冬空と上限付きな竜の恋
私は人間社会に溶け込むドラゴンの一頭で、今は高校生として勉強している。けれど、私の身体は生まれつき魔法適正が低く、年間で人に化ける回数が制限されているのだ。眠ったり、何らかの形で意識を失うと人化は解けてドラゴンの身体に戻るため、私は上限に気を付けながら日々人化するかどうか、すなわち外出するかどうかの決断を迫られている。そうして登校も遊びの誘いも避けがちな私に、最近どうしてか宮崎斗真というアウトドアな友達が出来てしまい、私は彼と逢いたいがために人化の回数をどんどん使ってしまっていた。けど、まだギリギリ大丈夫。そう思っていた私だったが、思わぬトラブルに巻き込まれていくことになる。
私の身体は『人化』の魔法を使った時にだけ、人間に変身することが出来る。
そうでない時は、本来の『ドラゴン』の姿に戻るのだ。
『ふぁあ……。そろそろ、起きるか』
カーテンの隙間から差す朝日に急かされて、私は大きく欠伸をしながら四つ足で立ち上がる。
そして尻尾があちこちにぶつからないよう気を付けながら姿見の前まで歩くと、そこには見慣れた私の姿があった。
身体を覆う琥珀色の鱗はなめらかな流線形だが、後頭部や背中と言った外敵に狙われやすい部分にはとげとげしいものもある。翼を広げれば空を掴む黒の翼膜が狭いワンルームのほとんどを覆ってしまい、私の身体より少し長い尻尾が背後でゆらゆらと揺れていた。
身長こそ人間の時より少し高い程度と小さめだが、形だけ見ればゲームに出てくるドラゴンそのものだ。
私はタテガミを軽く前足で繕って最低限の身だしなみを整えると、そのまま視線を横にずらしてカレンダーを確認する。
『今日は十二月二十三日の土曜日、学校は休み、と』
小さく呟いた私は、日付の部分に書かれたバツ印を今月の始めから数えていく。
それからカレンダー横のホルダーから黒のペンとメモ帳を掴み取ると、不便なドラゴンの前足で計算をメモしていく。
『十二月はもうこんなに使ってるのか。そして冬休みが二十八日からだから、学校に行ける日は……』
このカレンダーに記されたバツ印は、私が使った人化魔法の回数を日ごとに示していて、私にとって最も重要な記録であるといえる。
何故なら私は『年間に人化することのできる回数が制限されている』から。
『残りが十回とかそこらへんかな……どうしよう、結構ギリじゃん』
私は導かれた残りの回数の少なさに頭を抱えて、グルルと唸った。
人化の魔法は私にとって身体への負担がとても大きく、竜核……つまり魔法を使うための器官を少しずつ傷つけていく。そしてもし限界を超えて魔法を行使すれば、しばらく魔法が使えない身体になる。
そうなる前に私は『魔石』を摂取することにより竜核を元気な状態に戻すのだが、魔石は現代にとってかなり希少なものなので、正月に実家で口にする以外に方法は無い。
結果として私は年間人化可能数が制限され、いつ人間に化けるかの選択を毎日迫られているというわけだ。安易に回数を浪費していてはあっという間に限界を迎えてしまう。
『来年はもう少し節約しないと……』
私は己の身体の不便さにため息をつきながらペンとメモ帳を仕舞い、椅子には座れないので床に腰を下ろした。
本来のドラゴンならばこんなことを考えずとも、人化をどんどん使っていける生き物らしい。
しかしながら私の場合はドラゴンの父と人間の母から生まれた、言わばハーフドラゴンのため、私の身体は生まれつき魔法耐性が低く人化魔法は負担が多き過ぎるわけだ。
その時、枕元に置いてあったスマートフォンが軽快なサウンドと共に画面を点灯させて薄暗い部屋を照らす。
『ん? 通知だ。誰からだろう』
私は前足を伸ばしてそれを掴み取ると、ロックを解除するためについ人間の時の癖で指紋センサ部分に親指を当ててしまう。当たり前だが、ドラゴンの身体では生体認証の類が軒並み使えない。
私はすぐに思い直し、自身の尻から伸びる尻尾を使って暗証番号を入力してロックを解除する。
『あ、斗真くんからだ。今から中央広場、か』
通知の詳細を見てみると遊び行かないかという旨のメッセージが届いていた。送り主は私と同じクラスの男子、宮崎斗真。どうやら映画のチケットを貰ったらしいが、他に都合のつく友達が居なかったらしい。
私はすぐに返信を打とうと尻尾を持ち上げたが、画面に触れる寸前にピタリと止まって、迷うようにゆらゆらと彷徨わせてしまう。
『どうしよう……。大丈夫かな』
手に持つスマホの画面と、正面の壁に掛かっているカレンダーとを見比べてしばらく思案した私は、やがて素早く尻尾を動かして彼に返事を送った。
既読が付くのを待たずにスマホをベッドの上に放ると、私はその場に立ち上がって身体を大きく伸ばした。それと同時に息も吸って魔法の言葉を口ずさめば、やがて私の竜の身体の周りに光が舞う。
まったく、もう少し早く分からなかったのだろうか。
