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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第四部:未来へ向かって脱出するお話

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第一六五話 医者はどこだ! なお話

 その次の食糧庫には、特に苦労することもなくたどり着いた。感染者は人間などの生き物にしか興味が無く、団員たちも混乱の中食料を運び出すよりも武器を取りに行くことを優先したのだろう。食糧庫周辺には死体もなく、そして感染者もいなかった。

 

 食糧庫も各所に分散して設けられており、少年らがたどり着いたのはその中でも比較的小規模な施設だったものの、スーパーマーケットの食品棚を埋められそうなほどの食料品が備蓄されていた。その全てが保存食であり、中には自衛隊の戦闘糧食まである。


「元々この辺りに缶詰工場があったおかげで、食料には事欠かなかった。出荷直前の商品がトラック何台分もあったからな」


 伏見がそう言って、段ボールに入った缶詰を手に取る。同胞団がのし上がれたのも、早期から大量の食糧を保有していたからだろう。武器があっても食べ物が無ければ飢え死にしてしまう。逆に食料さえあれば、それを売りにして人や物を集めることも出来る。


「よし、とりあえず今日はここにある分を可能な限り持って帰ろう。伏見、トラックのある場所まで案内しろ」

「トラックは武器弾薬保管所の近くにある。ついでにそっちにも寄っていくか?」

「…ああ、先に武器弾薬の補充をしておこう」


 少年や佐藤、千葉たちは銃を携行しているものの、銃弾はそれぞれ弾倉二本分程度しか持っていない。感染者に見つかり、戦闘になればあっという間に撃ち尽くしてしまう。その前に弾薬を補充しておきたいし、銃も持って帰れば埋め立て地の人に自衛してもらうことも出来る。

 少年や佐藤がセーフハウスに隠していた武器弾薬や物資は、まだ回収できていない。回収したところで、数十人で回すには微々たる量でしかなかった。いずれは回収するつもりだが、その前に同胞団の拠点からあるだけ物資を集めた方が効率がいい。


 少年はカービン銃に取り付けられたフォアグリップを握り、小銃を構えた。団長にマイナスドライバーで突き刺された腕の傷は、まだ完全に癒えてはいない。とりあえず傷口に軟膏を塗ってサランラップを巻き付け、回復を促しているだけだ。消毒はしているものの、感染症への不安は残る。それでも埋め立て地の住人はほとんど戦力にならない以上、動けるのであれば負傷していても出るしかなかった。


 先に進むにつれて、ますます焦げ臭いにおいが鼻に付くようになった。火災はここ数日の雨で完全に鎮火されたようだが、それでも強烈な火事場の臭いが未だに漂っている。焦げ臭いにおいと、肉が焼けた後の臭いだ。あの火災の中で、何人の団員が生き延びることが出来ただろうか。



 ふと、なにやら騒々しい感染者の唸り声が聞こえてきて、少年は足を止めた。時折咆哮と共に、何かを叩く音が聞こえてくる。


「聞こえます?」

「ああ、行ってみよう。ただし、まずは様子見だ」


 少年は佐藤の言わんとしていることが分かった。もしも生存者がいたら可能な限り救助することは、埋め立て地を出発する前に皆で確認していた。千葉たちは難色を示していたものの、情報源や労働力ということで、抵抗しない限りは危害を加えないということで一致していた。

 恐らく感染者が騒いでいるということは、生存者がいるということなのだろう。だが、少年らの手持ちの弾薬は少ない。もしも生存者がいたとして、それが手持ちの弾薬を上回るような数であれば、救助することは難しい。その場合は、先に弾薬の確保をしなければならない。


 それに、消音器付きの銃を持っているのは佐藤と少年しかいなかった。同胞団も消音器付きの銃を自作していたようだが、武器庫に行けば手に入るかもしれない。しかし今はそれが無い以上、実質的に戦えるのは二人だけだ。


