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23 動く帝国 奏でよ美学



 帝都アセスルファムの中心部──帝国中央議事堂・戦略審議室。豪奢な大理石の議事堂で、帝国幹部たちによる緊急委員会が静かに開かれていた。


 円形の部屋には、十二の席が等間隔に並び、各席には影のような人影が座している中央部分には、巨大なホログラム・テーブルがあり、漆黒の空間に冷徹な光を投げかけている。映し出されているのは、帝国領内の補給線マップだ。その一部──第5農業プラント周辺が、警告を示す不吉な赤色に点滅している。


 


【異常1】

 第1配給プラント都市「アスパール」

 管理官:サッカ・リン

 状態:離反及び非帝国型自立構造構築中


【異常2】

 第5農業プラント「スチール・グレン」

 管理官:ガイ・ボルク

 状態:事実上の離反


【異常3】

 廃棄プラント「ホワイトラボ」

 管理OS:SoltLake‐00

 状態:再起動・再稼働



 会議室の空気は張り詰めていながらも妙に冷ややかで、無駄な感情の揺らぎすら排除された「整った静寂」が支配していた。

 

「第5農業プラントの通信途絶。並びに、管理官ガイ・ボルクの離反を確認」

「廃棄されていたホワイト・ラボ、再稼働の兆し有り。塩の調達のためと推測されます」


 冷ややかな合成音声が室内に響く。 沈黙を破ったのは、銀縁の仮面をつけた老官だった。


「……愚かな真似を」


 その声には、わずかながら「怒り」が滲んでいた。


「我々が、どれほどの犠牲を払って秩序を築いたか、忘れたのか?」

 

 別の幹部が、低く頷いた。


「混沌の時代。国家ごとに貨幣が異なり、食料は奪い合い、力なき者から飢えて死んだ時代だ」


 会議室の中央に、過去の映像が投射される。暴動、略奪、焼け落ちる市街、泣き叫ぶ民衆。


「帝国は秩序を与えた。味を制限し、選択肢を減らし、人々が『考えずに生きられる世界』を用意した」


「秩序とは『管理』です。個々の嗜好などという不確定要素を排除してこそ、人類は等しく、飢えから解放される。彼らがやっていることは、救済ではなく混沌への逆行だ」


 別の幹部が、硬質な声で断じる。彼らにとって「美味」は、文明を蝕む劇薬に他ならなかった。



「楽しさなど、混沌の種だ」

「満たされた人間は、疑問を持つ」

「疑問を持つ人間は、反抗を始める」

「このまま放置すれば、必ず連鎖する」


 会議室に、同意の気配が広がる。


「――世界秩序が、崩壊する」


 老官が、静かに断じたことで、一拍の沈黙が生じる。


「……サッカ・リンに続き、あの猪までが、か。味覚などという、前時代の、それも下等な生存本能に突き動かされて秩序を乱すとは」


「サッカ・リンの離反は計算外でしたが、ガイ・ボルクのような単細胞が『食』を盾に独立を宣言したとなれば、他のプラントへの示唆も大きい。芽は早いうちに摘まねばなりません。……もっとも、軍を向けさえすれば、あのような前時代の遺物は瞬時に瓦解するでしょうが」


「象徴が腐る前に叩く。それが、帝国の常道だ」


「……ええ。まだ簡単に潰せます。あまり理想的とは言えないですがね」



 老官が、端末に指を置く。


「第3大隊隊長 ルキウス・ヴァレンハイト』を出せ」


 その名が出た瞬間、何人かが頷いた。


「規律の象徴だな」


「理念主義者だ。情など通さない」


 ホログラムが切り替わり、一人の男の立体像が映し出される。

 整えられた金髪。白と黒を基調とした帝国正規指揮装。

 そして、どこか演劇めいた自信過剰の笑み。


「……彼なら、やり遂げるでしょう」

 

「少々、自分に酔っているきらいはあるが……帝国理念に対する忠誠は疑いようがない」


「帝国が正しく、それに逆らう者は全員、世界を壊す存在だと」


 老官は冷たく言い放つ。


「それで十分だ。英雄気取りは、制圧に向いている」









 その言葉を合図に、審議室の扉が静かに、だが重々しく開いた。カツン、カツンと、硬いヒールの音が大理石の床を叩く。


「お呼びですかな、お歴々。 闇の中で暗い顔をして会議とは、あまり美しくございませんね」


 現れたのは、純白の軍服を完璧に着こなした男だった。肩にかけられたマントの裏地は深紅。磨き抜かれたサーベルの柄には、大粒の宝石が埋め込まれている。彼は腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべた。


「ルキウス・ヴァレンハイト……推参。この私の『美学』に、泥を塗るような騒動が起きていると伺いましたが?」


 幹部の一人が、冷淡にモニターを指す。


「貴卿に命ずる。第3連隊を率いて第5農業プラントを武力制圧せよ。反逆者カイト、及びリンとガイは、即時拘束。抵抗する場合は……処置は任せる。なお、同行しているアンドロイドは鹵獲せよ」


「野蛮な筋肉ダルマと、落ちぶれた天才科学者、素性不明の反逆者、それにアンドロイド……か」


 ルキウスは手袋をはめ直し、鏡のように磨かれた自分のブーツを満足げに眺めた。


「彼らに教えてやりましょう。世界を統べるのは、胃袋を満たす『快楽』ではなく、帝国の気高く、冷徹な『様式美』であることを。……私の行軍の跡には、一滴のクラフト飲料すら残りはしない」


 ルキウスは優雅な一礼をして、翻したマントの風を室内に残し去っていった。


「……少々、自意識過剰な男だが」

 

「能力は確かだ。彼の前には、あの街の幻想も潰えるだろう」


 暗闇の中で、赤い点滅だけが静かに、獲物を狙う獣の眼のように光っていた。







 その頃――


 街のどこかで、SoDAは理由もなく微細な通信ノイズを検出していた。


「……マスター、帝国側から、“非常に整った敵意”を感じます」


 空には、まだ何も見えない。

 だが、「秩序」を掲げた刃は、確実にこちらへ向かっている。








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