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第382話 新生活の準備

 ガドルスの宿『大盾の守護』亭にやってきて、俺たちが取った行動は……まず身体を休めることだった。

 俺たちは全員若輩といっていい年齢だ。だがその分体力は有り余っている。

 だからといって、疲労を押して無理をしては、思わぬところでミスをしかねない。それに若い頃の無茶は、後々に後悔する故障を抱えることになりかねない。

 無理をしない範囲できっちりと負担をかけ、鍛えていくことが重要なのだ。


「と、経験者が言ってました」

「経験者って誰?」

「ないしょ」


 全員に三日間の休暇を告げたところで、ミシェルちゃんが質問してきた。びしっと挙手してからする姿は可愛い。ついでに揺れたので素晴らしい。

 いきなり休みを告げられて、何かしようとやる気に逸った彼女を諫めるために、俺は敢えてしかめっ面で宥めてまわった。


「でも、新しい街に来たばかりで休暇って言われてもなぁ。何していいか、わかんねーよ」

「そりゃ住み慣れたラウムだったら、暇の潰し方もお手の物だっただろうけどね。むしろ新しい街だからこそ、散策でもしてみたら? 土地勘は大事だよ」

「散策も一人じゃ寂しいし……」


 クラウドはそこまで反論してから、ちらりとフィニアに視線をやる。

 一人じゃ寂しいからフィニアと一緒に、とか思っているのか? 残念だが貴様にフィニアはやらぬ。ミシェルちゃんもだ。


「フィニアとミシェルちゃんは、わたしとお買い物ね。女の子はいろいろと入用だし」

「そうですね。ガドルス様に用意していただいた部屋も、このままでは殺風景ですから、お買い物はしておきたいです」

「日用品とかも、どこで手に入るか調べておかないとね」

「なら俺も……」

「ちなみに下着とかアレヤコレヤも揃える予定だけど、ついてくる?」

「……遠慮しときます」


 クラウドはしおしおとうなだれていった。だがこればかりは仕方ない。五日間の旅で着替えがかなり溜まっているし、その洗濯もせねばならない。

 足りなくなった着替えは補充する必要がある。

 ラウムの自宅……コルティナの家ならその必要が無いのだが、ここには最小限の荷物しか持ってきていない。

 新たに用意しないといけない物は、数多い。


「一人が寂しいんだったら、ガドルスに稽古をつけてもらったら?」

「全然身体が休まらねぇじゃん、それ! いいよ。この街の造りとか見て回ってくるから」

「そうした方がいいね。冒険者は万が一に備えないと」

「ちくしょう、いいんだ、男は孤独な生き物だから」

「なにをカッコつけてるんだか。クラウドのくせに」

「俺の存在を根底から否定するなぁ!」


 ニヒルに決めようとしたクラウドをおちょくっておきながら、俺たちはそれぞれの部屋に戻っていった。

 本当ならば、数人で一部屋取った方が経済的なのだが、いかんせん俺には秘密が多い。普通の冒険者のように相部屋とはいかない。

 だが俺一人が一人部屋となると怪しまれかねないので、全員を一人部屋にしてもらった。

 その分、ガドルスには部屋数的に負担になってしまうが、宿代はきちんと正規料金を支払うので問題はないだろう。


 俺は自分の部屋に入ると、さっそく装備の点検を始めた。

 フィニアには俺が操糸のギフトを持っていることを知らせておいたが、レイドの時に愛用していた手甲に関しては知られていない。

 彼女は合宿の時に目にしているはずだが、それが(レイド)のものであるという認識に至っていないようだ。運が良かったと言えよう。


 ミシェルちゃんたちも何度も目にしているが、こちらはレイドの姿を知らないので問題はない。

 だがいつまでも気付かないという保証はない。今度アストに外装の変更を依頼せねばならないだろう。それまでは予備のピアノ線でやりくりする必要がある。

 そして手甲も見つからないように隠しておく必要があった。


「といっても、隠す場所なんてベッドの下くらいしかないんだけどな」


 二階であるこの部屋の上はいうまでもなく三階。つまり屋根裏に隠すという手段は使えない。

 クローゼットも存在しているが、鍵が付いていないため何かの拍子に開けられたら困る。

 ベッドの下はありきたりではあるが、ここしかないという状況なので我慢するしかない。


「まず壁際にベッドを寄せておいて……壁に偽装して板を張って、その向こうに隠すか。手前にダミーを用意して置いたら、それ以上捜そうと考えないだろうし?」


 壁際に手甲を入れた箱を隠し、その手前に壁と同じ模様の板を立てて奥行きを偽装する。数十センチほどなら、ごまかせなくもないはずだ。

 そしてその手前にいかにも隠したい感じの品をこれ見よがしに隠しておけば、探索者はそこで納得して、さらに奥を調べることをしなくなる。

 いわば二重底の下にさらに底があるというトラップのようなものだ。これは意外と見落とされやすい。


「明日の買い物で素人大工の名目で板も買ってくるかな」


 いささか女の子らしい趣味とは言えないが、こうでも言わないと唐突に板を買ってくるのは怪しまれる。

 新しい街に来た記念に、新しい趣味に挑戦するとでも言っておけば、まあ、何とかなるだろう。

 そして俺は服をクローゼットの奥に押し込み、ベッドの上に横になった。

 五日という旅は予想以上に俺の体力を蝕んでいたのか、瞬く間に目蓋が落ちてくる。

 寝巻に着替えないといけないところだが、今着ている旅装も保温性は高いし、すでに皺だらけだ。

 このまま寝てしまっても構わないだろう。


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