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平行世界の俺と僕

 級友の女子に家に押し入られた主人公は、自身が時空操作の能力者だと知らされる。主人公とその姉は並行世界からきた超能力者で、その世界から超能力たちが攻めて来ようとしているという。その級友は超能力者たちに対抗するための組織の一員だった。超能力者たちは二つの世界を繋ぐゲートを開くため、時空操作能力を持つのが姉だと思いさらったが、本当の能力者は主人公の方だった。主人公に能力の自覚はなかったが、姉を助けるために、級友と協力して超能力者たちと戦うことになる。

 ピンポン。ピーンポーン。


 やっと帰ってきたか。


 特徴的なインターホンの音を聞いて、俺はソファから立ち上がった。


 夕食を買って帰ると連絡が来てからもう二時間。空腹は限界を超えていた。


 姉さんだとわかっているので、モニターは見ずに直接玄関に行く。


 サンダルを踏んづけて鍵を回し、ドアを開ける。


「お帰りー……い?」


 そこにいたのは、姉さんではなかった。クラスメイトの瀬名由香里。いつも顔を伏せておどおどとしている目立たない生徒だ。


「入れて」

「え? ああ、うん、いいけど」


 なんでここにいるのかとか、どうしてうちを知っているのかとか、一階のオートロックはどうやって抜けて来たのだろうとか、疑問を浮かべていた俺は、思わずドアを大きく開けて瀬名を招き入れてしまった。


 一瞬、俺一人しかいない家に女子を上げていいものかと考えたが、もう遅い。


 姉さんが帰ってきたらなんか言われるんだろうな……。


 どうしたものか、と考えている俺の横を通り、瀬名は部屋に上がり込んだ――土足で。


「ちょっ!?」


 ローファーの足跡がフローリングにうっすらとついていく。


「靴! 瀬名、靴!」


 驚いた俺は瀬名の肩をつかんだが、振り払われてしまう。


 は?


 まさか土足をとがめた手を振り払われるとは思っていなくて、俺は自分の手を見つめて固まった。


 その間に瀬名は居間へと入っていく。


 ぱたりと居間のドアが閉じた。


 いやいやいや。


「瀬名!」


 俺も居間に入る。


「ちょ! お前何やってんの!?」


 瀬名は勝手にテレビ台を動かし、その裏をのぞき込んでいた。


 手にはスマホが握られていて、そこから伸びたケーブルがテレビの後ろへと続いていた。


 俺の声に顔を上げた瀬名は、「何か?」とさも当然のような視線を寄越してきた。

 

「う……」


 なんだか俺がおかしいような気になってひるんでしまう。


 いやいや、おかしいのは瀬名の方だろ。何をやっているのかは知らないが、他人様の家で断りもなくやっていいことじゃないのは確かだ。


 やめさせようと足を踏み出した瞬間。


 テレビの横の壁が、プシュと音を立てて動いた。壁の向こう側に。ドアくらいのサイズで。


 十センチほど凹んだその部分は、一瞬制止したのち、ゆっくりと横にスライドした。引き戸のように。


「は?」


 俺はぽかんと口を開けた。


 壁が開いた先には部屋があったのだ。


 白い壁にフローリング。電気はついておらず、ちらちらと淡い光が漏れている。


 立ち尽くす俺の前で、瀬名はケーブルを回収し、テレビを元の位置に戻し、そしてその部屋へと入っていった。


 ゆっくりと壁が閉じていく。


「ちょ!」


 俺はダッシュで壁の隙間に滑り込んだ。セーフ。


 部屋は居間と同じくらいの大きさで、家具は右手に置いてある大きなデスクと椅子だけだった。


 デスクの上にはワイドディスプレイが三つ並んでいる。電源が入っていて、部屋の中をぼんやりと照らしていた。


 これで本棚でもあれば、少し大きめの書斎と呼んでもおかしくない。


 だが、普通の書斎とは大きく異なる所があった。


 並んでいるディスプレイのうち、中央は普通のパソコンのデスクトップだったが、左右のディスプレイの画面は分割され、うちの家の中とマンションの共用部、そしてマンションの周りの様子が映されていたのだ。


