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 街で会った少女のことを考え、憂鬱な気持ちのまま馬車に揺られているといつの間にか城の門前に到着したようだ。御者と護衛に、帰宅の予定時刻を告げて門に入る。いつも通りの手続きを簡単に済ませると、見覚えのある男性が待機していた。


「アリシア様、王女殿下の命によりお迎えに参りました」


「まあ。マーカス様。ごきげんよう。

 先日はありがとうございました」


 王女を訪れた時の王女の私室までの案内は、普段であれば大抵王女付きの侍女─殆どがカーラ─が行うのだが、今回は近衛騎士のマーカスが命じられたようだ。


「先日は申し訳ございませんでした。

 周りが見えておらず、場に相応しくない振舞いでした」


 場に相応しくない振舞い、というのはクラウスとの言い合いのことだろうか。確かにパトリックが「側から見ると恋愛沙汰の揉め事に見えて一歩間違えば醜聞になっていた」と言っていた。しかし、生真面目そうな目の前の騎士のことだから悪気などは一切なかったことくらいわかる。アリシアは気にしていないと微笑んだ。


「わたくしは気にしておりませんわ。

 むしろ、場を収めずに帰宅してしまってこちらこそ申し訳なく思っておりましたの。


 もしかして、ローズに叱られてしまいました?」


「王女殿下からは何故かお褒めの言葉をいただきました。


 しかし、殿下の介添えをしていた侍女からは、アリシア様はお困りだったと苦言を呈されました。

 ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。」


 マーカスは、しゅんと大型犬のように項垂れた。夜会のときは堂々としていて実際よりも大きく見える体も、今は少し小さく見える。そんな姿が可笑しくて、思わずくすりと笑ってしまう。


「確かに少々驚いてしまいましたけど、気にしていませんわ。

 マーカス様はわたくしを守ろうとしてくださったのでしょう?」


 アリシアが言うと、マーカスは安心したように微笑んだ。


「あの時声をかけてきた男性……クラウス様は、兄の友人なのだけれど、きっと私が外へ出たことを咎めようと思って声をかけてきただけですわ。

 兄にも、その件で叱られてしまいましたの。

 むしろ、軽率な行動でマーカス様にもご心配をおかけして、わたくしこそ申し訳ございませんでした」


 あの時、マーカスがクラウスを警戒していたことを思い出してアリシアは付け足した。彼が変な噂を立てる人物だとは思わないけれど、クラウスが無体を働くような人間と誤解されるのはアリシアとしても心苦しい。


「そうでしたか。

 どちらにせよ、アリシア様が無事でよかったです。

 何かあったら、私に託してくださった王女殿下やパトリック殿に顔向けできませんでした」


 兄が堅物騎士と称していた通り、生真面目で愛想があまりよくないように見えるが、非常に真っすぐな人柄が判る。

 そして、あの時は口下手だと思っていたが、今こうして話してみるとそんなに話しづらくない。あの時は周りを警戒していたためか口数が非常に少なかったが、こちらの話にきちんと答えてくれるし、思ったよりも社交下手ではないようだ。

 話していると、あっという間に王女の私室にたどり着く。話している間、胸の奥に巣食っていたもやもやとした気持ちを忘れることができた。





*****





「マーカスが謝りたいというから、出迎えに送ったけれど随分打ち解けたみたいね」


 王女の私室にあるティーテーブルを前に、部屋の主ローズマリーはにやりと微笑む。付き合いの長いアリシアには、目の前の王女が何か面白がっていることがわかる。

 それを隠しもしないローズマリーに対して、アリシアはわざと少々子供っぽく怫然とした表情を作った。

 もちろん、今日も従姉妹同士の交流ということで他の侍女は下がらせ、給仕はカーラのみに任せている。


「もう! 先日の夜会のときも思ったけれど、ローズはわたくしで遊びすぎだと思うわ」


「私としては、少し焦らせるくらいのつもりだったのだけれど……予想以上に面白かったわね。


 それよりもどう? マーカスは誠実だし、案外クラウス様よりもいい男かもしれないわよ?