 騒音のする方へと進んでいくと、その先には二階建てのコンクリート製の倉庫があった。周囲を感染者たちがぐるりと取り囲んでおり、その数は数十体以上に上るだろうか。

 感染者たちは一階にある鉄の扉を激しく殴打していた。分厚い金属製の扉は窓ガラスが割れ、大きく歪んでしまっている。だがまだ破られた様子はない。


「なんだ?」

「中に誰かいるんじゃないか?」


 千葉がそう言った通り、倉庫の二階の窓からひょっこりと人影が顔を覗かせた。30代くらいの男だろうか、彼は少年らの姿を見るなり、「助けてくれ!」と大声で叫んだ。男の助けを求める声は、当然倉庫を取り囲んでいる感染者たちの耳にも入る。さらに大きくなったその唸り声に、少年たちは慌てて姿を隠した。今の男の声で、さらに感染者たちが集まってくるかもしれない。

 だが男からすれば、少年たちがどこかへ行ってしまうように見えたのだろう。「待ってくれ、行かないでくれ!」と悲痛な声が聞こえ、それを感染者たちの咆哮がかき消した。


「どうする? あいつ、あの倉庫に雪隠詰めの状態らしいが」

「あの倉庫には何もない。危険を冒して中に入っても空っぽだ、助ける価値はない」


 手書きの地図にはあちこちの倉庫に貯蔵してある物資が記載されているが、先ほどの二階建ての倉庫には何も書かれていなかった。つまり、中には何もない。

 あの男は感染者に追われ、どうにかあの倉庫に逃げ込んだはいいものの、周りを囲まれてしまい脱出が出来なくなってしまったというところだろう。頑丈な倉庫のため内部への侵入は防げているが、それだけだ。感染者を撃退する武器がない以上、彼には誰かに助けてもらうか、このまま飢えと渇きでじわじわ死んでいくかのどちらかしか選択肢が無い。


 倉庫を取り囲む感染者は、男が声を出しているせいでさらに増えている。仮に危険を冒し銃弾を消費して男を助けたところで、中には何もないのだから得られるものはない。それよりも男が叫んでくれているおかげで、周囲の感染者たちの注意はそちらに向いている。彼を放置しておけば、少年たちは感染者に襲われる可能性を減らして進むことが出来る。だが―――。


「おい待て、あいつは医者だ」


 そう言ったのは伏見だった。伏見は手を縛られながらも物陰から身を乗り出し、なおも二階の窓から助けを求めている男に目を凝らす。

 二階から手を振る男の背後に、いくつか人影が見えたような気がした。小さな窓なので中の様子ははっきりとはわからないものの、あの倉庫に何人かいることは間違いない。


「医者? ああ、そんなのもいたな」

「簡単な怪我くらいしか治療してくれない奴だったけどな」


 千葉たちがそう悪態をついた。

 同胞団は戦える人間、何か技能のある人間しか必要としていない。逆にそのような人間でなくなってしまった瞬間に、そいつは無価値になるということだ。

 同胞団にも医者はいるが、あくまでも即座に復帰可能だったり、後遺症の恐れが全くない程度の怪我しか診てくれない。重傷や重病の者は看護に人手を割かねばならず、貴重な医薬品も消費するだけだ。また戦うことも物資も調達することも出来ないから、完全に無駄飯ぐらいとなる。

 だから重傷者は助けない。少年に撃たれた後、裕子がそのまま何の処置もされずに見殺しにされたように。


 もしかしたらあの男が裕子を見殺しにした張本人かもしれない。そう思うと、少年の心の奥底で何か暗い気持ちが蠢いた。もちろん、彼女の死に対して文字通り引き金を引いてしまったのは少年だ。だがあの時点では十分に助かる見込みはあった。医者がいて、きちんと処置さえ受けていれば、彼女は助かった。だが彼女は何の手当もされずに見殺しにされ、その死はずっと亜樹たちに隠されてきた。


