110.シエラの一撃
「……はっ、あり得ない、あり得ないだろう」
まるで夢でも見ているかのように、驚き目を見開いてザッシュが言う。
シエラはあまりに無防備なまま、ゴーレム達の拳を受けていた。それならば、原型を留めているどころか、立ち上がってゴーレムを倒すなどあり得ない、と。
首を横に振るザッシュに対して、シエラは現実を突き付けるかのように一歩を踏み出す。
ザッシュの後方――すでに人質だった少女はローリィによって助け出されている。
「ローリィ、今度もう一回その技見せて」
「……気が向いたらな。それより怪我は――」
「大丈夫」
ローリィの問いかけに、シエラはそう答える。
自分の身体よりも、ゴーレムの腕を砕くほどの一撃に、シエラは興味を示していた。
それと同時に、コウもローリィも――しっかりと頼れる仲間であるということを認識する。
シエラだけでは、少なくとも犠牲を出さずに全てを救うことはできなかっただろう。
「な、何故だ……何故立っていられる……!? いや、そもそも何故生きているんだ! ゴーレムだぞ!? 奴らの拳は、一撃で人間を――はぐぅ!?」
シエラは地面を蹴ってザッシュとの距離を詰めた。そのまま、ほとんど無防備な状態であるザッシュの首元を掴むと、片手で自分より身長の高いザッシュを持ち上げる。
「攻撃の瞬間に防御の魔法を使った。ただそれだけ」
「し、瞬間、だと……そんな、ことが……」
気付かれないレベルで、シエラは相手の攻撃に合わせて魔力の壁を作り出していた。
もちろん、それだけではダメージを抑えきることはできない。
吹き飛ばされた痛みや、物理的衝撃もシエラの身体には伝わってくる。ただ、それだけだ。
死にさえしなければ、シエラは立ち上がって敵を殺す――そういう少女なのだ。
ミシリ、と音を立てて、シエラがザッシュの首を絞め上げる。
珍しく、シエラはすぐに剣で敵を殺そうとしなかった。
「が、ぐふ……」
「聞きたいこと、あるんだけど」
「な、にぃ、ぐお……っ」
「王都で、マーヤって子の両親――殺したのはあなた?」
「……!」
ザッシュの表情に動揺が走る。その変化で、シエラはすぐに理解した。
「そっか」
「ま、まで、僕、じゃ……」
「うん、分かってる。マーヤのことは知ってるんだよね」
それだけ分ければ十分だ。
シエラは森の方角に向き直る。
マーヤのことを知っている――すなわち、ザッシュがマーヤ達を襲ったメンバーの一人であることが分かる。
それが分かれば十分なのだ――シエラが、ザッシュを葬り去るには十分過ぎる理由だった。
絞められたままのザッシュが、慌てた様子で口を開く。
「ぼ、くを、殺せば……ま、ものが……」
「全部殺す」
「ま、て、違う……もう一匹――」
「大丈夫。それも含めて言ってるから」
もはやザッシュの言葉に聞く耳は持たない。
シエラはわずかに助走を付けると――思い切りザッシュを空中へと投げた。
「う、うわああああああっ!?」
情けない声を上げながら、ザッシュの身体が宙を舞う。
シエラの持つ《赤い剣》が輝きを増して、魔力を放出していく。
シエラは放り投げたザッシュを追いかけて、駆け出した。
「う、おおおおお、《グレンシア》あああっ!」
『――』
ザッシュが叫ぶと、彼の後方にいた半透明の女性――グレンシアが動き出す。奏でるのは魔物を呼び出す音色。
地鳴りが起こり、地面の底から一体の巨大なゴーレムが目を覚ます。
「くはっ、《オールド・ゴーレム》だ! 古代遺跡に眠っていたものを僕が見つけ出して、仲間にした! こいつは《ドラゴン》ともまともに殴り合えるだけの力があるッ!」
動き出したオールド・ゴーレムはザッシュを守るようにして、シエラの前方に腕を伸ばす。
だが、シエラは意に介すことはない。
高く空中に跳び上がると、赤い輝きを放った剣をその場で振るう。
集約した魔力が、巨大な赤い三日月となって空を駆ける。
オールド・ゴーレムの伸ばした手を切断して、宙を舞うザッシュの元へとその刃は迫った。
「は、な、そんな……馬鹿なああああっ!」
鳴り響く轟音。
ゴーレムとしては最上位クラスであるオールド・ゴーレムの腕が地面に落下すると共に、《魔物使い》であるザッシュの命を消し飛ばす。
シエラはすぐに、オールド・ゴーレムと対峙した。
『オ、オオオオオオオオ……』
主を失った魔物達が、大きな声を上げる。悲しみに暮れているのではない――解放された彼らは、これより自らの意思で戦い始めるだろう。
「いいよ、すぐに片付けるから」
『オ――』
オールド・ゴーレムの肩に乗って、その首を吹き飛ばす。
自由になった魔物達が闊歩する森のさらに先を――シエラは見据えていた。