 伯爵家三男は、公爵令嬢が嫁ぐには心もとないけれど本人は王家に忠誠を誓っているし、若いけれど騎士としても実力があるからお父様に言えば姪のために将来授爵してくれると思うわ」


「マーカス様は忠実に職務を全うしただけなのに、そんな目で見ては失礼だわ」


 王は妹であるアリシアの母を非常に可愛がっていたので、アリシアの事も昔からよく可愛がってくれた。王妃も、結婚前から母と親しかったらしく、幼いころからとても良くしてくれていたので、冗談抜きでローズマリーとアリシアが望めば授爵くらいしてしまいそうな気はする。

 ただ、あの時も先ほどもマーカスに一切の下心のようなものは感じられなかった。純粋に、与えられた使命としてアリシアを守ろうとしてくれていたのが判る。

 アリシアも、マーカスのことを誠実な騎士だと思ったけれどそれで男性として意識するかというと、そんなことはなかった。


「失礼ってことはないと思うけれど……。

 それに、アリシアは結婚相手を探したいのではなかったの?」


「うっ……まあ、そうなんだけれど……。

 その、色々な人と話す機会があれば中には恋が芽生える人もいるかなって……」


「他の人が心にいるうちは、自然と恋なんてできっこないと思うわ。

 忘れられないなら、無理矢理にでも誰かと恋人になって、そのうちに自然と想いを風化させるしかないんじゃない?」


「まるで恋愛上級者みたいなことを言うのね」


「恋人と別れた直後に新しい恋人ができた侍女の受け売り」


 ローズマリーはパチリとウインクする。彼女はまだ婚約者はいないものの、将来王配となるべき人と結婚することが決まっているので本人に恋愛経験は当然ないのだ。おどけた様子が面白くて、アリシアは久しぶりに声を上げて笑った。


「夜会でのこと、詳しく聞きたいわ。

 私は会場での修羅場は見たけれど、アリシアたちが会場の外にいたときのことは知らないもの」


「そんな……面白い事は何もなかったわ」


「カーラだって気になるわよね?」


「アリシア様の様子を見た感じ、一切進展していないのはわかったけど何があったのかは私も聞きたいです」


 話を振られた侍女カーラは、迷うことなく王女の言葉を肯定した。本来は傍に控える身分のカーラだが、人払いをしてある今は王女の許しで給仕をしつつもお茶に同席している。キラキラとした目で見てくる似た者主従にアリシアは溜息を吐いた。


「本当に、あなたたちが楽しめるような事は何もなかったのよ。

 それに、クラウス様の想い人に今日偶然街で会ったのだけれど……。正直、敵わないって思ったわ」


 先ほどまでは思い出さないようにしていたが、可憐な少女─ユーリ・ロット嬢の事を思い出して苦いものがこみ上げる。


「“お兄さまの想い人”ってあの、夜会で踊っていたとかいう人ですか?」


 カーラの問いかけに、アリシアが頷くと、目の前の主従は興味津々で聞く体制に入った。本当は、思い出すと胸が痛くなるのだけれど、何か抱えている時は誰かに話を聞いてもらうだけでも気持ちが楽になるということを思い出し、舞踏会の庭園であったことと今日街であったことを話した。





「……うん、なんだかすべて裏目に出る感じですね」


 全てを聞いた、カーラの第一声がこれだった。アリシアだって、自分が取り巻きであることを自覚した直後からこんなに色々起こって打ちひしがれることになるとは思わなかった。それを伝えると、言った本人であるカーラは首を横に振る。


「でも、なんでそれが“敵わない”ことになるの?

