」
「それはあたしの責任よ。……確かに、あの子には無理をさせたわ」
コウも分かっていたことだ。
ゴーレムの一撃を魔法で防いでいたとはいえ、決して軽い怪我では済まない。
身体の骨がどこか折れているかもしれないし、出血がひどければ悪化する可能性もある。
それでも、シエラは戦いを止めることはないだろう。
「ふっ、本当に先生をやっているんだな」
「っ! まだ生きて――」
「大丈夫よ」
ローリィがすぐに反応するが、コウはそっと制止する。
コウ自ら傷を負わせたのだから分かる――互いに命を奪うための一撃を放って、コウはセルフィに深手を負わせたのだ。
倒れ伏した彼女の身体からは大量の出血がある。……少なくとも、彼女はもう動くことはできない。
「これで《魔物使い》とあんたを倒して、終わりってところかしら?」
「……ああ。少なくとも、私とあいつの役目は……二人の少女を狙うことだった。それすらも果たせないようでは、どうしようもないがな」
「……どうして二人なのよ。聞いたところによると、あんたが狙うべきはその二人じゃなくて、もう一人の子じゃないの?」
「……もう、一人? さあな。私は、少なくともそんな依頼は受けていないが」
「なんだって?」
ローリィの表情が険しくなる。
コウも目を細めて、考えを巡らせる。
少なくとも、セルフィと魔物使いはリーゼとフィリスの二人を狙ってやってきたのだ。
だが、リーゼとフィリスはそもそも王国から追われている身――その潔白を示すことができる子が、最初の狙撃で狙われたはずである。
(……どういうこと? それなのにセルフィは知らないって――まさか)
「ちょっと、聞くけど。あなたさ、シエラさん達を襲撃したの、今日が初めて?」
「それを、聞いてどうする……?」
「いいから。勝ったご褒美に教えてくれてもいいでしょ?」
「何の、褒美だ。……まあ、それくらいは答えてやってもいいが。私とあいつは、今日初めてお前達を襲った。その答え、に、何の意味があるか、知らないが……」
セルフィの言葉に嘘はなさそうだ。
今日初めて襲ったということは、昨日の狙撃手は別にいることになる。
その時、ようやくコウはある事実に気が付いた。
「……そういうこと。あなた、囮の役目があったのね」
「囮、だと? どういう、ことだ……?」
「ローリィ、今すぐアルナさん達のところに戻れる? あたしもすぐに戻りたいんだけど……」
身体を動かそうとして、コウはまだ膝をついてしまう。ローリィに支えられないと、立つことすら難しそうだった。
「まさか、もう一人狙撃手がいるってことですか……!」
「そうなるわよね。それも、下手したらセルフィよりも上の」
「私より、上の……? はっ、だとしたら、とんだ噛ませになってしまったものだ、な……」
「あんたももう限界でしょ。少し寝てなさいよ。……もし助からなかったら、あたしの方から『孤児院』にお金は入れてあげるから」
「……すまない」
そこまで話し終えると、セルフィは気を失う。
出血量から見て、ここで止血したとして彼女が助かるかどうか分からない。……それよりも、コウにとって優先すべきこともあった。
「とにかく、あなたは先に戻って」
「……ですが、人質の子達を放っておくわけにもいきません」
「アルナさんが危ないって言ってるのよ。分かってるの?」
コウははっきりと、今の状況を告げる。
ここにいた二人は陽動で、戦力となる者達を誘き寄せるためだけの存在だった。
おそらく最高戦力となるシエラもこちら側に来てしまっている――すでに、アルナ達のいる方が危険な状態にあるのだ。
それでも、ローリィが拳を握りしめて首を横に振る。
「……分かっていますが、アルナお嬢様の下に行くのは皆の確実な安全を確保しなくては」
「あなたがそんなこと言い切るなんて、意外ね。けど、このままじゃアルナさん達が――」
「大丈夫、ですよ」
ローリィが険しい表情のまま、森の方を見つめた。
それが何を意味するのか、コウもすぐ理解する。――先ほどまで近かった戦闘音が止んでいる。
すでに、この近くにはシエラの姿はない。
傷ついて、なおも魔物を倒すために剣を振るったシエラが、すでにアルナの下へと向かっているのだ。
「シエラは……どんなことがあってもアルナちゃんを守ってくれる。少なくとも、僕はそう信じていますから」
「……そう。それじゃあ、あたし達はここでやるべきことをしましょうか」
コウの言葉に、ローリィが頷く。
少なくとも、シエラとローリィの間にはそんな信頼関係が生まれているらしい。
コウ自身は、すぐにでも戻るべきだという考えは変わらない。
それでも、アルナを守ることを第一に考える少女がシエラのことを信じているのだから――担任である自分も、シエラのことを信じることにしたのだった。
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