24 白銀のナルシストは、強炭酸レモンの悪夢を見る
「……非常に整った敵意。……そして、極めて過剰な自己愛を検出しました」
「なんだそりゃ」
「はい、マスター。波形が非常に美しく、かつ自己愛に満ちています。例えるなら、『自分の寝顔に毎日うっとりしている人間』が放つ特有のノイズです」
「それ、一番面倒なタイプじゃないか?」
リンが眉間を押さえながら割り込む。
「ルキウス・ヴァレンハイト。帝国の『規律の美学』をそのまま擬人化したような男よ。二つ名は『白銀のナルシスト』」
「へっ! 美学だか何だか知らねえが、俺の筋肉ですり潰してやるぜ!」
ガイが鼻息荒く拳を打ち鳴らすが、その時、街のモニターに緊急映像が強制介入した。
画面に映し出されたのは、あまりにも「キマりすぎている」男。 背景には、ミリ単位の狂いもなく整列した重装歩兵たち。そして、なぜか彼自身の顔をライトアップするための専用ドローンが三機、周囲を優雅に旋回している。
聞こえてくるのは、荘厳なパイプオルガンのBGMと、軍靴による「完璧に揃った」足音。
軍団の先頭に高々とはためく豪華絢爛な幟旗には「第3師団長、ルキウス・ヴァレンハイト」と、これまた綺羅びやかな刺繍で書かれている。よくよく見れば、その旗のすぐ後ろに 純白の白馬に跨り、逆光をこれでもかと背負っている人物が。
「……なに、あれ」
リンがゴミを見るような目で眼鏡の縁を抑える。
「……あいつ、この暑いのにマント羽織ってるぜ。しかも裏地が真っ赤だ。落ち着かねえなぁ」
ガイが鼻をほじりながら呆れた声を出す。
そんなカイトたちの反応など露知らず、ルキウスは馬上で優雅に前髪をかき上げる。
『私は帝国第3師団長、ルキウス・ヴァレンハイト。混沌を断つ刃。様式を守る盾。そして――諸君らの幻想に、終止符を打つ者だ』
完璧なポーズ。完璧な決め顔。そして――沈黙。
「……長くない?」
『……聞こえるかな、愛すべき迷える子羊たち、そして野蛮な反逆者諸君』
ルキウスは、カメラに向かって流し目を送った。
『君たちの罪は、食べ物が美味しいなどという、論理的でない「感情」を社会に持ち込んだことだ。それは美しくない。私の美学において、食事とは効率的な栄養摂取という名の「儀式」でなければならないのだ。野蛮なる民よ。この私、ルキウス・ヴァレンハイトが直々に美しき秩序を届けに来てあげたぞ』
ルキウスは一気に馬を駆けさせると、街の入口で待つカイト達の前で鮮やかに停止。翻ったマントがルキウスの顔を覆い隠す。
「……顔、隠れてるぞ」
「…………。……コホン。失敬。あまりにマントの裁断が完璧すぎて、広がりを抑えきれなかったようだね」
ルキウスは一度咳払いをすると、今度はサーベルを抜き放ち、それをカイトの鼻先に突きつけた。
「カイトと言ったか。君が巷を騒がせているという、下俗な液体の醸造主だね。……見たまえ、私の軍服を。一ミリのシワもなく、一滴の汚れもない。これが帝国の、そして私の『正解』だ。君の作るような、旧世界の喉を焼くような非効率な飲み物はこの世界に必要ないのだよ」
「そうか、残念ながらさっきからドローンのライトが眩しくて、よく見えないんだけど」
カイトが手で日差しを遮るように言うと、SoDAが補足した。
「マスター。ルキウス団長の顔面部への光量は、規定の200%を超えています。おそらく、肌の陰影を飛ばして美白に見せるための演算介入です」
「……君がSoDAか。余計な解析はやめたまえ。これは『輝き』というものだ」
ルキウスの眉がピクリと動く。さらに彼は、カイトの背後にある「クラフト飲料」の樽を蔑むように一瞥した。
「いいかね。私が求めているのは、私の魂のように一点の曇りもない『透明』な世界だ。それを君は、麦だのハーブだのといった雑多なゴミを混ぜ合わせ……あまつさえ、ガイのような筋肉しか取り柄のない男に、下品なゲップをさせて喜んでいる。実にィ! 罪深ぁい!」
「おい、いま筋肉をバカにしたか?」
ガイが拳を握りしめるが、カイトがそれを制した。
「……なぁ、ルキウス。お前、その『完璧な自分』を維持するために、本当はめちゃくちゃ喉が渇いてるんじゃないか?」
「……なっ!?」
「その姿勢、その表情。一分間にまばたき三回。汗を一滴も流さないための体温管理。心拍数平常時の30%増と推測……余裕のなさは隠しようがありません」
「と、言う訳で、ものは試しにコイツを飲んでみないか?スッキリするぞ?」
カイトは後ろに隠していたキンキンに冷えたボトルを取り出した。中身は先ほどSoDAと調整した、無色透明でありながら、底から暴力的なまでの気泡が突き上げている「超炭酸&超すっぱレモンスカッシュ」だ。
「透明なら文句ないんだろ? ほら、飲んでみろよ。あんたの言う『完璧な秩序』にふさわしいだろ。それともコイツが怖いのか?」
「……ほう、なかなか美しいじゃないか。透明であることは認めてやろう。よかろう、この私が、君の言う刺激などに動じない事を示してあげようじゃないか」
ルキウスは優雅な仕草でボトルを受け取ると、ドローンに向かって「最高にセクシーな角度」を確認してから、一気にそれを煽った。
ゴクリ。
一口飲んだ瞬間、ルキウスの目が見開かれる。
「ふぐ…………ッッッ!!!???」
透明な液体に含まれた、喉を切り裂くような高圧炭酸と顔面パーツが中央に寄り集まりそうなほどのレモンの酸味。「透明」という優雅な見た目からは想像もつかない、暴力的なまでの『熱い衝撃』が、彼の完璧に整えられた喉を直撃した。
「……ガ、……ガハッ……! ゲェホッ! ゴホォォッ!」
ルキウスは馬から転げ落ち、地面を転がった。純白の軍服はあっという間に泥だらけになり、セットした髪はぐちゃぐちゃ、ドローンのライトは転倒した衝撃で彼の「鼻の穴」を無慈悲に照らし出す。
「……ちょっと刺激的過ぎたか?泥だらけだぞ」
カイトがのぞき込むと、ルキウスは涙目で鼻を真っ赤にしながら、震える指でカイトを指差した。
「……き、貴様……っ! この、暴力的な……だが、この……脳を突き抜ける爽快感は……な、何だ……っ!? 私の規律が……崩壊……っ……!」
数秒の沈黙の後。
カイトは、ルキウスを上から下まで眺め、脳裏に浮かんだ疑問を口にした。
「……なぁSoDA、こいつ、本当に帝国の将校か?」
SoDAが、極めて冷ややかな視線で分析し、言い放つ。
「視覚的威圧。意匠過多。実用効率低下。総評───極めて『非効率』。帝国の論理に合致していません。マスターの疑問は無理ないかと」
「そんなっ………バカなっ……」
SoDAの冷静な評価にトドメをさされ、ルキウスはその場に崩れ落ちた。




