軍事と民事の境目
なんか最近この話を見かけるようになったので。
軍事由来の技術を禁止にすべきだという話題がたまに出てくる。
軍需産業に加担している企業を不買しようという話にもなっている。
反原発活動家や平和活動家がTwitterやブログでそうのたまっていた。
だが、そのインターネット。軍事技術ですよ。
この世の様々なものが軍事によって発展していった。
ほぼありとあらゆる学問が軍事と関わっていると言える。
一見軍事と関わりのなさそうな歴史学や考古学だって国家のルーツを探り愛国心を高揚させるのにはとても重要である。
アーネンエルベという考古学研究機関がナチス・ドイツにはあったらしいが、これはプロパガンダ機関である。
文学も戦争英雄譚やSF文学が将来の軍人や工学者を作るのに重要になる。
日本の工学者の多くはマジンガーZ、ガンダム、エヴァンゲリオンといったロボットアニメやベリー・ローダンや戦闘妖精・雪風などのSF戦争小説に影響を受けている人が多い。例外もあるが、それでも話の種としてこれらのモノを知らないといけない部分がある。
語学は軍事作戦上必須となる。SEALsなどではフランス語で会議するとか。
医学もまた軍事的な必要性で発展していった。
X線による体内検査や様々な手術法が考案され使用された。
戦場での感染症予防のために抗生物質なども開発された。
ガンマナイフはアメリカの巡航ミサイルシステムの応用で高い精度の施術ができる。
衛生観念の革命はクリミア戦争の最前線の野戦病院から始まり、それが世界標準の礎となった。
化学合成の発展は毒ガスから樹脂、薬品と様々な用途に使われた。
ノーベル賞を取ったフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュは、ハーバー・ボッシュ合成法の発明によって火薬と窒素肥料の合成に革命を起こした。
重工業はそれこそ戦争で最も重要な工業になる。
軍用車や軍用機、軍用艦艇の技術はほぼそのまま民間向けに転用される。
高強度材料や流体力学のデータはほぼそのまま利用されている。
光学機器は測距や偵察に必須であり、かのニコンもライフル向けスコープを今も製造している。
通信技術も軍事面で重要だった。
明治維新直後に日本国内では電信網が一気に敷かれたが、これは有事の際の情報伝達のためだ。
インターネットは基本的な技術は合衆国国防総省国防高等研究計画局で提唱されたアーパネットを拡張してできたものだ。
それの民間利用がインターネット。世界中に展開する必要のあるアメリカ軍とグローバル化の進む世界各国の利害が一致したからこそできたシステムと言える。
それ以前にコンピュータの始祖達は暗号解読や核兵器の設計のために開発された。
日本においてはその点異常な事態が発生していた。民間技術のみに焦点が絞られ、軍事技術が重要視されることはなかった。
宇宙開発は一人の博士によって基礎研究が先行し、防衛庁は一ミリたりとも関与しなかった。
最近まで防衛省は宇宙の利用ができなかった。
宇宙平和利用原則の影響だ。
民間開発の弊害は機密管理にある。
コンポジット固形推進剤が軍事機密でなかったためにユーゴスラビアにカッパロケット輸出を許してしまい、ブルカンSAMに転用されたのだ。
民間技術のみで世界有数の大陸間弾道弾を製造できる日本は世界的にも特殊だ。
弾道弾の製造で軍の予算をつぎ込んで何もできない国もある中、異常ともいえる。
そう、本来軍事機密として管理されるべきものが民需品として輸出され、勝手に軍事利用されるという事態が発生している。
たとえばテクニカル。ピックアップトラックに火器を積み込んだ簡易軍用車は民間向けの製品に装甲と銃座を取り付けただけというシンプルっぷりだ。これでMBTを撃破するという事態がチャドで発生した。
このようなことを制限するために外為法があるが、十分に機能していない部分がある。
また、パナソニックのタフブックは米軍に納入されている。
正直なところ、軍事と民事の境目は無くなりつつある。
軍事に関わりない製品は存在しない。公衆衛生や栄養学すら放棄しなければならないのだ。
それこそ、縄文時代の生き方をしなければならないだろう。
平和主義者のバカさ加減というのは、底知れぬものがあるのだ。