 しかし、今そのことを言っても仕方がない。彼は絶体絶命の窮地に追い込まれ、助けを求めている。そんな人間をこのまま放置して見殺しにすれば、それこそ彼らと同じだ。


「助けましょう。医者はいた方がいい。たとえどんな奴であったとしても」

「…と言ってるが、どうする?」


 佐藤が千葉たちを見たが、意外なことに彼らは反対しなかった。これから生きていくうえで、医者は一人でもいた方がいいということが理解できているのだろう。

 埋め立て地にいる連中の中に、医療知識を持っている人間はいない。いてもせいぜい、自動車教習所などで心臓マッサージの方法を学んだくらいだ。このままでは軽い怪我や病気でも、きちんとした処置が出来ずに死ぬ人間が出てくる可能性すらある。

 そのためには医者が必要だった。そいつがたとえ同胞団の人間だったとしても、いないよりはマシだ。



 少年たちは辺りを探して、倉庫の近くで大きな木製の板と焼け焦げた木片を見つけてきた。そして木の板に炭で、『今から助けるから静かにしろ』とでかでかと書いて、医者たちが窓から見えるところに置いた。助けるにしても、静かにしておいてもらわなければ作業の邪魔になる。それに、延々と感染者たちが倉庫の周りに集まってくるようでは、救出作業の難易度もどんどん跳ね上がっていく。

 医者らは少年らの手作り看板が見えたのか、倉庫から聞こえる助けを求める声が止んだ。その間に少年は佐藤から小銃の予備弾倉を受け取り、近くの倉庫の二階に移動する。一方佐藤たちは少年を残して、当初の目的地である武器弾薬の保管所へと向かった。


 医者を助けるにあたってまず感染者を排除する必要があるが、少年たちの手持ちの弾薬は少ない。今はまだ感染者たちが医者の方に注意を引きつけられているからいいものの、発見されたら当然戦闘になる。だが手持ちの銃弾が少ない今、まともに戦ってもすぐに数の暴力ですり潰されてしまうだろう。

 それに確実にあの医者を助けられるかわからない。また本来の目的である武器弾薬の回収も並行して行わなければならない。医者を助けても武器を回収できなければ、ここからの脱出すら難しくなる。そのため少年を残し、佐藤たちは先に武器と弾薬を回収に向かったのだ。


 

 少年は医者が身動きできなくなっている倉庫から少し離れた場所に陣取ると、周囲に感染者がいないことを確認した。いくら消音器を装着しているからと言って、至近距離で発砲すれば当然銃声は聞こえてしまう。もっとも感染者たちは今は目の前の餌に気を取られているから、多少の発砲では少年の存在を気取られることもないだろう。


 少年は背負っていたリュックをうち捨てられていた軽トラックの荷台に乗せて簡単な射撃台を作ると、そこにカービン銃のフォアグリップを単脚(モノポッド)代わりに立たせた。機関部の真上のアクセサリーレールにマウントされた光学照準器をのぞき込み、レンズに投影される赤い光点を倉庫を取り囲む感染者の頭に重ね合わせる。

 そして軽トラックの塗装が剥げて錆びついた荷台に、先ほど佐藤たちから受け取っていた予備の弾倉を並べた。一々ポーチから弾倉を取り出すなんて悠長なことをせずに射撃を継続するためだが、予備の弾倉は元々持っていた分を含めても5個しかなかった。

 代わりに少年の拳銃の弾倉も予備の一本を残して全て佐藤たちに渡しておいたのだが、それでも佐藤たちが今ほとんど銃弾を持っていない状況に変わりはない。少年は佐藤たちが感染者と遭遇することなく弾薬庫に辿り着いてくれることを祈った。


 だが彼らが武器弾薬を確保してくれれば後はこっちのものだ。佐藤たちが戻ってくる前に、一体でも多くの感染者を排除し、倉庫の中の医者が無事に逃げ出せるようにしなければならない。


「さーて、やりますか」


 少年は誰にも聞こえないほど小さな声でそう呟くと、手にしたカービン銃の引き金を引いた。

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