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第三話

 どこの街でもそうであるように、王都の路地裏と言うのは清潔とは程遠いものである。

 排水を垂れ流しにされていて、そこら中に正体も知れないゴミが固まっている。

 誰もそんな場所を掃除したいとは思わないところで、見ないふりをするのが常だった。

 あるいはそれを本当に気にしない者も居るのかもしれないが。

 ルリーナは袖で口と鼻を抑えたが、それでもピリピリとした刺激に涙が滲むようなものである。


「うへぇ、やっぱり慣れませんね」


 ちょろちょろと走っていくねずみを見てげんなりとした気分になりながら、出来るだけ服を汚さないようにとつま先立ちで進んでいく。

 そのような場所であるからこそ好んで通ろうなどという者もなく、わざわざ足を踏み入れるなら何かしらの理由があると知れるものだった。

 後ろを振り向いても、誰もついてくる様子はない。だからといって安心という訳でもないが。

 家が並び立ち、日が射しこまない路地裏は入り組んでいて、隠れるにはもってこいだ。

 それこそ、日の当たらぬところで生きるような、犯罪を生業にする者が好みそうなものである。


 街の喧騒も遠く、聞こえないような場所で、昼日中だというのに真夜中のようでもあった。

 生憎と冷気をはらんだ爽やかな風の代わりは、生温く臭気を運んできてはいたが。

 ルリーナは耳を澄ませる。これだけ静かであれば、百歩先の針の落ちる音も聞こえそうなものだった。

 そしてその目論見は、どうやらはまったようだ。


「……うん?」


 近く、いや、そう遠くない場所で、何かがしなる音がした。あるいは、金属が擦れるような音にも近い。

 などと遠回しに考えるまでもなくルリーナの記憶に合致するものはある。しかも、それが二つとなれば、聞き間違いという事もないだろう。

 特に息を潜めるということもなく足を運ぶ。今歩いている道と直角に道が交わる辻が一つ。素知らぬふりをして近づき――。


「よーい、どん!」


 走る。辻まではおおよそ二十歩といったところか。予想通りというべきか、横道から人影が顔を出す。

 その手に持っているのはクロスボウ。先ほどの音はこの弦を引き絞る音だった訳だ。

 顔を隠すように襟巻と頭巾を身に着けていることから表情は見えないが、咄嗟のことにしては動きが良かった。

 こうなるとルリーナも必死である。相手が構えるのが先か、というところで辻に飛び込む。

 横道の両側から出て来た敵は、同士討ちを嫌ってか武器を下ろす。そもそも、それを放つには近すぎた。

 息つく暇もなく、ルリーナは抜きつけ様、すり抜けるように剣を振るう。


「……っ!」


 嫌な手応えがあった。剣は食い込まず、相手の衣服を傷つけただけに留まる。その切れ目から覗いたのは鈍い輝きだ。

 下手人は鎖帷子を着込んでいる。わざわざ音が出ないように工夫されたものだろう。


「ただのごろつき、って訳じゃなさそうですね」


 一歩退き、息をつくついでに問いかけてみるが、それに答えが返ってくる訳もない。

 そもそも弩弓を手にしているだけでも、ただのごろつきの線はない。街に持ち込むのも手間だが、何より高価なものなのだ。

 傭兵か、あるいは――ルリーナが息を整える間に、相手は剣を抜いている。敵は二人。

 構えた相手は靴底に毛皮でも張っているのか、足音もしなかった。


「そこまで気にしていながら、弦を引くのは無用心でしたね」


 口にも動きにも出ないが、僅かにむっとした雰囲気を感じた。

 これは仕事に誇りを持っているタイプだろう。構えた時点でわかっていたことだが、慣れが見える。

 鎧を身に着けていない者を相手にする素肌剣術向けの細剣は、今の状況ではかなりの脅威となる。

 ルリーナは相変わらず喧嘩剣の一本しか持たず、防具と言えるものもない。しかも相手は鎖帷子を身に着けているのだ。


「逃げる……のは、なしですね」


 狭い路地、幸い相手を片側にまとめることはできたので挟み撃ちは避けられるが、背中を見せて逃げれば射られるのは目に見えていた。

 大通りに抜けたところで、ここは郊外に近い閑静な場所。不利になるのは目に見えている。

 そうなれば、この状況を打破するには目の前の二人を片付ける以外の道はない。


