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第一話

 王都は祝勝の空気に浮かれていた。

 公示人の呼ばわる女王の言葉に歓声を上げる群衆ではあるが、もはや何を言っているのかも解らないほどである。

 勝った、勝った。と、そのことだけが彼らの言葉の中に溢れている。振りまかれる花弁、踊る人々、物売りももはや商売ではないとばかり。


 一際大きく彼らの声が上がるのは、当然のように凱旋する兵が通りがかる時である。

 その中でも特に、黒衣の一団が通る先々では、声だけではなく物が飛ぶ勢いだ。

 この黒衣の一団は勿論の事、ご存知銃兵隊である。王都の民とも顔見知りの彼らが通りがかれば、観衆の声が一際高くなるのも当然と言えた。

 銃兵隊を囲む者の中には、選抜から落ちた者も居る。彼らが劣っていたという訳ではなく、むしろ銃兵隊の側には商家の次男や、ごろつきといった連中が多い。

 それでも選ばれた者と選ばれなかった者、という構図は変わりはなかった。

 そうしたはぐれ者が集まった銃兵隊だけあって、今まで冷視してきた隣人を見返せる。そう思った者も少なくはないだろう。

 

 群衆の視線を浴びる銃兵達は、面映ゆさを隠して真面目な顔を取り繕おうとしていた。

 その努力の程が実を結んでいるとはとても言えず、空を仰ぐように上げられた顔の口端は緩んでいる。

 足取りも心なしか軽く、振り上げる腕にも力が入っているのが窺えた。


 その先導を務めるのが白銀の騎士エセルフリーダと彼女に侍る騎士ルリーナ。

 エセルフリーダに対しては、黄色い声援も上がるところで、涼しい顔で流されるのがまた、それを大きくしているようではあった。

 そのたびに、何故かルリーナの方が誇らしげであるのは、見ていて面白いものである。

 ルリーナの側に声が上がらない訳ではない。だがそれは、どちらかと言えば応援だか野次だかわからないものが多数で、ルリーナの顔に苦笑じみた表情を浮かばさせていた。


 その声援の中、当のルリーナは首を傾げた。


「なーにか忘れている気がするのですよねー」


 このところは戦にかまけて、その他諸々の事を投げっぱなしにしていた。

 もちろん、戦場ではやることに追われてはいたし、ルリーナが平時にすることはそう多くもないのだから楽にはなるはずなのだが。

 大変な仕事も終わってみれば寂しさに似たものを感じるのだから不思議なものである。


「どうした?」


 顔は正面を向けたまま、エセルフリーダがルリーナに問いかける。

 これみよがしに顔を傾けてうんうんと唸っているのだから、彼女でなくてもそう問いかけたくもなるだろう。


「いえ、何か王都に置いといた話があったような気がして」


 王都に戻ってきたのだから、馴染みの者には顔を見せなければならないだろうし、銃兵隊に関してもやらなくてはいけないことは残っている。

 いくらエセルフリーダやアイラが居るからと言っても、戦後処理には付き合わなくてはならない。まだしばらくは、今回の会戦が終わっていないと言っても過言ではなかった。

 アイラ一人残して出たのだから、彼女の御機嫌取り……という訳でもないが、しばらくは茶飲み話にでも引きずり出されるだろう。


「んー、アイラさんの事ですかねー?」


 もちろん、ルリーナに思い出せないことがエセルフリーダにわかるはずもない。

 ひとしきり首をひねったところでとりあえず忘れることにした。時がくれば思いだすこともあるだろう。


「しかし、王都に何事もなさそうでよかったです」

「取り引きがあるとはいえ、王子派も一枚岩とは限らないからな」


 だからこそ虎の子の従士隊をアイラの手元に残しておいたのだが、それが働く必要がないのならそれに越したことはない。


「このまま、内輪もめがないと楽なのですけれど」

「そこは陛下と、それから私たちの働き次第だろうな」

「相手方、竪琴がどう動くかもまだ解りませんからねぇ」


 辺りを見回しても、王都は以前と何ら変わらず、平和な様子だった。いや、目を凝らせば前の内紛で受けた傷の跡がそこかしこに残ってはいる。

 しかしながら街の再生は急速なもので、廃墟は立て壊され、その跡地には真新しい建物が立とうとしていた。王都に残された戦の記憶も、そう遠くないうちに消え去るように思える。

