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第291話 解決に向けて

 その日の夕刻、俺はマクスウェルに連れられ、ラウムに戻ることになった。

 もちろんコルティナは既に自宅へと戻っていて、マクスウェルの屋敷にはいない。

 マテウスも用事を言いつけてあるのか、屋敷には姿が見えなかった。


「さて、レイドよ」

「なんだよ、改まって……」

「実は昨日――」


 そこで俺は、マクスウェルからコルティナの状況について詳細を聞かされた。

 彼女がかなりストレスを感じていることを、俺は意外に思っていた。軍師という役柄上、彼女の忍耐力は他を圧して高い。それが俺の認識だったからだ。


「あのコルティナがね……エリオットが動くのは想定内なんだが」


 俺がハウメアの名前を出し、マクスウェルとの繋がりを残しておいたのは、エリオットを引っ張り出すためでもある。

 俺が関わっていると知ればエリオットは必ず首を突っ込んでくるし、そうなるとこの一連の生贄事件に国家権力が介入することにも繋がる。

 国が腰を入れて事件の解決に関われば、いくら連中が姿を隠そうと、そう逃げ切れるものではない。

 問題があるとすれば、コルティナの方だ。


「もはや隠し通すのも限界、とは言わんが、いい加減彼女にも救いを与えてやらんと、あまりにも哀れじゃよ」

「俺も悪いとは思っているけど、こればかりはどうにも……なあ、手っ取り早く変化(ポリモルフ)を習得する方法とかないのか?」

「そんなモノがあってたまるか。それにあの魔法はいろいろと欠点も多いのじゃ」

「欠点とか、聞いたことがねぇんだけど? いや、そういえば爺さんは戦闘中に変化(ポリモルフ)を使ったことがなかったな」


 戦闘中どころか、平時においても使ったところを見た記憶がない。

 ひょっとすると彼の言う欠点が影響しているのかもしれない。


「それはそうじゃ。まずこの魔法は術者にしか効果を発揮できない。ワシがお主にこの魔法をかけてやれんのは、これが理由じゃ」

「おかげで俺が頑張ることになっているからな」

「そして……身体を強引に作り変える魔法じゃぞ? 下手すれば気を失うくらいの激痛が走るんじゃよ」

「それほどか!?」

「ああ、じゃから戦闘中にはとても使えん。戦いの最中に気絶する方が危ないでな。それに平時であっても、進んで使用したいとは思えんほどの苦痛に(さいな)まれる。わざわざ使おうとは思わんよ」

