12-30 次に向かうのはあの神国だ
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迷宮が――八大迷宮『名も無き王の墳墓』が崩壊を始める。俺が楔となっていた優を解放したことで名も無き王の墳墓の崩壊が始まったらしい。床や壁が大きく揺れ、崩れ落ち、崩壊していく。この迷宮を形作っていた魔素が分解し、元の黒い液体へと還元されていく。
さて、急いで脱出しないとな。
俺は優から譲り受けた竜泉の大剣をサイドアーム・アマラで持ち、舞台床に突き刺していた真紅妃を自身の手で回収する。サイドアーム・ナラカには世界樹の弓を持っているから、これで全ての手が埋まった感じだな。これだけ武器を持ち歩いてどうするんだって感じだけどさ、葉月の、ヤツの影響を受けないこれらの武器なら――ヤツとの戦いで活躍してくれるはずだ。
と、迷宮の崩壊に巻き込まれる前に急いで脱出しないとな。
迷宮が崩れた影響か、舞台の中央に下り階段の一部が見えていた。あそこから脱出だな。ただ、俺が通り抜け出来るような幅まで広がるよりも、迷宮の崩壊の方が早そうだ。
ここも、やるしかないか。
俺は竜泉の大剣を構え集中する。刃の先端まで俺の意識を乗せ、駆け巡らせる。この刃は俺自身。出来るはず――いや、出来るッ!
俺は竜泉の大剣を振るう。
下り階段を塞いでいた迷宮の壁を――迷宮の壁を作っていた魔素を斬る。
普通では壊れないはずの、再生するはずの迷宮の壁が、魔素に変換され、切断され、崩れる。さあ、これで道は出来たぞ。
俺はすぐさま《永続飛翔》スキルを使い階段を飛び降り、進む。すぐに巨大な赤竜の彫像が置かれた広間へと出た。俺は赤竜の彫像の裏にあるスイッチを踏む。
するとスキルモノリスの破片が散らばっている場所のさらに奥の壁が開き始めた。さあ、脱出だ。
俺は崩れ落下してくる迷宮の壁を避けながら《永続飛翔》スキルで、壁奥の長い上り階段を進む。やがてステンドグラスのある広間へと到着する。こちら側では崩壊は始まっていないようだ。あくまで崩壊を始めているのは八大迷宮部分って事か。葉月の中で、こういった小迷宮の扱いがどうなっているか分からないが、なんとか抜け出せたみたいだな。
俺が試練の迷宮を抜け、外に出ると14型とユエインたちが待っていた。
「マスター、お帰りなさいませ」
ああ、ただいま。って、よく俺がこちらから出てくると分かったな。まぁ、14型の謎の力が働いたんだと、そう思っておくか。
『この迷宮は……』
ユエインが言葉を飛ばす。
『ああ、この迷宮には優がいた。葉月に囚われていた優の魂は解放してきた』
『そうですか、そうですね』
狐姿のユエインが少しだけ寂しそうに微笑む。そうだよな、俺よりも、ずっと、ずっと、付き合いが長かっただろうからな。
本当は最後の時に会わせてあげたかったけどさ。
『すまない、意地にならず、一度戻って、他のルートを使ってでも、優と会えるように……』
狐姿のユエインが首を横に振る。
『彼が救われたなら、それが分かっただけでも充分ですね』
仲間……だもんな。
「よぉ、そろそろ、俺様も話していいか?」
と、そこでもう一人の人物が口を開いた。
『ファット船長まで、どうしたんだ?』
そう、ファット船長だ。そう言えば14型たちを迷宮都市まで送ったの、ファット船長だったもんな。
「お前のこいつが無理矢理……」
と、そこで14型が世界の壁槍の石突きを地面に叩きつけた。
「マスターです」
「あ、あ、ああ。ラン王に話が、な」
話? 何だろう。
「ラン王、次に向かうのは神国で間違いないんだよな?」
「思考パターンの単純なマスターの行動を予測し説明しておいたのです」
あ、ああ。確かに次は神国にある八大迷宮『空中庭園』に向かう予定だけど、どうしたんだ?
「神国に向かうなら、俺様の手助けが必要になるだろうと思って、よ」
えーっと、普通に転移スキルで飛ぼうかと思っていたけど、ネウシス号で行くってこと?
「ラン王は忘れているかもしれないが」
そこでファット船長は、その黒豹のような猫頭をガリガリと掻いていた。
「神国は普人族以外に厳しい国なんだぜ? あの女王様が、何か言っていようが、今は不在なんだろ? そこに敵対していたラン王が向かうのは不味いと思うんだけどよ」
あー、普通に忘れていた。確かに、今、セシリーがいないもんな。しかも、ついこないだまで敵対していた……確かに不味いよなぁ。
「俺様も猫人族だが、一応、交易で顔を売っている。それにネウシス号なら、直接、ラン王が行きたい場所に連れて行けると思うぜ」
うーむ、ファット船長を頼った方がいいか。
『分かった。よろしく頼む』
俺の言葉にファット船長が14型の方を見る。
「というわけで、あのとき言っていたよな? 俺様のネウシス号を直せるってよ。頼むぜ」
へ? ネウシス号、壊れているの?
『ファット船長、それは皆を迷宮都市に送った時か?』
ファット船長が大きくため息を吐く。
「ああ、その時に、そこの……いや、まぁ、無茶をしてくれてよ」
『ファット船長は大丈夫だったのか?』
「大丈夫な訳がないだろうがよ! ま、ここは優秀な回復魔法の使い手がいたからよ、なんとかなったが」
でもネウシス号は壊れているのか。うーむ。ファット船長の申し出はありがたいが、急いでいるからなぁ。そういう事情なら、やはり、当初の予定通り転移するか。
「思考能力に問題のあるマスターを補足するのです。私が、この者を、ここに連れてきた時点で分かって欲しかったのですが、修理に時間はかからないと進言するのです」
あ、はい。
と、そこで俺の横にファット船長がくる。
「なぁ、こいつ、いつも、お前にはこんな感じだけどよ。大丈夫なのか?」
う、うむ。妙に俺をディスるよね。
「聞こえているのです。これもマスターへの愛情表現なのです」
って、愛情表現なのかよ。ツンデレ演出でもしているつもりなのか。まぁ、ポンコツだもんなぁ。何か間違った知識で、そう思い込んでいるんだろうなぁ。
まぁ、とにかく、だ。
『14型、ファット船長、頼む』
さあ、次は八大迷宮『空中庭園』だな。




