17 拳と穀物と喉越し
帝国からの原材料供給が完全に止まったのは、リンの改革宣言から三日後のことだった。
「予想より早いな……まぁ当然と言えば当然か」
浮かない顔をしているカイトの隣で、SoDAが淡々と報告する。
「マスター。現在の状況です。大豆タンパクによる代替肉は生成可能ですが、『炭水化物系』が圧倒的に不足しています。米、麦、芋類……現在庫は、街全体で約五日分。以降は、子どもと重労働者を優先するとしても、かなり量を制限した配給制を再開せざるを得ません」
「それは……したくないわね」
リンが眼鏡を押し上げ、唇を噛む。
「帝国は分かっていたのよ。味覚と選択を奪うだけじゃなく、“依存”させる構造を。たんぱく源と発酵は各地で分断し、主食だけは集約管理……本当に、周到」
「じゃあ答えは一つだ」
カイトは顔を上げた。
「麦と米を生産してる、別のプラントと手を組む」
「それなら隣接する『第5農業プラント』ね。そこを押さえない限り、この街の自立はありえないわ。でも、あそこの管理官は……一筋縄ではいかないわよ」
街から装甲トラックで半日。
地平線の向こうに現れたのは、要塞のような巨大施設だった。
「……でっか」
リンが思わず呟く。
『鋼鉄穀倉』の異名を持つそこは、穀物専門プラントとして稼働してきた場所だ。多粒収穫種の麦・米を栽培し、味気ないが効率だけは最高の炭水化物を量産する。
しかし、そこを守るのは帝国の冷たいドローンではない。
自ら巨大な鍬を振り回す「人間」だった。
「ハッハッハ! 軟弱な帝国の連絡係かと思えば、随分と面白い面々が来たもんだな!お前……サッカ・リンなのか?いつものツンツンした感じはどうしたよ?」
砂埃と共に現れたのは、身長2メートルを越える巨漢。噂に違わぬ巨躯の男だった。岩のような腕、麦わら色の短髪、傷だらけの笑顔。上半身裸にオーバーオールを纏い、その筋肉は重機のように隆起している。その背後には全身を強化機械装甲(ただし、農作業用に勝手にフルカスタマイズされている)で固めた重装歩兵……なんだかムンムンと暑苦しいのは、気のせいではない。
「あ~……なんだかちっとも帝国兵っぽくないんだが?」
「彼の名前は……」
SoDAがデータを展開する。
「ガイ・ボルク。元帝国重装歩兵隊長。筋力指数、常人の約3.4倍。帝国幹部でありながら論理より直感を優先する人物です。要するに……」
カイトは苦笑する。
「脳筋か」
「俺はガイだ! ここから麦を一粒でも持ち出したければ、俺の『魂』を納得させてみせろ!」
リンが進み出て、冷静に交渉を試みる。
「ガイ。話は聞いているでしょう?今は街の存続がかかっているの。合理的な判断を……」
「問答無用!」
ガイが巨大な拳を地面に叩きつけると、衝撃波がカイトたちを襲う。
「マスター、危険です。彼の筋肉から放出される熱量は、通常の人間を300%上回っています。戦闘モードに移行しますか?」
思わず身構えるSoDAだったが、カイトは手で制して一歩前に出る。その目はガイの背後にある山積みの「規格外の野菜や穀物」に向いていた。
「……ガイ。あんた、本当は退屈してるんだろ。帝国に決められた通りの分量を、ただの『燃料』として出荷するだけの日々に」
「……何だと?」
「あんたの筋肉が泣いてるぜ。毎日作物を作っておきながら、『最高の味わい方』を知らないんじゃないか?」
「腹を満たすのは数字と量だ。味なんぞ――」
「……たしかにある意味で帝国の考え方と一緒だな、それ。いいだろう。お前を満足させてやる。SoDA、今回は冷たいソーダじゃない。……『熱き黄金の喉越し』を作る!」
「了解しました、マスター! 澱粉質の急速分解、および高圧炭酸の再構築を開始!記憶同調:『労働から解放後の最高の瞬間』!」
魔法陣の中で数種類のハーブと、ガイが育てた大麦の抽出液が激しくぶつかう。
「ハーブの苦味は、戦う男の証。そこに、溢れんばかりの強炭酸を叩き込む! 食らえ、ガイ! これが、あんたの麦の『真の咆哮』だ!錬成:『剛力の琥珀・クラフト・ルートビア』!」
差し出されたのは、ジョッキから溢れんばかりの泡を湛えた、琥珀色の液体。
ガイはそれをひったくるように受け取り、一気に喉へ流し込んだ。
「………………ッッゴハァァァ!!!」
次の瞬間、ガイの全身の筋肉がさらに一回り膨張する。
「この……鼻を抜ける野性味のある香り! 舌を刺す強烈な刺激! そして後味にくる、麦の圧倒的な生命力……! 腹の底から力が湧き上がってきやがる!ああ、久しぶりだ。この喜びを忘れて生きていくなんざぁ、確かにつまらねえよなぁ!」
ガイは大笑いしながら、カイトの肩を岩で殴るような強さで叩く。
「合格だ、カイト! これこそが、俺の麦に相応しい『答え』だ! 帝国なんてクソ食らえだ。今日からこのプラントの麦も、俺の筋肉も、全部お前に預けてやる!部下も当然一緒だ!いいなお前ら!」
「おぉぉぉぉ!」
「俺たちはボスついていくだけっすー!」
そう叫び声をあげる重装歩兵隊。その様子を見てカイトら3人はボソッと呟くのだった。
「「……脳筋……」」
こうして、炭水化物源の確保に成功した一行。しかし、リンは呆れたように眼鏡を直す。
「……結局、筋肉と胃袋で解決しちゃうわけ? 非科学的にもほどがあるわ」
「でも、リン様。今後の復興作業において非常に有効なリソースとなります」
SoDAは淡々と分析するが、その視線は、カイトの肩を組んで豪快に笑うガイに向けられていた。
「……ただ、マスター。あまりその方と密着しないでください。汗の飛沫が、マスターの清潔なシャツの繊維を汚染しています。早急に……私が、拭き取ります」
「……おい、俺そんなに汚いか?」
SoDAはどこから出したのか、冷たく冷やしたおしぼりを手に、カイトとガイの間に割って入るのだった。