 クラウス様がロット嬢を助けたから?」


「その時も、ピンチに駆けつけるヒーローのようだったけれど……。

 何よりも今日、窃盗犯に立ち向かった彼女を見て思ったの。


 わたくしは怖くて身が竦むだけだったけれど、彼女は行動できた。

 そういう強さにクラウス様も惹かれたのかなって」


「その時のアリシアの行動は身を守るのが正解よ。貴女が下手に飛び出て怪我でもしたら、一緒にいた護衛がお咎めを受けるのだから。


 強い女性が好きなら最初から女騎士と付き合いなさいって話でしょう」


 ローズマリーは身も蓋もないことを言う。それでも、ユーリ・ロット嬢と自分の行動の違いに自信をなくしていた自分を慰めようとしていることがわかったので、アリシアは心が温かくなった。


「そんなポッと出の令嬢、私が兄さまの相手として認めないから安心してください!」


 更に、元気づけようとするようにカーラが自身の胸を叩いて宣言する。その一言で、アリシアはカーラと初めて出会った時のことを思い出した。


「……噴水に突き落としちゃう? ふふ」


「あ、アリシア! そんな昔のこと引き合いに出さないでよ!」


 侍女になってから、どんなに砕けても様付けと敬語はかろうじて通してきたカーラが慌てたように昔の口調に戻った。彼女は子供の頃の失態を思い出したのか顔を赤くしている。




*****




 アリシアとカーラが初めて出会ったのは、まだカーラが伯爵家に引き取られる前……市井で暮らしていた頃だった。当時、異母妹の存在を知ったクラウスは、いずれ伯爵家で引き取るために度々市井に降りて兄妹としての交流をとっていた。


 母子のみで清貧な暮らしをしていたカーラにとって、クラウスは面倒見がよく、貴族なのに気取ったところのない素敵な兄だった。アリシアと接することで年下の少女との交流に慣れていたクラウスは、あっという間に妹の心をつかんだ。


 少々お転婆がすぎるところがあったけれど、アリシアと年も近く明るい妹が良い友人になればと思い、クラウスは公爵邸にカーラを連れていったのだ。


 カーラにとって、公爵邸での出来事は衝撃だった。庶民では見たことすらないような豪華な屋敷が、ではない。最近できた憧れの兄が、アリシアを抱きしめたり頭を撫でたりする姿が衝撃だったのだ。

 邸の庭を歩くアリシアに近寄ると、自分でも不思議なくらい思い切った行動に出てしまった。


「私の兄さまを取らないで!」


 ちょっと小突いたつもりだった。それでも、市井で走り回って過ごしたカーラと本を読むのが好きだったインドア派のアリシア。さらに、カーラの方が2歳上だったことやアリシアの運動神経があまり良くないことが災いして、よろけたアリシアはそのまま噴水の中に落ちて尻もちをついてしまった。


 水に濡れたまま、何があったのか一瞬理解できずアリシアは目をぱちぱちと瞬かせた。つき飛ばしたカーラも、まさか噴水に落ちるとは思わずに動揺する。

 当のアリシアは驚きはしたけれど、踝くらいの浅い噴水だったし、季節が夏だったこともあったので特に怒りは湧かなかった。

 すぐさま飛んできたクラウスに拳骨を落とされて、大泣きしながら謝るカーラを見ていると、逆に可笑しくなって笑みがこぼれてしまった位だ。


「ふふ、大丈夫ですわ。わたくしだって、お兄さまがご令嬢と仲良くしているとちょっと妬いてしまいますもの。


 でも、わたくしもクラウスさまの事が大好きなの。だから、仲良くすることを許してくださると嬉しいですわ」


 当時、まだ恋がどんな気持ちか知らなかったアリシアは、無邪気にクラウスを大好きと言うことができた。

 年下の少女を衝動的に突き飛ばしてしまったことや兄から受けた拳骨で混乱したカーラは、アリシアの言葉にコクコクと頷く。


「それに、あなたとも仲良くなりたいですわ。

 あなたのことも、きっと大好きになる気がします」


 それが、アリシアとカーラが仲良くなる切っ掛けだった。生粋の公爵令嬢と最近まで市井暮らしだった伯爵令嬢、身分は違うけれど、その日から交流を深めて、親友になるのにそう時間はかからなかった。





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