 こうして対峙すると、相手の表情を窺えないというのはなかなかやりにくいものだ。

 戦場と違い、一対一、さながら試合形式となると、息を読むというのが必要になってくる。

 ルリーナと相手の一人が固まったように動かないのは、それが理由だ。

 じりじりと、地面から足を離さないままに間合いを読む。互いに視線を交わらせたままだ。

 しかし、ルリーナとしてはのんびりとしている訳にもいかなかった。後ろの男は弩を手に持ったまま、隙を狙っているのだ。

 団子になって掛かってきてくれれば、まだやりやすいものだが。


「行きますよ!」


 敢えて口にして前に出る。当然、敵の刃が迫るところを、足を止めて受け流す。

 風を裂いた剣尖の突きは鋭く、受け流した剣と擦れ合って暗い路地裏に火花が散った。

 突きを放つのが電光であれば、それを引くのも石火の如く。間合いを詰めようとすれば、そこには既に二段目の剣がある。

 慌てて体を逸らして、二段目の突きを避ける。


「……っ! 本当に何者」


 伸びてきた髪のひと房が持っていかれた。

 どうにか避けることはできたものの、体勢が崩れて次の一歩が出ない。

 それは相手も同じようで、必殺の一撃のつもりで放った突きからは僅かに足が止まった。

 後ろに退くのは悪手、ここまで迫ったのだからとルリーナは無理矢理に一歩前に踏み込みながら切りつける。

 無理な姿勢からの一撃ではあったが、十分な重さはある。いくら鎖帷子を着込んでいようと、切れこそしなくても鉄の塊で殴られれば痛いでは済まない話だ。


「ぐっ……」


 今まで大きな息の一つもついていなかった刺客がうめき声を漏らした。

 ルリーナの放った一撃は、分厚い手袋をした左腕に防がれていたが、それを通り越して骨の軋む音が聞こえるようだった。

 勢い、飛び退る刺客を追って、体勢を整えたルリーナは追撃を続ける。懐に潜り込んでしまえば、こっちのものだ。

 二撃、三撃と繰り出す剣を、刺客はどうにかいなし、あるいは避けようと試みるが、それも長続きはしなかった。

 遂にルリーナの正中を捉えた一撃を受け止めようとした細剣が折れる。

 存外に澄んだ音が路地裏に響いた。返す刀に首を狙った一撃をどうにか避け、刺客は身を転じる。

 追いかけようとしたルリーナは、しかし踏みとどまった。二人が通ろうとすれば肩を擦りあうような狭い路地、半身になった刺客の先から弩の矢じりが見えたからだ。


「ちょ、まっ」


 思わず伏せた頭上を、空を切る音を立てて太矢が通り過ぎていく。顔を上げた時には、刺客の二人は遥か遠くまで走り去った後だった。


「……命拾いしたというべきですかね」


 取り逃がした。ともいえるが、このままでは追い詰められていたのがどちらかはわからない。

 ルリーナもここでぼんやりしている訳にはいかなかった。戻ってきて狙われれば危うい。

 人通りの多い場所に戻れば、おいそれと手を出すことも出来ないだろう。


「問題は……」


 ここが王都のどの辺りなのかわからないということだろう。

 郊外に出て来た時点で割と迷っていたものだが、路地裏に入ってからはもうどこだか全くわかっていない。


「いやー、参りましたね。来たのはあっち方向……でしたか?」


 何となく、来た方向に戻れば中心街に辿り着ける――とは限らないのが王都の道だ。

 王城を中心に継ぎ足し続けて広がってきた街は、層状になっており、道はまっすぐとは限らない。

 というよりも、まっすぐな道の方が少ない。出陣に使う目抜き通りだけは維持しているが、それ以外は好き勝手縦横無尽に走っていると言って良い。


「取り敢えず、大通りに出ますか……」


 小路は行き詰まりになることもあるし、大きな道に出るのが一番手っ取り早いものだ。

 よっぽど狼煙でも上げてやろうかと思うものだが、その理由が迷子だから。というのは頂けない。

 そもそも、そんな取り決めもしていなければ、準備もないのだが。

 ルリーナはまた一つ大きく溜息を吐いた。


「早い事、離れましょうか」


 まずは襲撃を受けた現場から離れよう。そう思い、刺客らが逃げて行った方向とは真逆に向かう。

 先ほどまでは切った張ったの騒ぎをしていたので気にもしていなかった、路地裏の陰鬱とした雰囲気に辟易する気持ちがないでもなかったが、そうも言っていられるものではない。