 おそらくは、これまでもこれからも、王都はそうして代謝を繰り返していくのだろう。いつかは全てが忘れ去られるのかもしれない。


「今回の戦は悪くなかったですけれど、捕虜、本当にとらなくて良かったのですかね」

「それが竪琴との交渉条件にあったからこそ、早々に話がまとまったのだがな」


 今回の戦が従前と違うことといえば、それが大きかった。

 銃兵隊は初めから捕虜を取るような動きをしていなかったが、獅子王国の軍全体で見ても、捕虜とした貴族の数は少ない。

 戦をするとなると、かさむのが諸費用であり、それらは軍を動員する諸侯の肩に重くかかる。

 諸侯たちに軍を動員させることで負担を分散しているという事でもあり、諸侯を統べる王とはいえ強く出れない理由でもある。


「報酬なし、という訳にはいきませんよねぇ」

「そこは貴族としての名誉という形で納めてもらいたいところだがそうは言ってもな」


 その負担に対して報いるのが、捕虜とした貴族の身代金や、新たな領地、これが遠征であれば掠奪した諸々が加わるところだろうか。

 賠償金として敵対した国に吹っ掛けるというのも一つ。傭兵団であれば働きに応じて依頼主から払いがあるだろう。


 ところが、今回の戦では捕虜もなく、防衛戦のために新たな領地もない。

 これから交渉するという相手から賠償を強請るという訳にもいかないから、獅子王国としては損だけしか残らない。

 それは敵方の竪琴王国も同様だろう。捕虜交換に応じたことから、向こう側にも捕虜といえる捕虜はいない。


 勝ったとはいえすっきりしない。というのはそこにもあった。

 王家の財も無限ではない。それどころか、下手な有力諸侯よりも貧乏であってもおかしくはなかった。

 現実的に金銭などで諸侯の活躍に報いることも難しいとなると、会議の場で諸侯の間から不満の声が上がる様が目に浮かぶようだ。

 できることはといえば、精々、何かしらの肩書を与えるか、武具を下賜するか、あるいは家紋に格言をつけ足すか、といったような名誉を与えることくらいか。


「交渉にこぎつけるために殴りつけるというのも、変な話ですけれど」

「ただ話し合いを求めても、吹っ掛けられるのがオチさ」


 振り上げた腕は、一度、落としどころを見つけなくてはならない。

 余った血の気を抜けば、冷静な話し合いもできると考えれば、その辺の路地裏に居るごろつきの喧嘩とそう変わりはない。


「頭では分かっているつもりなのですけれど」

「納得はいかない。と」


 諸侯たちにしてみればなおさらの事だろう。

 ルリーナは戦費を払う立場でもなく、銃兵隊の活動に伴う費用は女王直属という扱いで王家の財から賄われている。

 女王の騎士、というだけあって、ルリーナ自身についてはアイラの懐で養われているところでもあり、いくら戦で損が出た、と言っても、直接には関係がないと言ってもよかった。