「なん……だ、これ……」


 最初に思い浮かんだのは「警備室」。次が「管制室」。そしてその次が「監視ルーム」だった。


 家の中に監視カメラがあっただなんて、もちろん俺は知らない。


 生活が覗き見されていたという事実に戦慄する。


 一体誰が。


 そもそもなんで居間の隣にこんな部屋が。


 混乱している俺の前で、瀬名はデスクの上のキーボードを叩いていた。


 すると、部屋に入って左手の壁がぐるりと横に反転した。


 壁の裏側には、様々な種類の銃が掛かっていた。


 アサルトライフル、ライフル、マシンガン。エアガンショップのような品揃えだ。ショットガンまである。


 下半分には台がついていて、ハンドガンやホルスター、黒いボストンバッグ、マガジン、手榴弾が並んでいた。


 瀬名は何のためらいもなく棚の上のハンドガンを手にし、手慣れた手つきで弾倉を確認した。


 一度それを台に戻してから、これまた手慣れた手つきで太ももにホルスターをつけ、ハンドガンを装備した。


 次にアサルトライフルを手にして弾倉や照準を確認し、ボストンバッグに放り込んでいく。他の銃も同様に放り込み、マガジンや手榴弾もまとめて入れた。


 ファスナーを閉めてバッグを肩に担いだ瀬名は、ハンドガンを持って、ほうける俺に近づいて来た。


「はい」


 ハンドガンの一つを差し出す。


 俺はそれを思わず受け取った。


 ずしっと手に重みが伝わる。


「ほん、もの……?」


 サバゲーで使うエアガンとは違う質感だった。


 と、その時、ドカンッと大きな音がした。入って来た壁からだった。


「早いわね」


 瀬名がディスプレイに走り寄り、ちらりと確認したあと、キーボードを叩いた。


 再びドカンッと音がする。


 居間の様子が映っているディスプレイを見ると、壁の前にはジーパンと白いパーカーの少年が、その後ろには赤と黒のゴスロリの少女がいた。


 二人とも靴を履いたままだ。


 居間の隣に映っている玄関に目を移せば、外開きのはずの玄関のドアはひしゃげ、内側に開かれていた。


 少年が無造作に腕を引き、壁へと拳を叩きつける。


 ドカンッ。


 びきり、と壁に放射状のヒビが入った。


「開いた! 行くわよ!」


 瀬名に腕を引かれて振り返ると、入って来た壁の正面の壁に別の出入り口ができていた。恐らく入って来たときと同じように、壁がスライドして開いたのだろう。


 そこからは光があふれてきていて、向こう側の様子をうかがい知ることはできない。


「早く!」


 ドカンッ!


 ばきばきと壁の内側にもヒビが走った。


 その音に追われるようにして、俺は瀬名に腕を引かれるまま、光の中に飛び込んだ。


 後ろで壁が閉まる音がした。






 ざわざわと雑踏の音が聞こえてきた。


「な……」


 まぶしさからは一瞬で解放され、目をかばっていた腕をよけると、俺は街の交差点の角にいた。さっきまでマンションの四階にいたはずなのに、アスファルトの上に立っている。


 後ろを振り返っても、さっきまでいた部屋の痕跡はなにもなかった。


 周囲のビルには飲み屋やカラオケの看板が掲げられ、光を放っている。見上げれば街の光で照らされた群青色の空に、満月が浮かんでいた。


 青になったばかりの横断歩道を人々が渡っていき、突っ立ったままの俺を不思議な顔をして見ていく。


 その目が手にしたハンドガンに向くのを見て、俺は慌ててジーパンの後ろに銃を突っ込んで隠した。


「こっち! 早く!」


 腕を引かれて、点滅し始めた横断歩道を渡る。


 はだしのままの足が痛かった。


 いつの間にか腕は離されていたが、俺は瀬名の後をついていった。


 瀬名は人ごみを縫って裏路地に走った。


 足が速く、追いかけるだけで精一杯だ。


 古ぼけた雑居ビルの一つに飛び込むと、瀬名は迷いなく階段を上がっていき、三階の黒っぽいドアのノブに手をかけて開けた。


 中に入ると、そこは職員室のような場所だった。灰色の机が並んでいる。おそらくどこかの会社のオフィスなのだろう。誰もいないが。


「鍵閉めて!」


 言われた通りに鍵を閉めると、奥に行っていた瀬名が戻ってくる。


 そしてドアと壁の境目にぺたぺたと長方形の紙を貼り付け始めた。


 ミミズがのたくったような、字なんだかどうかわからないようなものが墨で書かれている。


 十中八九お札だろう。悪霊退散的な。いや、ドアを封印するように貼ってるわけだから、結界か。


 ……何を馬鹿なことを、と理性が言っている。


「これでよしっと」


 瀬名は満足そうにうなずくと、デスクの一つにバッグを置いた。


 ポケットからスマホを取り出して操作し、耳に当てる。


 あ、そういやスマホ持ってくるの忘れた、とぼんやり思った。


「荷物は受け取った。本屋で待つ」


 それだけ言って瀬名は通話を切った。


 そしてボストンバッグを開けて銃を机の上に並べ始める。


「なあ……これは一体、どういうことだ? ここはどこだ? あいつらは何だ? なんで俺を連れてきたんだ?」


 一つ疑問を口にすると、次々にあふれてきた。


「戻ってから説明するわ」

「戻ってからって、どこに」


 そう言ってから、家に決まってるよな、と思った。


 そして、隠し部屋と壁に入ったヒビ、ひしゃげた玄関のドアを思い出した。


「姉さんに連絡しないと」


 あの惨状を見たらびっくりするだろう。


「美奈子に連絡はつかないわ」


 まさか瀬名が姉さんの名前を口にするとは思わなかった。


「なんで」

「さらわれたからよ」

「さらわれた!? 姉さんが? てかなんでお前がそんなこと――」

「あんたもさらわれるところだった」

「俺も!? なんで?」


 意味がわからない。家族は姉弟の二人きりだ。うちには身代金を払えるような財産はない。


「あんたが時空操作の能力者だからよ」


 瀬名は大真面目な顔で言い切った。

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