16 甘いお菓子と甘くないライバル
その日、「エデン」のキッチンには、香ばしい小麦の香りと、それ以上に熱い「理論の火花」が散っていた。
「いい、SoDA。子供たちに贈るものは、帝国の配給品のような無機質な栄養塊じゃないわ。形、厚み、焼き色……すべてが統一された『安心』という名の完璧な品質。これが私の考える、再建のシンボルよ」
リンは精密な型抜きを使い、一ミリの狂いもなく並べられた、鏡面のように滑らかなクッキーを天板に並べる。
「否定します、リン様。真の『完全』とは、個々の子供の成長曲線に合わせた栄養配合、および咀嚼能力を考慮した最適硬度です。形状は、誤嚥リスクを最小限に抑えた幾何学的流線型であるべきです」
SoDAの指先からは、まるで宇宙船のパーツのような、冷徹なまでに正確な形のクッキーが次々と生み出されていく。
「……二人とも、頭が硬すぎるぞ」
そう言って笑いながら割って入ったカイトは二人のやりとりを無視して、二人が作ったそれぞれのクッキーの表面に、手鍋で煮詰めたばかりのキャラメルを不規則に、しかし丁寧に垂らしていった。
「ちょっとカイト! せっかくの均一性が!」
「マスター、不規則な糖分の付着は、加熱時の熱伝導を著しく乱します!」
「いいから、いいから。あ、そうだ。リン、これから先は『型ぬき禁止』な」
「ええっ!」
「SoDA、お前もセンサー全部なし。完全に自分の感覚だけで作れ」
「そんなっ⁉」
焼き上がったそれは、お世辞にも「綺麗」とは言えないもの。キャラメルが焦げてクッキー同士がくっついたもの、形が歪んで何に見えるか分からないもの、ちょっと焦げが目立つものまである。そういった点ではバラエティに富んでいると言えなくもない。
「……こんなの、大丈夫かしら?」
「マスター、控えめに言って失敗作では?」
二人は不安そうに焼き上がったクッキーを見て呟くが、カイトは平然とした顔をしている。
「ま、配ってみたらわかるだろ。行こうぜ」
しかし、広場でそれを配り始めた瞬間、二人は耳を疑うような歓声を聞くことになった。
「見て見て! これ、笑ってる顔みたいだよ!」
「あ、こっちはキャラメルがたっぷりついてて、宝物みたい!」
「わっ!こっちのはカリカリして美味しいよ!」
「うげ~!これは焦げすぎぃ……!」
子供たちは、不揃いなクッキーの中から「自分だけの一枚」を探し出そうと目を輝かせ、隣の子と自分のクッキーを見せ合いながら、これまで見たこともないほど楽しそうに語り合っていました。
「……あの子、あんなに喋る子だったかしら」
「……焦げという欠陥、形の不揃いというノイズが、個体識別を容易にし、コミュニケーションの『きっかけ』として機能しています……」
そんな子どもたちを戸惑った様子で見ていた2人のそばで、カイトは、少し焦げたクッキーを一つ摘んで口に運ぶ。
「『全部完璧』『全部均等均質』。悪くはないけど、それだとみんな同じ感想しか持てないだろ? 少し失敗したり、形が違ったりするから、そこに会話が生まれる。人間が一人一人違うみたいにな。ほら、お前たちも食べてみろ」
カイトに促され、リンとSoDAはクッキーをつまんで口に入れる。
「苦い……? でもそのせいで、後にくる甘さをずっと強く感じる……子どもたちの反応も納得だわ」
「……分析。この『焦げ』の苦味成分が、脳の味覚受容体を刺激し、コントラストによって甘みを増幅させています。……それに、この不規則な固まり。噛むたびに食感が変わり、予測不能な『楽しさ』を発生させています。マスター。この『不完全な調和』……もっと学習したいと思います」
「ああ。でも、あんまり難しく考えすぎるなよ?」
広場には香ばしく、甘い匂いがふわりと漂う。
その匂いにつられ、子どもが集まり、つられて大人たちも。
決して高級とは呼べない粗末なクッキーが、人の笑顔を呼び、心をつなぐ。
それは今までとは違う、「明日の希望」へと繋がるのだった。
「ところでリン様。……つまみ食いが私より3枚多いですよ」
「うっ うるさいっ!」




