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⑦ 悲劇の始まり

⑦悲劇の始まり



 いよいよ大掃除当日。

 オレは集合の時間よりちょっと早めに行って坂本先生から図書室の鍵を受け取った。

 十二月に入ったせいか、火の気のない図書室は、さすがに寒さがしんしんと身にしみてくる。けれど、オレは思いきってタウンジャケットを脱ぎ、セーターのそでを腕まくりすると、まず本棚から表紙やラベルがとれかかったような古い本を抜き取っては、どんどん机の上に並べていった。 こうしておけば補修もできるし、北風が入ってきて次々に本を読んでいけるってわけ。


 集合時間ほぼぴったりに、残りの四人の足音が聞こえ始めた。

「やだ、さむーい!」

「もう適当に終わらせちゃおうよ」

 口々に叫びながら入ってきた連中は、川島さん、木田、ゲッ子、そして美里ちゃんだった。

  四人のうち美里ちゃんだけが、短めのタータンチェックのスカートにハイソックスのスタイル。

  ジーンズをはいた背の高い三人に囲まれ、小柄な美里ちゃんはいっそうかわいらしく、オレは思わず見とれてしまう。


  四人はすでに図書室のテーブルいっぱいに広げられた本を見て、目をまん丸くした。

「どうしたの? ヒカル。やけにはりきってんじゃないの。」

 ゲッ子があきれたようにオレを見た。

「ヒカルくんってまじめなんだ」

 美里ちゃんも感心したようにつぶやく。思わず本を抜き取るオレの手が止まった。

 オレって美里ちゃんの目には、どんなふうに映ってたのかな? 

 美里ちゃんって、いったいどんなタイプが好みなんだろ? まじめ派が好きなのかな。

 けど、まさか青柳恵太みたいなんじゃないだろな。


 ボーッとしていたら、美里ちゃんに呼ばれているのにも気がつかなかった。

「ヒカルくん、ヒカルくんったら」

「え、え? なに?」

「私、こっちの本棚から傷んでる本を抜き取っていくわね」

「あ、ああ。たのむ」

 なんとなく声がうわずってしまう。

  両手でバシバシほっぺたをたたき、気合いを入れ直したところで、すべての窓を全開した。


「さあ、北風、思いきり読んでいいぞ」

 ガラスの向こう側で待ちあぐねていた北風が、いちもくさんに飛び込んできた。

「読めよ、読めよ。今日一日で百冊以上はバッチリ読めるぜ」

 テーブルの上の本が、パラパラ、パラパラと調子よくめくれていく。ときどき、


―ふんふん、なるほど。


―こいつはおもしれえ。


 そんな北風のひとり言が、笑い声に交じって聞こえてくる。その調子、その調子。


 しばらくして、ゲッ子の怒ったような声が室内にひびきわたった。

「ねえ、いいかげん寒いんだけど、窓閉めてくれない?」

「だってほこりっぽいじゃないか。換気をよくした方がいいんだよ」

 オレがもっともらしく答えた、まさにその瞬間。 急につむじ風がまきおこった。

「きゃああああ」

けたたましい美里ちゃんの悲鳴と、ドタドタッと本の落ちてくる音。

「どうしたっ?」

 美里ちゃんのところにかけつけたオレは、思わずその場に立ちすくんでしまった。


 なんであの時オレは、すぐ窓を閉めにいかなかったんだろう。でなきゃ、せめて顔だけでもそむければよかったんだ。

 本棚のかげでオレの目に飛び込んできたもの、それは、美里ちゃんが、めくれあがろうとするスカートを必死に押さえるすがただった。けれど北風のやつが激しく吹きまくるので、押さえても押さえてもどうにもならない。

 ついに見てはいけないものが、いやおうなしにオレの目に飛び込んできてしまった。

 うすもも色のレースに縁どられた、やわらかそうな三角形の布地。

「きゃあー、ヒカルのエッチ!」

「ドスケベ、ヘンタイ、アッチいけーっ」


 四人の金切り声に圧倒されて、やっと窓を閉めることに気がついた時、すでに坂本先生が最後の窓を閉め終わっていた。

「こんなに窓を開ける必要はないでしょう」

 先生がたしなめるように言う。

 たちまち、ゲッ子の口が、ポップコーンのようにはじけだした。

「先生、これってヒカルの策略よ! こんなに寒いのに窓を全開して、いかにもまじめに図書の整理するふりをして、アタシたちのスカートめくりをしようってたくらんでたのよ。きっと」

「ホントやらしいんだから!」

 悪意をたっぷり含んだゲッ子と木田の言いがかりに、オレは思わずことばを失ってしまった。


 そんなこと、そんな大それたこと、大好きな美里ちゃんに対してやるわけないだろう!

 もしも、もしも、そんな下心を持ってたとしてもだ。ゲッ子や木田のいるところで、ぜったいにするもんか! 神にちかってもいい。

「ちがう! わざとじゃない!」

「じゃ、なんでぽっかんと口開けてそこにつっ立ってたのよ? ヘンタイって言われても仕方ないでしょ」

「だけどちがうんだったら!」

 どんなにオレが否定したところで、口八丁のゲッ子にはかなわない。オレの立場は明らかに不利だった。

「静かにして。窓を閉めたまま、さっさとやりましょう。こんなことじゃ一日かけても終わらないわよ」

 さあさあと坂本先生がうながし、木田もゲッ子も川島さんも、オレをにらみつけたまま、床に落ちた本を拾い始めた。


 オレは美里ちゃんを見つめた。

 美里ちゃんはずっと下を向いたまま、オレの方を見ようともしない。

 ごめんとあやまるべきかどうかオレは迷った。だってオレは無実なんだから……。

 だけど、うつむいたままの美里ちゃんとすれちがいざまに、思わずぼそっとつぶやいてしまったんだ。

「ごめん……」

 すると美里ちゃんはゆっくりと顔をあげて、オレの顔をじっと見つめた。

 くるりと丸いひとみにたたえられる、いつものやさしい光は完全に消えてしまっていた。

 美里ちゃんの小さな口びるが動いた。

「ヒカルくんって……」

「えっ?」

 美里ちゃんは、ためていた息を思いきり吐き出すように叫んだ。

「サイテーのサイテーよ!」


 百本? 千本? 一万本? いや、きっと百万本かも。

 数え切れないほどのナイフが四方八方からいっせいに飛んできて、オレの心臓をめったさしにした気がした。

 サイテーのサイテーだって……。 そんなのってないよ!



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