 嫌にぬかるんだ道を小走りに行くが、闇は深くなるばかりに思えた。

 この場所で今一度、襲撃を受けることを考えると首筋がちりちりとするような恐怖ともいえない緊張を覚えるが、暗中を彷徨うような気持ちも、そう長くは続かなかった。


「ふぅ、ようやく出ましたか」


 大通りの明かりが見えた時には、思わず安堵の息を吐いていた。

 薄暗い路地裏から出た先では、日中の陽射しが目を灼くようでもあり、喧騒は耳に響いた。

 出て来た道は中央街に続くもののようで、相変わらずの人いきれだったが、今このときばかりはそれがありがたくもある。

 ぼんやりとしているとまた巻き込まれそうな人の流れをかき分けて、覚えのある道を探す。

 ここまでくれば、襲撃の不安も薄いだろう。あるいは、この中に刺客を紛れ込ませるか。

 相手の立場で考えると、あまり現実的ではないように思えた。周りを歩いている民が、今はルリーナの盾である。

 問題は刺客を差し向けて来た相手の規模だ。恨みを買う覚えは幾つでもあるが、わざわざルリーナを狙ってくるものだろうか。


「根回しが済んでるとすれば厄介なものですが……」

「ん? どしたい。嬢ちゃん」

「いえいえ」


 立ち寄った露天で背後を気にしてみるが、特に怪しいというような動きは見られなかった。

 そもそも、人が多すぎてそうとはわからないというのもあるが、どこに目があるか、というのはわかったものではない。


「狙うなら私じゃなくてお姉様かアイラさんですよね」


 将を射んと欲すればまず馬を射よ。とは言うものだが、正直、ルリーナを潰したところで大勢に影響はないように思えた。

 実務的には隊の指揮をするだけであり、女王閥においてはおまけのような存在である。


「と、自分で言うと空しいものですが」


 街娘の売る木苺を詰まんで酸っぱさに眉をしかめる。王都はまだ夏の頂を過ぎた辺りを謳歌している。

 近く秋になるとはいえ、まだまだ暑い時期でもある。


「おい、聞いたか、戦が終わるかも知れねぇってよ」

「そうなれば俺らは商売あがったりだぜ」


 などと、傭兵の口にも竪琴王国との戦についての噂が上るような情勢だ。

 今までとは流れが違う。新たな潮流が生まれているというのは、市民にも感覚的に伝わっているようだ。

 それが彼らにとって良いものであれ、悪いものであれ。不安も期待も、表に出る分にはそう変わらないようだった。


「なーに、戦なんてその辺にあるさ」

「そうだな。何度、終わったっつっても、どうせまた始まるんだ」


 先ほどの傭兵達はそう言うが、それにはルリーナも頷くものだ。

 何かしら理由をつけて戦は起きる。獅子王国の立場からすればなおさらのことだ。

 竪琴王国との和議が成ったとして、次は竜王国。そして竜王国の次は大陸との覇権争いといったところか。

 常に動き続けなければ、どこかに併呑されかねない。それが現状であり、また、平和を許すような情勢ではない。

 もしもどこかに戦争状態にない国があるとすれば、そこから攻められるのを恐れた国から侵攻を受けるだろう。そういうものだった。

 それに、今は戦を含んで国が回っている。それを抜けばなおさらに民が苦しむことにもつながった。


「ま、私には関係ない話ですけれど」


 そう。ルリーナにはそれらに関わる権限もなければ、やる気もなかった。

 だからこそ、狙われたのが謎。ということになる。

 国を思ってにしても、権力や諸々の都合によるものだとしても、確かにこれからの国の動き次第で大きく変わるものは有る。

 その際に自身の利益を最大化したいというのは、理解できるものではあった。


「野心があるように見えていたとしたら――面倒ですね」


 まさか、とは思うが、実際にありそうな話ではある。

 ルリーナ自身がそのつもりはないと言っても無意味だろう。

 ぽっと出の傭兵上がりが、トップの女王に重用されているという時点で、何かしら擦り寄ったのかと思うものだ。

 ルリーナが外側に居れば、同じように思ったかもしれない。実態はそうではないのだが。


「そう言うのはごめんなのですけれどねぇ」


 だからこそ騎士から取り上げるような話は端から断っているし、そもそも本当に、貴族同士の話に鼻は突っ込みたくない。


「平穏のためにも、必要な費用ですか」


 思えば、ルリーナがこの場所に立つことになったのも、その手の諍いが原因ではあった。

 自身の得た僅かな平穏、そして希望の為には、今、首を狙ってくる者は間違いなく大きな障害。敵だ。

 王城の前に辿り着いて、ルリーナは一つ頬を叩いた。

 この中に敵が居るのだろう。どんな手を以てしても、見つけて消さねばなるまい。


「まずは相談。ですね」


 戦場の外で、戦いが始まっていた。

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