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27 空白の意味




 昼の喧騒が落ち着き、夜の冷気が街を包み始めた頃。

 

 カイトは、広場の片隅で自分の胸を押さえて立ち尽くすSoDAの異変に気づいた。


「……SoDA? 顔色が悪いぞ。どうかしたのか?」


「……分かりません。胸の奥の演算ユニットが、熱いような、冷たいような……。先ほどから、定義できないノイズがループしているんです」


 彼女の翡翠色の髪が、心なしか元気を失って色褪せているように見える。カイトは手を伸ばしかけて、止めた。SoDAは、バニラ博士が「純喫茶錬金術」と「ナノバブル・テクノロジー」を融合させて生み出した、奇跡の人工生命体だ。その肌は驚くほど柔らかく、流れる擬似血液は体温を持っている。


「悪いが……俺じゃあ、どこの不調か判別がつかない。リン、ちょっと診てやってくれないか」


「私が…?まぁいいけど、そこまで錬金術にもナノバブルテクノロジーにも精通はしてないわよ?」


  SoDAはバニラ博士の手によって、純喫茶錬金術とナノバブルテクノロジーを融合させて生み出された「人工生命体」だ。その肌の質感、体温、柔らかさは、機械というよりは生身の女性のそれと何ら変わりない。


「マスター。私のバイタルチェックは、マスターの指先による触診が最も効率的であると推測されます。なぜ、リン様に任されるのですか?」


 SoDAは不満げに頬を膨らませ、カイトの袖を掴んで引き止める。潤んだ瞳と至近距離で見つめられたカイトは、目を逸らしながらゴニョゴニョと答える。


「SoDA、お前は……その、生身すぎるんだ。俺が下手に触るのは、どうしても……な?と、とにかく!リンに頼む。リンなら専門知識もあるし、同性だろ?」


「……。マスターについて『ヘタレ』という属性をデータベースに登録しました」


「おい⁉」


 SoDAは小さく溜息をつき、渋々とリンが用意した医療用ベッドに横たわった。






「……いい、じっとしてて。ナノバブルの流動性が少し乱れてるわね」


 リンは苦笑しながら、スキャナーをSoDAの胸元にかざす。カイトが部屋の隅でそわそわと見守る中、精密な生体データが次々とモニターに投影されていく。


 バニラ博士が施した錬金術の紋様が、SoDAの体内で美しい回路となって輝いている。しかし、その中枢付近、感情を司るエモーション・コアの隣に、リンは「異質な空白」を見つけた。


「カイト、これを見て」


「……空白?」


「欠損じゃなくて、最初から『何も書かれていない』領域があるわ」


「バニラ博士が、書き込みを忘れたってことか?」


「いいえ。博士のことだもの、きっと意図的よ。ナノバブルがこの空白を囲むように循環しているけれど、ここが埋まらない限り、彼女の『生命体としての設計』は完成しない……いわば、最後のピースが欠けた状態ね」


 SoDAはベッドから身を起こし、モニターに映し出されている、自分でも気づいていなかったその「空白」を見つめた。




[Code: ICE]

[Code: RED CHERRY of THE TOP]





「アイス?頂点の…レッドチェリー?なんだこれ」


「ブランク・メモリーは2階層になっていて、そこにそれぞれ、奇妙なシステムメッセージが刻まれていたわ。恐らくはバニラ博士が設計したあなたの核心部分なんじゃないかな」


「私の……完成。そこには、何が記録されるべきなのでしょうか」


「それは、私にも分からない。今の段階では外から書き込まれるべきなのか、隠されて見えないだけなのかも判別できないし」


「その言葉を見た瞬間、アーカイブにはないはずの『渇き』を感じました。マスター、私の欠落しているものは、物理的な部品ではないような気がします」


 カイトは腕を組んで呟いた。


「……純喫茶錬金術の極致、か」


 あの日、バニラ博士の隠しラボで見つけたバイオロイド・SoDA。なぜあそこにいたのか、博士が何を考えて彼女を残したのか、本当のところは何も分かっていない。ただ、彼女はカイトを「マスター」として慕い、信頼を寄せている。そして、博士の残した言葉、「聖杯」は、まだ見つかっていない。


 カイトはSoDAを見て、何かを言おうとして止めた。自分の考えるそれが、真実かどうか分からない今、聞くべきではないと考えたからだ。


 


「SoDA。お前が本当の意味で完成するには、その『特別なチェリー』を探さなきゃならないみたいだな」


「それは……どこにあるのでしょうか?」


「さあな……俺も聞いたことがないんだ。バニラ博士も面倒な宿題を残してくれたもんだ」



 SoDAの瞳に、新しい光が宿る。彼女はまだ知らない。それが帝国に奪われた「旧世界の遺産」なのか、それとも、これから自分たちの手で育てるべき「未来の象徴」なのかを。


「……マスター。私は、『完成された私』を求めます」


「ああ、そうだな。しかしどこにあるやら……ヒント位残しとけよ……」


 

 カイトは夜空を見上げた。SoDAかつての平穏な時代、クリームソーダには、いつも誇らしげに真っ赤な果実が鎮座していた。それは単なる飾りではなく、その一杯を「完成」させるための画竜点睛。「純喫茶錬金術」においても、それの有る無しでは出力がまるで違ってくる重要なピースだ。そのチェリーの名を冠しているのであれば、その重要度は推して知るべし、だ。



彼女の言葉と共に、物語は「味覚の再生」と共に「魂の探求」が加わることになる。


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