表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/34

17 拳と穀物と喉越し




 帝国からの原材料供給が完全に止まったのは、リンの改革宣言から三日後のことだった。


「予想より早いな……まぁ当然と言えば当然か」


 浮かない顔をしているカイトの隣で、SoDAが淡々と報告する。


「マスター。現在の状況です。大豆タンパクによる代替肉は生成可能ですが、『炭水化物系』が圧倒的に不足しています。米、麦、芋類……現在庫は、街全体で約五日分。以降は、子どもと重労働者を優先するとしても、かなり量を制限した配給制を再開せざるを得ません」


「それは……したくないわね」


 リンが眼鏡を押し上げ、唇を噛む。


「帝国は分かっていたのよ。味覚と選択を奪うだけじゃなく、“依存”させる構造を。たんぱく源と発酵は各地で分断し、主食だけは集約管理……本当に、周到」


「じゃあ答えは一つだ」


 カイトは顔を上げた。


「麦と米を生産してる、別のプラントと手を組む」


「それなら隣接する『第5農業プラント』ね。そこを押さえない限り、この街の自立はありえないわ。でも、あそこの管理官は……一筋縄ではいかないわよ」





 街から装甲トラックで半日。

 地平線の向こうに現れたのは、要塞のような巨大施設だった。


「……でっか」


 リンが思わず呟く。


 『鋼鉄穀倉(スチール・グレン)』の異名を持つそこは、穀物専門プラントとして稼働してきた場所だ。多粒収穫種の麦・米を栽培し、味気ないが効率だけは最高の炭水化物を量産する。


 しかし、そこを守るのは帝国の冷たいドローンではない。

 自ら巨大な鍬を振り回す「人間」だった。


「ハッハッハ! 軟弱な帝国の連絡係かと思えば、随分と面白い面々が来たもんだな!お前……サッカ・リンなのか?いつものツンツンした感じはどうしたよ?」


 砂埃と共に現れたのは、身長2メートルを越える巨漢。噂に違わぬ巨躯の男だった。岩のような腕、麦わら色の短髪、傷だらけの笑顔。上半身裸にオーバーオールを纏い、その筋肉は重機のように隆起している。その背後には全身を強化機械装甲(パワード・アーマー)(ただし、農作業用に勝手にフルカスタマイズされている)で固めた重装歩兵……なんだかムンムンと暑苦しいのは、気のせいではない。


「あ~……なんだかちっとも帝国兵っぽくないんだが?」


「彼の名前は……」


 SoDAがデータを展開する。


「ガイ・ボルク。元帝国重装歩兵隊長。筋力指数、常人の約3.4倍。帝国幹部でありながら論理より直感を優先する人物です。要するに……」


 カイトは苦笑する。


「脳筋か」








「俺はガイだ! ここから麦を一粒でも持ち出したければ、俺の『魂』を納得させてみせろ!」


 リンが進み出て、冷静に交渉を試みる。


「ガイ。話は聞いているでしょう?今は街の存続がかかっているの。合理的な判断を……」


「問答無用!」


 ガイが巨大な拳を地面に叩きつけると、衝撃波がカイトたちを襲う。


「マスター、危険です。彼の筋肉から放出される熱量は、通常の人間を300%上回っています。戦闘モードに移行しますか?」


 思わず身構えるSoDAだったが、カイトは手で制して一歩前に出る。その目はガイの背後にある山積みの「規格外の野菜や穀物」に向いていた。


「……ガイ。あんた、本当は退屈してるんだろ。帝国に決められた通りの分量を、ただの『燃料』として出荷するだけの日々に」


「……何だと?」


「あんたの筋肉が泣いてるぜ。毎日作物を作っておきながら、『最高の味わい方』を知らないんじゃないか?」


「腹を満たすのは数字と量だ。味なんぞ――」


「……たしかにある意味で帝国の考え方と一緒だな、それ。いいだろう。お前を満足させてやる。SoDA、今回は冷たいソーダじゃない。……『熱き黄金の喉越し』を作る!」


「了解しました、マスター! 澱粉質の急速分解、および高圧炭酸の再構築を開始!記憶同調(ミキシング):『労働から解放後の最高の瞬間』!」


 魔法陣の中で数種類のハーブと、ガイが育てた大麦の抽出液が激しくぶつかう。


「ハーブの苦味は、戦う男の証。そこに、溢れんばかりの強炭酸を叩き込む! 食らえ、ガイ! これが、あんたの麦の『真の咆哮』だ!錬成:『剛力の琥珀・クラフト・ルートビア』!」


 差し出されたのは、ジョッキから溢れんばかりの泡を湛えた、琥珀色の液体。

 ガイはそれをひったくるように受け取り、一気に喉へ流し込んだ。






「………………ッッゴハァァァ!!!」


 次の瞬間、ガイの全身の筋肉がさらに一回り膨張する。


「この……鼻を抜ける野性味のある香り! 舌を刺す強烈な刺激! そして後味にくる、麦の圧倒的な生命力……! 腹の底から力が湧き上がってきやがる!ああ、久しぶりだ。この喜びを忘れて生きていくなんざぁ、確かにつまらねえよなぁ!」


 ガイは大笑いしながら、カイトの肩を岩で殴るような強さで叩く。


「合格だ、カイト! これこそが、俺の麦に相応しい『答え』だ! 帝国なんてクソ食らえだ。今日からこのプラントの麦も、俺の筋肉も、全部お前に預けてやる!部下も当然一緒だ!いいなお前ら!」


「おぉぉぉぉ!」

「俺たちはボスついていくだけっすー!」


 そう叫び声をあげる重装歩兵隊。その様子を見てカイトら3人はボソッと呟くのだった。


「「……脳筋……」」







 こうして、炭水化物源の確保に成功した一行。しかし、リンは呆れたように眼鏡を直す。


「……結局、筋肉と胃袋で解決しちゃうわけ? 非科学的にもほどがあるわ」


「でも、リン様。今後の復興作業において非常に有効なリソースとなります」


 SoDAは淡々と分析するが、その視線は、カイトの肩を組んで豪快に笑うガイに向けられていた。


「……ただ、マスター。あまりその方と密着しないでください。汗の飛沫が、マスターの清潔なシャツの繊維を汚染しています。早急に……私が、拭き取ります」


「……おい、俺そんなに汚いか?」


 SoDAはどこから出したのか、冷たく冷やしたおしぼりを手に、カイトとガイの間に割って入るのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