「マジかよ……いやしかし、俺ならきっと耐えてみせる」

「そうであることを願っておるがな。当面は習得の方が先じゃろ」

「そうはいっても、上級の中でもさらに上位の分類だぞ、あの魔法」


 今の俺は中級にようやく手を掛けたばかり。上級の変化(ポリモルフ)を習得するにはいささか力量が足りない。

 無論、十一歳にして中級に駆け上がったのだから、周囲から見れば充分に天才である。

 それでも事態の緊急性には追いついていない。


「いや……まてよ?」

「なんじゃ、レイド。何か思いついたのか?」

「ああ。ほら、転移魔法とか使えない術者が魔法陣を使って転移したりするじゃないか。同じように、外的要因の補助があれば変化(ポリモルフ)を使えるんじゃないか?」

「外的要因……のぅ」

「ほら、この間地脈とか見つけただろ? あそこで魔法を使えばどうにかならないか?」

「あそこは埋めてしまったじゃろうに」

「お前なら、穴を掘るくらいはできるだろ」

「ふむ……」


 俺だってそんな簡単な手法で魔法が使えるようになるとは思っていない。だがこういう情報からどうにか解決策を導き出してくれるのも、この爺さんの頼れるところだ。

 ヒゲに手をやり、うつむいて考え込むことしばし。ようやくマクスウェルは顔を上げて、俺に提言を持ちかけてきた。


「お主もそんな簡単に使えるようになるとは思っておらんじゃろ?」

「もちろん」

「じゃが、きっかけになればと思っておる」

「そんなところだ」

変化(ポリモルフ)……とはいかんが、似たような状況に心当たりがある。デンのことじゃ」


 マクスウェルに指摘され、俺はデンのことを思い出した。

 地脈の上に巣を作ってしまったが故に、異常進化して高い知能を持つに至ったオーガ。

 今は俺の隠れ家にかくまわれており、大人しく暮らしているはずだ。

 確かに地脈の影響を受けたせいで、オーガというモンスターから姿を変えた新種と言えなくもない。


「確かに地脈の力を借りれば、魔法の補助になる可能性はある。じゃがそれは魔力不足を補う場合に限っての話じゃ」

「それじゃいけないのか?」

「忘れておるようじゃが、お主の場合、魔力量自体は何も問題はない。お主の技量の成長を妨げておるのは、解放力と制御力の二つじゃ」

「それは、そうだな。それじゃ地脈は何の役にも立たないのか?」

「今のところはな。じゃがそのおかげで打開策になりそうなことを思いついた」

「打開策……何か手があるのか?」


 案の定、マクスウェルは何かを思いついたようだ。俺も期待に満ちた視線を爺さんに向ける。

 上手くいけば、コルティナの懊悩を晴らしてやることができる。


「ああ、例えば光明(ライト)の魔道具。あれは魔術師でなくとも使用できるじゃろ」

「そうでないと一般には普及しないだろ」

「そう、つまり魔法が使えずとも使える。それが魔道具ならば可能なのじゃ」

「魔道具……アストか!」


 魔道具(マジックアイテム)のスペシャリスト。深い知識とそれを実現する技術の持ち主。

 確かに彼ならば、変化(ポリモルフ)の術式を込めた魔道具を開発することが可能かもしれない。


「なるほど、あいつなら俺の事情についても知っている。協力してもらうなら、これ以上の相手はいない!」

「じゃろう? そして魔道具作りに関しては超一流。今回のようなケースならば、最も頼りになる御仁じゃ」

「そうだな。そうと決まればさっそく――」

「待て、どこへ行くつもりじゃ?」

「どこって、アストのところだろ」

「お主はラウムに戻ってきたばかりじゃろうが。まずは保護者のコルティナのところに顔を出して安心させぃ!」

「あ、そうだった」


 何の連絡もなく、夜遅くまで俺が戻らないとなると、コルティナも心配してしまうだろう。

 マクスウェルがついているとは言え、俺はあくまで子供の身だ。門限は守らねばならない。


「まずはコルティナに顔を見せ、フィーナについても報告してやるがよい。それで多少は気が(まぎ)れるじゃろう」

「ああ、そうする」

「それから――そうじゃな。夜にもう一度屋敷に来い。儀式魔術の勉強のため、星辰の都合で夜に来ねばならぬと言っておけば否とは言えまい」

「また専門的なことを……」


 星辰とは星の巡りのことだ。儀式による魔法を行う際、その時間の星の配置なども術に関わることがある。

 そして星の配置が関わるということは、術は夜に行わねばならない。

 俺が夜間に家を抜け出す口実にもなる。


「ワシが一筆書いといてやる。そうすれば家を出るのも問題はあるまい」

「だが、コルティナが付き添うって言えばどうするんだ? 夜中に家を出るんだから、そういうこともあるかもしれないぞ」

「ふむ、ならばフィニア嬢に付き添いを頼むとよい。彼女もワシの弟子じゃから、お主の護衛も兼ねて屋敷に来させれば問題はなかろう」

「で、屋敷にフィニアを置いたら、今度はフィニアをごまかす必要が出るだろう?」

「彼女には屋敷の掃除でもやっていてもらおう。その間に最適の場所に出向くと言って屋敷を離れればよい」

「そう上手くいくかねぇ?」

「上手くいってレイドに戻れれば、お主はその足でコルティナの元へ行け。フィニア嬢はワシが屋敷に引き留めておこう」

「そうしてくれると有り難いが、すぐに解決できると決まったわけでもないぞ」

「その時はその時じゃよ」


 にやりと腹黒い笑みを浮かべるマクスウェル。

 こうして俺は、再びアストの元に訪れることになったのだった。


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