「勝利、と言って良いのですかねぇ」


 華々しく戦勝を祝う王都の姿とは裏腹に、現実はそのようなものだった。

 撤収を前にして浮きたっていた気持ちも、道すがら諸方の話を聞くごとに不安に曇っていくようなもの。


「納得のいく勝利、などというものはそうそうないさ」

「そういうものですかねぇ」

「そういうものだ」


 傭兵だったルリーナにとっては、戦とは生活の場であり、また、金銭を稼ぐ手段でもあった。

 戦勝となれば報酬の支払いも期待できるし、敗戦となれば不安ともなる。それくらいのものだった。

 それがこうして騎士や、兵の上に立つような役柄となってみれば、見えてくるものはまた変わるものである。


「条件は飲ませた。今回はそれだけで勝利と言っていい」

「目的は達成したということですか」


 戦のために戦をする。などということは、そうそうある訳ではない。

 ないとは言えないのは、遍歴騎士たちの存在や、彼ら主導の異教徒征伐といったものがあるからだが、普通は何かしらの目的があって、その手段として戦を行うものだ。


「そうだ。そしてそれこそが最も重要なことで、あるいは、軍が敗れても勝利、ということもある」


 例えば撤退戦で殿を務めた隊が全滅したところで、足止めの役を果たせれば彼らにとっては目的を達成したことになる。

 それはルリーナにとっても分かりやすい話ではあった。目的が第一であって、大局にたいして局地的な勝敗はそう大きな意味はないという訳だ。


 そうしているうちに、王城の門が見えてきた。その前には従士隊と衛兵隊が控えており、集まった市民たちを抑えている。

 抑えていなければ堀にでも落ちてしまいそうな勢いで、物見高い者などは屋根によじ登って何とか城壁の向こう側を覗こうとさえしていた。

 喇叭の音に蹄鉄は高らかに、足音と鼓は地を揺らす。正に、凱旋である。

 槍や旗を捧げる衛兵たちの間を抜け城門を潜れば、分厚い壁に阻まれ、喧騒も遠くなった。


 しばし、後続の集まるのを待つ。見慣れた王城の中庭は、足の踏み場もないほどに満杯となっていた。

 相変わらず、全ての兵員が集まるだけの場所はないので王城の前で踵を返して戻っていく者もいる。

 全ての隊が合流するまでには、軽く一刻も経っただろうか。凱旋の歩みを早めても恰好がつかないものであるし、ああも囲まれていては歩きにくい。

 エセルフリーダはもちろんのこと沈黙になれているし、ルリーナとしてもぼんやりと待つのには慣れている。半分眠った頭で空を眺めて待っていれば、中庭に面した張り出しに人影が動き出す。

 その頃には飽いた雑談の声が宙を埋め尽くしていたが、それを聾して喇叭が一つ吹き鳴らされれば、口をつぐみ慌てて整列を始める。


「女王陛下登壇!」


 張り出しから顔を覗かせた小さな人影に対して、即座に皆が礼を取る。顔を上げるようにと促す声も、直接ではなく、摂政を通してのものだった。

 いつぞやと比べればずっと近い距離、最前列から一歩引いた場所に立ったルリーナからは、アイラの姿がよく見える。

 兵を見下ろす彼女の顔は、それでいながら遥か遠くを見るようで、白いかんばせに長いまつ毛に縁どられ薄く開いた眼、きゅっと閉じられた唇が陽光の中に浮かび上がるようだった。

 数人が息を呑む気配を感じる。それほどまでに、アイラの姿は浮世離れして思えた。


「諸君、よくぞ敵を退けてくれた。諸君らの働きは、我らが獅子王国を助け、そしてこの地に平穏をもたらす第一歩として、長く語り継がれることになるだろう」


 摂政の張り上げる声も、真面目に聞いている者はそう多くないだろう。

 ルリーナ自身も右耳から入った言葉が左耳から抜けていくような調子で、アイラの晴れ姿を見ていた。

 白い衣を身にまとい、身動ぎ一つしない立ち姿はまるで、帝国時代の彫刻のようでもあり、また、一幅の絵画のようでもある。


「……今しばし、諸君らの力を貸してもらいたい」


 長い演説が一度、途切れた。アイラが顔を上げる。


「諸侯そして兵の諸氏、我が国、我らが同胞。こうして命を預けてくれることをありがたく思っています」


 それまで黙していた女王が口を開いたことに、僅かにざわめきが生まれた。

 顔を見合わせているのは、兵らだ。平民に対して直接に女王が声をかけるなどというのは、そうあることではない。

 張り上げる声は、その小さい体から出たものとは思えないほどに力強い。

 僅かに震える声に、アイラが無理をしていると気付いたのは、ルリーナ以外に何人いるだろうか。


「私は、先王、そして我が国を治めた代々の王、諸侯、そして我が国に住まう民の悲願を叶えるために、神よりこの機会を頂きました」


 朗々と唱えるようにそう続ける彼女は、確かに神の遣いのようであった。


「帝国を。我々の手に帝国を取り戻す! そのために今しばらく、諸氏の命を預けてもらいたい! 諸君の血で、この地を我が旗の色に染めるのだ! 我らの旗がなびくとき、皆は諸君の血の色を思い出すだろう!」


 確かにそれは、王、諸侯、民に至るまでの悲願だった。

 一つの帝国。その繁栄の記憶は、どれだけの時間が経っても忘れ去られることはなかった。

 誰もが帝国を求めるのは大陸でも同じだった。それこそ、ルリーナの生国も帝国を自称している。

 しかし、その意味合いがこの地では違う。確かに、この地は元は一つだった。連綿と続く血脈は、この地へと深くつながっていた。

 だからこそ、王城に集まった人々の反応は劇的だった。


「女王陛下、万歳! 帝国万歳!」


 その声がどこからか上がれば、続いて空をさえ震わすような大音声となっていく。

 熱に浮かされたようなその姿に、ふとルリーナは疎外感を覚えた。

 この島国、ウェスタンブリアの土地にあっては、外から来た自身は如何にも場違いに思える。


 しかしながら、アイラの在り方には眩しさすら感じているのは確かだった。

 それに耐えきれず逸らそうとした目の端、見下ろすアイラと目線が交わった。

 常のアイラからは想像できぬような、支配者然とした眼差し。しかし、それが瞬間、緩んだように思えた。

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