表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/27

殺人の思考回路

刑事である鞍馬扇くらまおうぎは父の仇である浮舟涙うきふねなみだに恋をした。彼女は死刑囚として拘置所に収容されたが、独自に調査を進めていると、どうにも冤罪のようである。最近起きた殺人事件とも関係があると感じ、彼女との面会に臨む。


 春の早朝、血まみれの壮年男性の遺体を針と糸で縫い合わせ直していた女性が逮捕された。

 彼女のそばには犯行に使われたと思しき血まみれの包丁が転がっており、その頭を膝に抱えて、ちくちく、と破れた肌を丁寧に縫い合わせていた。

 顔は青白く、白かったと思しき衣服の裾と手足は血で赤黒く染まっていたが、伏し目がちの憂いをたたえつつも強い意志を感じさせる瞳と、黒く、長く、艶やかな髪に視線を吸い寄せられる。


「美しすぎる殺人鬼」


 メディアはそう口を揃えて報道した。

 被害者の身体をもてあそぶ映像は、日本で知らぬ者は赤子かよほどのメディア嫌いか、それくらい出回っている。

 巷を騒がせていた、フランケンシュタイン事件——殺人後、切り刻んでわざわざ縫い直していたことからそう呼称されている——その犯人が年若い美貌の女性であったのだ。もてはやすのは当然のセンセーショナルな事件だろう。


「私が刻んだ人は、もう、七人目でしょうか? 臓器は全てくり抜きましたから、警察の方も把握していらっしゃると思いますけれど。くりぬいたものをどうしたかって? 生ゴミの日に野菜クズと一緒にまとめて出しましたよ。だって要らないですから」


 彼女——浮舟(うきふね)なみだは、法廷でほがらかにそう証言した。

 紙芝居でも読むように 滔々(とうとう)と、淀みなく語られる手口に矛盾も乱れもなかった。


「なぜ縫い合わせる手間をかけたか、ですか? そんなの、バラバラのままではかわいそうでしょう。私、お裁縫はあんまり得意じゃなくて……、あ、でも最近は少し上達したんですよ。今回はけっこう綺麗に縫えたと思うんです」


 また、浮舟は嘘がつけないという精神疾患がある事実も相まって、瞬く間に死刑判決が下った。


 こうして一連の連続殺人事件は幕を下ろした——かに見えた。





 それから、数年。

 東京葛飾区にそびえる、上空から見ればトンボのようにも見える鉄の建造物。

 新米刑事である鞍馬(くらま)(おうぎ)は、先の連続殺人事件の犯人とされている浮舟(うきふね)なみだが収容されている東京拘置所を訪れていた。


「こんにちは。浮舟さん、ご機嫌いかがですか?」


 鞍馬は胸を弾ませながら、面会室の透明な壁の向こうに座す美しい女にそう尋ねた。


「すこぶる健康ですよ。看守さんと囚人さん以外を見るのは久しぶりです」


 簡素なワンピースに身を包んだ彼女はにっこりと楽しげに答えた。

 浮舟は数年前の記憶よりも翳りの少ない、血色のいい顔をしていると鞍馬は思った。鞍馬が一目惚れしたその美貌は、健在どころか、さらに磨きがかかっているような気さえした。


