18 塩と油と帝国の反応
第5プラントが帝国から離反、協力関係を結んだことで麦と米の供給は安定した。しかし中央資料室では、リンは険しい顔のままホログラムを睨んでいた。
「……炭水化物は目処が立った。でも、塩と油が……」
SoDAが淡々と補足する。
「人体に必須。かつ、味覚形成の中核要素。帝国の分類では『非代替性基礎調味資源』。管理優先度……Sランクです」
大麦のパンは焼ける。だが、塩のないパンは驚くほど味気なく、油のない料理は人々の活力を維持するには不十分だ。
「……つまり、最重要かつ不可避の問題ってことだな?」
「ええ」
リンは、静かに頷いた。
「まず油です」
SoDAが画面を切り替える。
「植物油、動物性脂肪、発酵由来脂質――いずれも帝国指定の『嗜好増幅物質』です」
「だからこそ、一般には出回らない……か」
「ええ。でも油はまだどうにかなる。発酵残渣、藻類バイオマス……今まで廃棄していたものを食用油として再構築する。そこから先は――」
リンの視線が、SoDAに向く。
「味覚補正、対応可能です。グリセリン(C₃H₈O₃)と3つの脂肪酸、例えばオレイン酸(C₁₈H₃₄O₂)を組み合わせれば、食用油は合成可能です」
「と、いうわけで、こちらは楽ではないけど、なんとか現存施設で対応可能。あとは必須脂肪酸であるオメガ3脂肪酸、オメガ6脂肪酸もαリノレン酸が生成できれば……」
「そちらも対応可能です。お任せを。ペースト状にすれば配給可能です」
SoDAの言葉に、リンの顔に安堵の表情が浮かぶ。
「問題は塩よ」
リンが表示したのは、帝国全域の物流図だった。
「帝国は塩を単なる調味料として扱っていない。保存・流通・再加工の権限そのものとして管理している」
街の周辺に、赤く封鎖ラインが浮かぶ。
「精製塩工場は帝国直轄。天然塩田は“非効率”の名目でほぼすべて廃止。個人単位での結晶化は禁止」
「……禁止?塩水を干すのすら、か?」
カイトが眉をひそめる。
「ええ。正確には『塩分濃度15%以上の自然乾燥行為』が違法。要するに、漬物を作らせないのよ。保存を奪えば、食料はすぐ傷む。そうなれば、配給に依存せざるをえない。それに個々でそんな作業をすることは、全体にとって『非効率』だわ。……帝国の論理なら、ね」
リンは、拳をぎゅっと握った。
「食料事情の解決策ではあったのだけれど……思い返せば、本当に趣味が悪いやり方だわ」
ガイはあごひげをジャリジャリいじりながら、モニターの数値を見る。
「塩か…俺たち肉体労働者にとっては生命線だから、うちのプラントには大目に備蓄はあるが、それもいつかは底をつく。安定的な供給先は必須だな」
「そう。塩は浸透圧の調整、神経と筋肉の機能、代謝のサポート、血圧の調整など……生物にとって必須。そして、『嗜好品』にも、ね」
「……で、どうする?」
カイトの問いに、リンはコンソールを操作してマップを映し出す。
「帝国が想定していない形で生産する第5農業プラントと街の間、岩礁地帯があるでしょう?」
「ここから北の方だな?」
「ええ。ここには、『ホワイト・ラボ』といって飲料水と食塩の精製プラントがあって、地下に高塩分帯水層がある。ただ、『効率的でない』と判断して帝国は現在放置してる。そこだったら、低温耐性藻類と分離膜を組み合わせて、結晶化することが可能よ。カイトの純喫茶錬金術とSoDAの演算力があれば、さらに高効率化できるわね」
「SoDA、できるか?」
「お任せください。結晶化のための魔法陣の理論構築を行います。現地調査すれば『岩塩帯』を発見できる可能性もあります。そちらはガイ様の部隊のお力があればよりスムーズかと」
「おう、力仕事は任せとけぃ!」
「決まりね。ただ、今どんな感じになってるかが不透明なの。カイトとSoDA、現地の偵察をお願いしてもいいかしら?」
「わかった。SoDA、準備を頼む」
「イエス、マスター」
■ その頃、帝国側
帝国食糧統制局の端末に、また一つ警告が灯る。
【異常】
「アスパーム」
「第5農業プラント」
「その周辺コミュニティー」
・満腹感指標:上昇
・嗜好抑制係数:測定不能
「……次は塩と油に、手を出すと思われます」
その声に含まれるのは、怒りよりも、無感情の冷酷さ。
「なるほど。味の基礎を取り戻されたら……もう支配とは呼べない」
「では、これまでの戦闘ログを参考にして、彼らの鎮圧に最適な担当官を派遣します」




