102.シエラ、予感する
翌朝――目覚めたシエラは昨日と同じように宿で食事を取った。
本来ならば、今日は《森林施設》の見学ということになっているが、
「マーヤちゃんはまだ大丈夫かもしれないけれど、リーゼさん達が出歩くのは目立ってしまうかもしれないわね……」
「マーヤも狙われているんですもの。どのみち、わたくし達三人は表立って行動することはできませんわ」
アルナとリーゼが、今後のことについて話し合っている。
それぞれ二人の後ろには、ローリィとフィリスが待機していた。
どのみち、アルナとリーゼの意見が一致すれば答えとなる。
「もちろん、私も宿から出るつもりはないわ。リーゼさん達と一緒に行動する――けれど、マーヤちゃんの安全を確保するためにはどうすればいいの?」
「わたくしの追っ手には、ここにいるフィリスと同じ《聖騎士》がいますの。一人か二人か分からないけれど、フィリスがここにいる限りは間違いなく一人は派遣されているはず……その一人と接触できれば、安全は確保できたと言えますわね」
フィリスと同じ聖騎士――すなわち、シエラとも打ち合えるだけの実力のある人物ということだろう。
確かに、そのレベルの相手に任せることができればマーヤの身の安全は保障される。
「それなら、三人で聖騎士を呼んでもらうように言えばよかったのでは?」
リーゼの言葉に、ローリィがそう問いかける。
確かに、逃げるという選択をするよりも、聖騎士が追いかけてきていると分かっているのなら、マーヤの保護だけでも任せられれば良かったのだろう。
「そう簡単にはいきませんわ。騎士達はわたくしとフィリスを殺人犯として……そして、クーデターを企てた者の一人として追っているんですもの。そんなわたくし達の『聖騎士にその子を保護してもらいたい』なんて言い分、聞くと思っているのかしら? それに――」
「我々聖騎士は国の根幹に関わる事柄について、正式に任務に就くことになります。私の場合は『騎士団長のご息女』であり、《王位継承権》を持つリーゼ・クロイレン様の護衛、ということですね」
付け加えるように話に加わったのはフィリスだ。
フィリスもあくまで、聖騎士の任務としてリーゼを護衛していた――そういうことだろう。……だが、今は立場上フィリスもリーゼと同じ状態だ。
同じ聖騎士でもこうなってしまっては聖騎士に直接会って話すことも難しいのかもしれない。
「……その、二人を追う任務というのは?」
「ええ、わたくし達が抵抗するのであれば始末する――それくらいの権限はあるでしょう。むしろ、そう命令が下るのではなくて?」
「おそらくは、その通りかと」
リーゼもフィリスも、自らの命の危機に対して淡々としている。むしろ、それを聞かされたアルナの方が動揺しているくらいだ。
現状、聖騎士ではない騎士に素直に捕まった場合、マーヤの保護が疎かになる可能性がある。
つまり、聖騎士と直接会った上で、マーヤを保護してもらえるように説得をしなければならない――だが、表立って行動して明確な『反抗』を確認された場合、聖騎士はその場でリーゼやフィリスの始末に動く可能性がある、ということだ。……逃走している以上、すでにその状況に片足を突っ込んでいる。
「それなら……私が聖騎士の人を見つけられたらいい――そういうこと?」
「その上で説得できるのなら理想ですけれど、そうもいかないでしょう。一番手っ取り早い方法は、『聖騎士を制圧してしまうこと』――つまり、お話を聞いてもらう状況に持っていけばいいだけのことですわ。それなら、物分かりの悪い人間でも分かるでしょうから」
くすりと笑いながら、リーゼがシエラの方に視線を向ける。……フィリスだけではその方法は選べなかったのだろう。
だが、ここにはシエラがいる――リーゼも、アルナがどんな相手と狙われてきたのか、それくらいの情報は手に入れているのかもしれない。
シエラとフィリスの二人ならば、追っ手である騎士を全て制圧し、聖騎士にも『話を聞かせる』くらいのことはできる、そういうことだろう。