「あら? なんだか見覚えのあるお顔ですね。私はここ数年、ここで生活していますけれど、どこかでお会いしたかしら。ごめんなさい、思い出せなくて……」


 鞍馬は、浮舟が自身をすこしでも記憶していることに頬を上気させた。

 浮舟はあまり、被害者に対して——否、他人に対して特別な感情を抱いているようには思えなかったから、嬉しい誤算であった。


「それは、僕はあなたが最後に解体していた男の息子ですから。法廷におりましたから、それを覚えていてくださったんでしょう」

「そうでしたか。そういえば、大学生くらいの子がいたような気がします。大きくなられましたね」


 通常、加害者の精神が不安定になることを危惧して被害者遺族と加害者である死刑囚の面会が許可されることはない。

 しかし、浮舟の精神状態は非常に安定しており、被害者の話題を出しても柳のように受け流す。

 現在も鞍馬の受け応えに上品に頷いて、優しいまなざしで目を細めている。


「今日僕がここ来た理由は、今回、特例で浮舟さんの仮釈放が認められたと伝えるためです」

「まあ! それは、それは。死刑囚というのは、だいたい、三十年は出られないものではなかったかしら」

「特例ですから。浮舟さんの身元引受人も、血縁関係の一切ない人間——僕、鞍馬扇が受け持ちます」


 浮舟は鞍馬よりいくつか年上であるが、小首を傾げる様子は、一見、世俗を知らぬ少女のように無垢で愛らしいもののように見える。

 不思議そうな彼女を説得するように、鞍馬は柔らかく微笑んだ。


「そして僕は、これを足掛かりに、先の連続殺人事件の犯人が浮舟さんだという冤罪を晴らしたいと考えています」

「それは、困ります」


 自らが裁かれる法廷でさえ、始終にこにこと穏やかな表情を崩さなかった浮舟が、はじめて困ったように眉根を寄せて立ち上がった。


「私はここの生活が気に入っているんです。頭をつかうような娯楽は、たしかにないですけれど。それに、犯罪歴ありの人間が外でつつがなくやっていけるほど、外の時間は経っていないと記憶していますよ」


 美しすぎる殺人鬼。メディアはこぞって彼女をそう報道したから、彼女の社会復帰は絶望的だ。仮釈放に不安を覚えるのも無理はない。

 普通はそう考えるだろう。けれど、数年にわたって彼女について徹底的に調べた鞍馬には、非常に演技くさいように思われた。


「世間に騒がれるより、あなたは薬の供給が絶えることを危惧しているのではありませんか。あなたは保険適用外の難病を患っていて、その治療費を血税で賄うために、先のフランケンシュタイン事件の汚名を自ら被ったのでは、と僕は考えているのですが」

「とんでもないことをおっしゃるのね。重大事件の誤認逮捕だなんて告白なさるようなものですよ」

「はぐらかさないでいただきたい。浮舟さん、あなたが犯したのは死体損壊——それも死に化粧(エンバーミング)を目的としたものだけ。難病治療——延命のために死体に手を加えた。それは事実ですか?」

「……事実です」


 浮舟は苦虫を噛み潰したように頷いた。彼女は嘘をつきたくても嘘をつけない。

 対して、鞍馬は自分の推理が当たって悦にいった。彼女は裁判の間も、「刻んで縫い直した」とは言っても決して、「殺した」とは証言しなかったから、そうだろうとは思っていた。


「冤罪を晴らす必要は、私にはありません。警察もわざわざスキャンダルの火種を作る趣味はないでしょう? なのになぜ、冤罪を晴らしたいのですか」


 浮舟は丁寧な言葉は崩さないものの、取り繕う必要を失って彼女の言葉には険が混じる。非常に合理的な彼女は、非合理的な鞍馬を図りかねていた。


「僕は浮舟さんの美しさに、賢さに、何よりその強かさに一目惚れしたんです。晴れてあなたが無罪を勝ち取れたら、僕と一緒になってほしいと思っているんです」

「理解できませんね」

「これからおいおい理解していただければと思います。そのための仮釈放で、僕が身元引受人を請け負ったのですから」


 心底理解できない宇宙人にでも出会ったように、浮舟は神妙な顔をした。鞍馬を見返す目には、罠の横で倒れているゴキブリの死体を見るような困惑と侮蔑が滲んでいた。

 予想していた反応通りで、鞍馬は苦笑するにとどめた。浮舟がそういった感情に欠如していることは重々承知していたからだ。

 代わりに刑事としての本題を切り出すことにした。おそらく、というか間違いなく、浮舟はこちらに興味を示すだろう。


「浮舟さん。あなたは新聞を毎日、欠かさず読んでいると伺っています。先日、バラバラに切断された死体が見つかったのは、ご存知だと思います」

「ええ。大きく取り上げられていましたから、存じ上げていますよ。私以来の凶悪殺人事件、でしたか? まだ犯人が見つかっていないそうですね。とても痛ましい事件です」

「そこで、浮舟さんのお力を借りたいのです」


 ピクリ、と浮舟の指が僅かに揺れた。

 鞍馬の唇がうっそりと釣り上がる。


「今回の事件は、浮舟さんの事件の続きなのではありませんか」


 す、と浮舟の力強い眼差しが、鞍馬の目を射抜いた。


「教えてくれませんか、あなたが偽装した被害者たちの、本当の最期の姿を。そして、あなたの知恵をお借りしたい。前回までの殺人事件を全て予想、追跡し、警察に見つかる前に自分の犯行に見せかけた、その頭脳を」


 鞍馬はその視線にゾクゾクした。ああ、この瞳に惚れたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第12回書き出し祭り 第1会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は5月8日まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
[一言] 死刑囚の釈放なんて無理だと思ったけれど、最後の一文で理由に納得した。今後の展開が気になります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