34 封印解除de大惨事
眼下に広がる都市の景観は、相変わらずジャンクな活気に溢れていて反吐が出る。だが、それも今日までだ。私の背後では、完成した『ロイヤル・フルーリ・カノン』が、ドリアンの放つ圧倒的プレッシャーを充填し、今か今かと咆哮の時を待っている。
「閣下、まもなくアスパーム上空です。……あの、隔離室からのエネルギー反応が臨界を突破しており、兵たちが次々と悶絶または気絶していますが……」
「構わん。それは彼らの魂が、王の格に耐えきれず歓喜のあまり失神しているだけだ。そのまま進め」
私は鏡の前で、最後の一仕上げとして、襟元に一輪の薔薇を挿した。
「カイト……。貴様の安っぽい飲料が、王の芳醇な一撃に耐えられるかな? 物理的な破壊ではない。貴様のその、下俗な味覚を、私の至高の美学で塗り替えてやろう」
さあ、「開演」の時間だ。
「ルキウス様、カイト達は只今アスパームにはいないと通信が入りました!」
「なんと。それでは意味がないではないか。」
◇◇◇
白を基調とした特注軍服。
無駄に翻るマント。
無駄に逆光。
そして――
無駄にデカい砲身。
『諸君。今この瞬間、歴史は塗り替えられる。美は、概念から物理へと昇華し――私は、芸術そのものとなる!』
両腕を白鳥が飛び立つかの如く優雅に広げるルキウスの背後で、『ロイヤル・フルーリ・カノン』が低く唸る。
「ルキウス!あんたこの前コテンパンにやられたでしょ!今更負け犬が何しにきたのっ⁉」
リンの鋭い視線を受けても、ルキウスはまるで舞台に立つ役者のように余裕の笑みで前髪を払った。
「んんん~?敗残?なんのことかな?私は次なる“美学”のステージへ昇華したのだよ。見よ、私の美学と全知が融合した新兵器を。これこそが、君たちの下賤な味覚を上書きする福音となる!」
優雅な振る舞いで演説をぶちかますルキウス。しかしその言葉とは裏腹に、彼の背後からは尋常ならざるオーラが発せられている。それを裏付けるかのように、SoDAのバイオセンサーは先ほどから断末魔のような警告音を鳴らしている。
「刮目せよ! これが私の辿り着いた答え……!私にこそ相応しい果実の王!その名も『ドリアン』…!」
その名を聞いた瞬間、カイトの顔はブルーハワイのように青ざめる。
「何っ!ドリアン……だと!?おい、待てルキウス。お前、その果実の正体を知ってて言ってるのか?」
「マスター!あのアタッチメント内部の圧力は危険域です。それに、内部から漏れ出している波形……これは香気成分ではなく、『物理的な毒性』に近いです!」
SoDAの目の前の空間にホログラム化された警告灯が赤く激しく点滅する。ルキウスの背後に控える帝国兵たちも、顔面を蒼白にさせて進言した。
「……ルキウス様!セットした直後から、防護服のフィルターが悲鳴を上げております。何というか………ニオイが!」
「黙りたまえ! これなるは果実の王!そこから漏れいづる『高貴な芳香』だ。私の美学が、そして世界の評価がそう判断したのだから間違いない!」
「いいから止めろー! それを解放したら、美学どころかお前らが終わるぞ!」
カイトが必死に叫ぶが、ルキウスは優雅に、かつ劇的に黄金の封印をサーベルで断ち切った。
「黙りなさい! 私の正解を見よ!これは“フルーツの王様”。私の美学を完成させる、最後のピースだ。さあ――ひれ伏すがいい!封印解除!」
ドォォォォォォン!!
「棺の中身」が空気に触れた瞬間、圧縮されていた「王の怒り」が大爆発を起こした。
「…………ッッッ!?」
それはもはや「ニオイ」という概念を超えるもの。「数日放置した生ゴミ」を「使い古した靴下」で包み、それを「都市開発の闇」で煮詰めたような、あまりにも暴虐的な異臭の塊。
「ぐはっ……!」
真っ先に倒れたのはルキウスだった。
美学という名の虚勢は、本能的な嘔吐感に一秒で木っ端微塵に敗北した。
「ッッッ!?!?」
「ガッ……ッ!? な、なんだこの……脳が蒸発するような……!」
続いて、ルキウスの背後に整列していた帝国第3師団の精鋭たちが、彼らは誇り高き様式美すら投げ捨て、鼻を押さえて白目を剥きながら次々と床へ撃沈していく。
だが災害はそこで終わらない。
棺とリンクされていた戦艦のメイン・コンピュータが、突如として火花を吹き始めた。
『警告……未定義ノ……有機的……致死性ノイズ……検出……論理回路……拒絶……腐敗……アアアアア!!』
王者の香り――ドリアンの衝撃は、精密な論理回路にとっては最悪の“有機的ウイルス”だった。各セクションが次々と計算不能に陥り、ドローンが次々と落下していく。
「マスター……ルキウス軍の士気がみるみる低下していきます!」
「そりゃまあ……そうなるだろ」
戦艦の中枢が臭気によるシステム・ダウンで混乱する中、ルキウスがゆらりと立ち上がる。
「……フ……フフフ……。こ、この衝撃……これぞ私の美学が求めた究極の刺激……!」
白目を剥き鼻血を垂らしながらも、彼は自ら設計した大砲――『ロイヤル・フルーリ・カノン』に手をかけた。震える手でドリアンをつかみ、高圧チャンバーにセット。グチャグチャとイヤな音を立て、圧縮されたそれは壮絶な匂いをふりまくペーストと化して超高圧炭酸と混合され、砲内に装填される。
「ルキウス!本気でやめろ!それ撃ったら、お前たちもただでは済まないぞ!」
「黙りたまえ……私は今、人生で最も輝いている……!さあ――世界を王者の香りで塗り替えよ!『美しき王者の咆哮』!!」
ドゴォォォォォン!!
砲火とともに飛び出した黄金色の光。
しかしそれは天からの福音ではなく、悪魔の|吐しゃ物。
ルキウスの自己流「純喫茶錬金術」による感情の増幅効果も加わった結果、耐えがたいニオイが数キロ四方へ瞬時に拡散する。
「ふんぬぐAAAA!隊長! 助けて下さい……!空気が、空気がぁ……!」
整列していた重装歩兵たちは、軍靴を揃える余裕もなく、胃の内容物をぶちまけながらドミノ倒しに崩れ落ちる。
「……ひ、退け……! 全軍、退却ぅぅぅ! 鼻を、鼻を捨てる覚悟で逃げろぉぉぉ!!」
「師団長!戦闘不能!全軍撤退します!師団長ー⁉」
ルキウスからの返答は、なかった。
彼は立ったまま気絶していたからである。
帝国軍が去った後、街の入口には静寂……ではなく「地獄の残香」が停滞していた。
「マスター……嗅覚センサーが過負荷によりシャットダウンしました。……視覚データにもノイズが混じっています。……これほどまでに『論理的でない暴力』は計算外です……」
リンに至っては、眼鏡を投げ捨てて草むらでうずくまっている。
「……ルキウス。あいつ、次に会ったら……美学とか関係なく……絶対に……殺す……(オエッ)」
ルキウス・ヴァレンハイト。彼は敗北したが、その「王の加護」を受けた強烈なニオイは、数日間にわたって街の機能をマヒさせるという大ダメージを、確かに刻み込んだのであった。
※「ドリアンサイダー」は、日本で実際に販売されております。
発見して購入した際は、周囲の状況をよく鑑みてから開封しましょう。