毎年のようにしっかり回数に余裕を持たせてきた私だが、今年は本当にギリギリなんだ。
それもこれも、斗真くんのせいなんだ。今回みたく突然連絡してきては、遊びに行こうと言ったり。大丈夫だからと念を押していても、休んだ日のプリントをわざわざ私のアパートまで届けにきたり。
他の人間にはどう思われても気にならなかった私だったが、どうしても斗真にだけは人化を使ってでも話をしたいと思ってしまう。
△ ▽ △
アパートを出て数十分歩いたあと、集合場所の噴水の広場に着いた私は辺りを見渡す。
するとすぐに、ベージュのロングコートに紺のマフラーをした斗真を見つけ、私は小走りで駆け寄っていく。
「よお、嵐田! 悪いな、急に呼んじまって」
「斗真くんおまたせ。ほんと、急だったね。まあ、いつものことだけど」
白い息を吐きだして軽く呆れたように返事をしてみたが、彼は今回も頭を掻きながら屈託のない笑みで、わりぃわりぃ、と言うだけだ。
短く切られた髪と薄くなってきた小麦色の顔に、笑うと見える白い八重歯。彼はまるで小学生男子のような無邪気さを残しながらも、どこか憎めない性格で話していて楽しい。
そんな斗真と一緒に居ると、貴重な人化も使って良かったのかな、などと思えてしまうのが悔しい。
「んじゃ、早いとこ行こうぜ。まだ少し映画まで時間あるけど、ここじゃあ寒いしな」
「そうだね」
彼を追いかけるようにして、私は人通りの多い広場を歩き始めた。
ふと周囲を行き交う人々に目を向ければ、男女二人組の通行人が普段より目立つ。思えば今日はクリスマス前の土曜日なのだから、昼間とはいえ恋人と出掛けている人も多いのだろう。
斗真はそんなこと全く気にしていないだろうけど。
「それにしても、嵐田はこの前も学校休んでたよな? いいなあ、俺もお前みたいに学校行かずに模試で全国一位取りてえよ」
「休んだ分だけ学校行く日にはちゃんとやってるの。残念だけど、毎日寝るために学校来てる斗真くんとは違うんだよね」
「俺だって気持ちは起きてるつもりだが、睡魔には勝てねーからな」
他愛もないことを話しながら、大きな横断歩道の前で信号待ちのために足を止める。
私の人化は毎日学校に行けるほどの余裕はない。ギリギリを狙えば可能かもしれないが、万一の用事に備えてある程度は残しておきたい。
よって私は『持病による通院』と偽って登校回数を節約、選りすぐった日に登校して必死に勉強している。
ドラゴンが人間社会に溶け込んで過ごすには人間の知識が必要不可欠なので、サボるわけにはいかないのだ。
「ああ、そういえば。嵐田は今朝のニュース知ってるか?」
「今日のはちょっと分からないな。何かあったの?」
信号待ちの間、斗真が思い出したように私に問いかけてきた。
今日は私は起きてからすぐにここに向かったから、テレビはもちろんSNSのトレンドも確認していない。
私が詳細を促すと、彼は腰のポケットからスマートフォンを取り出して、少しの間それを操作していく。
「えっと……ほら、この動画だよ」
「動画? ちょっと貸して」
斗真からスマートフォンを受け取ると、動画の再生ボタンを押して内容を確認する。
そこには、画質の悪い夜空に何やら羽ばたく生き物の影らしきものが映っており、スピーカーからは大学生と思われる男たちの騒がしい声が聞こえてきた。
私はその映像と男たちの発していた単語に、驚きのあまり思わず息を呑んだ。
「こ、これって……」
「な? すげえよな、完全にゲームに出てくるドラゴンじゃん。しかもこれ、ここからそう遠くない場所で撮られたらしい」
動画に映っていたのは、確かに『ドラゴン』だった。しかし、私ではない。夜闇に紛れるとはいえ、街のすぐ上空を飛び回るような真似はしないから。
「これさ、リプライで動画の専門家が合成の可能性は低いなんて言ったもんだから、さらにSNSで拡散されてんだよね」
「そうなんだ……」
私は動画をもう一度始めから見直して考え込む。
画質が悪くて何とも言い難いが、少なくとも過去のどのドラゴン系フェイク動画よりも本物に近く見える。動画の専門家でも何でもないが、羽ばたき方や首と尻尾の扱い方に違和感が無い。
この動画がもし本当なら、近くに私以外のドラゴンが居るということになる。
そして問題なのは、ドラゴンはみんなが人間社会に溶け込もうとするわけではないということ。人間とは関わらずに隠居する者も居れば、自身の縄張りを持って好戦的な奴もいる。
そして、先の動画のように人目を厭わないドラゴンは、殆どが後者のタイプ。
人間に危害を及ぼす可能性もあるし、私を見つけても争いに発展しかねない。
まあなんにせよ、もう少し情報を集める必要がありそうだな……。
「おーい、嵐田ぁ。青になったぞ~」
「あ、ああ。ごめんごめん」
私は斗真の声でようやく歩行者の列に置いて行かれていることに気が付き、スマートフォンを彼に返して歩き始めた。