「そんな危険なこと、できるはずないでしょう!」
リーゼの言葉に、怒りを表したのはアルナだ。
その作戦を実行する場合、一番負担を強いられるのはシエラだろう。
……何せ、『殺す』ことには特化していても『生かす』ことはまだ苦手としている。
聖騎士ならばまともに打ち合っても問題ないかもしれないが、騎士が束になってきた場合、シエラならば事故だったとしても殺してしまいかねない。
それを防ぐためにシエラが加減をすれば、それだけシエラの身に危険が及ぶ。もっとも、シエラ本人はそんなこと気にしないが。
「まあ、貴方が同意してくれなければこの作戦は実行できないもの。仕方のないことですわ」
「……やっぱり、私達が見つけてくる方が安全、よね」
アルナとリーゼの話は中々纏まらない。二人の同盟はあくまで即席でしかない――『マーヤを守る』という目的のみが一致しているだけで、お互いの考えはまるで異なっているのだ。時間がかかるのも無理はない。
……そんなとき、シエラの袖を引っ張る少女の姿があった。
「おねえちゃん達ずっとお話ばかりだね」
マーヤだ。
退屈そうな表情で、シエラに構ってほしそうにしている。
この中で唯一、シエラが話にあまり参加していないからだろう。
「うん、話ばかりだね」
「シエラおねえちゃんはお暇?」
「暇だけど、外には出られないから」
実際のところ、シエラは暇をしているわけではない。
周辺の警戒を常に行い、敵に備えている――その上で、シエラは暇と答えているわけだが。
「そろそろおかあさんとおとうさんのところに戻らないと、怒られちゃうかも」
「!」
不意に、マーヤがそんなことを口にする。……彼女には事件当初の記憶が残っていない。
あるいは、ショックによってその記憶を忘れようとしているのかもしれない。
マーヤの両親はすでに亡くなっている――それは、リーゼとフィリスが話した通りだ。
その記憶を魔法で呼び起こし、リーゼとフィリスの潔白を証明する必要があるのだから。
すでに両親はいない――そんな事実を、マーヤには告げないように、そうアルナから言われている。
シエラなら、うっかり言ってしまってもおかしくはなかった。
……元より両親がおらず、義理の父親であるエインズしか、シエラにはいない。
今後、マーヤも誰かに引き取られてそういう生活を送ることになるのかもしれない。
シエラはどう切り出すべきか悩んだ。両親のことに触れずに話すのであれば、
「……戻らなくてもアルナが怒られてくれるから平気」
「そうなの?」
「うん」
……一先ず、誤魔化すということには成功した。
勝手にアルナの名前を使ってしまったが。
シエラには、両親を亡くしたマーヤに対してできることは少ない。それは、本人もよく分かっている。
(わたしにできること……)
シエラはマーヤの頭に、撫でるように触れる。
「シエラおねえちゃん……?」
「一緒にいる間は、わたしが守ってあげる」
シエラに約束できることは、それだけだった。自らの力をもって、マーヤを守る――マーヤにも、そのことを伝えておこう、と。
その時、コンコンッと扉がノックされる。
やってきたのは、森林施設の方へ引率をしに行くはずのコウだった。
すでに、クラスメート達はコウと一緒に施設の方へ向かったはずだったのだが、
「……フェベル先生、どうかしましたか?」
コウの表情を見て、アルナが問いかける。
いつもなら軽い挨拶と共に笑っているような彼女だが、どこが真剣な面持ちのままに、一呼吸を置いてから告げる。
「本当なら今日、森林施設に泊まった他の生徒達と入れ替わりであたし達が向かう予定だったんだけどさ……生徒達が戻って来なくてね。一応偵察して見たんだけど、何やら怪しげな雰囲気を感じるんだよね」
コウの言葉に、その場にいた皆がざわつく。
傭兵としての勘のようなものだ。シエラは予感する――これから戦いが始まるのだ、と。





