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19 静寂を食らう共鳴




 カイトとSoDAは、リンが提供してくれた地図を頼りに、事前調査のため北の岩礁地帯へと向かっていた。しかし、目標地点に到着する寸前、周囲の音が完全に消失する。


「……マスター、警戒を。音波振動が『相殺』されています。この領域、無音です」


 SoDAが警告を発した瞬間、上空から巨大な「銀色の円盤」が高速で飛来した。カイトは即座にアーティファクト「シルバートレイ」を展開するが、衝撃波ではなく、不気味な「静寂」がトレイを叩いた。



「感情というノイズを撒き散らすバグ共め。……君たちを『初期化(フォーマット)』する」


 岩壁の上に立つのは、全身を遮音素材の黒いコートで包んだ男、帝国直属の民衆調律官、デシ・ベル。 彼の手には、音を吸い込み、光さえも歪める漆黒のタクトが握られていた。


「SoDA、迎え撃つぞ! 『灼熱のブラッド・オレンジ・スカッシュ』!」


 カイトがシロップを投じ、錬成を始める。しかし、SoDAが記憶同調(ミキシング)を開始しようとした瞬間、彼女の体がガタガタと震え、指先から泡が霧散した。


「……なっ、エネルギーが……?記憶同調(ミキシング)できません……!」


「無駄だ。私の『デッド・サイレンス・フィールド』内では、あらゆる分子の振動───つまり『風味』や『刺激』の伝達は停止する。炭酸はただの飲料に過ぎず、スパイスは調味料以外の意味は持たなくなる」


 デシ・ベルがタクトを振り下ろすと、不可視の「真空の刃」がカイトたちを襲う。

 カイトはシルバートレイで必死に防ぐが、盾越しに伝わる衝撃は、これまでの戦闘とは比較にならない。


「これは……!マスター!感情エネルギーが私から消失していってます!」


「なんだと⁉」


 SoDAの翡翠色の瞳から光が消えかかる。彼女は「感情」をエネルギー源とする。しかし、このデシ・ベルが放つ無機質な静寂は、彼女の心の動きそのものを「洗脳」に近い論理階層でフリーズさせていた。


「くっ……SoDA、バックアップを起動させろ!」


「やってます……! でも、感情アーカイブへのアクセスが……『非効率な不純物』として遮断されて……!」


「終わりだ。帝国に味覚は不要。感動も不要。君たちは一生、何一つ感じることのない『純粋な労働力』として再定義されるがいい。それがひいては世界のため、君たちのためなのだ」



 黒いタクトが、トレイを構えるカイトの喉元へ突き出される。

 カイトの膝が屈し、SoDAが力なく崩れ落ちた、その時───。



「甘いわね。そんなスカした静寂、私のロジックで上書きしてあげるわ!」


 高らかな声と共に、上空から一条の白銀に輝く光が降り注いだ。デシ・ベルの真空波を弾き飛ばしたのは、かつてアスパールを支配していた重装歩兵の槍。それを操るのは、帝国の制服を脱ぎ捨て、機械化装甲に身を包んだリンだった。


「リン! 来てくれたのか!って街は!?」


「ガイに任せてきた!それよりも……っ!」



 リンは懐から、アスパールのプラントで密かに精製していた「高純度ペクチン・ジャム」を取り出し、カイトに投げ渡した。


「カイト、そのジャムをベースにして! 物理的な『重み』と『粘り』で、音を吸い込む静寂を逆に絡めとるのよ!」


「……わかった! SoDA、顔を上げろ! リンが道を繋いでくれたぞ!」



 カイトの叫びと、リンが放つ「元・味覚抹消官」としての圧倒的な計算能力による援護。 絶望的な無音の世界に、再び「煮詰まる果実」の甘い香りが立ち込め始める。


「SoDA、全力で行くぞ! 静寂を食い破る、特製のコンフィチュール・ソーダだ!」


「……はい、マスター! アーカイブ再起動!演算……同期完了しました!」


 三人の力が重なり、灰色の岩礁にかつてない強烈な「色彩」が爆発しようとしていた。






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