プロローグ
広間を煌々と照らす照明に、王都随一の楽団が奏でる管楽器の音色。社交シーズンの今、毎晩どこかしらの家で開催されている夜会のひとつ。なんの変哲もない、いつもの風景の筈だった。
「クラウス様のお知り合い?」
「ああ、先日街でちょっとね。
驚いたな、あの時の子猫ちゃんがまさか貴族だったなんて」
クラウスと呼ばれた美丈夫と、その男の腕に豊満な体を押し付けるようにしなだれかかる美女。クラウスの傍には、更に3人の女性が寵を争うように控えていた。彼らの前には小動物を思わせる可憐さの中にも意思の強さがこもった瞳の美少女がいる。
「私だって驚きました。
あの時の失礼な男性がまさか貴族だったなんて!」
言い切った少女は、口をとがらせてぷいとそっぽを向く。歯に衣着せぬ物言いに、クラウスの傍にいる女性たちは目を瞬かせて驚愕と、不躾な態度に対する少しの侮蔑を表情に乗せた。
「まぁ。クラウス様に対して無礼ではなくて?」
「デビュー間もない少女の発言に目くじら立てていたらきりがないよ。
ほら、時間は有限だ。あちらで話の続きをしよう。
じゃぁね子猫ちゃん。よい夜を」
クラウスはくすりと笑いながら傍らの女性たちを誘導する。する人が違えば眉を顰められるような気障な仕草やセリフも、端正な顔立ちのおかげで様になっていた。
なんてことのない、いつもの光景を、クラウスの傍にいた令嬢の一人は茫然とした気持ちで見ていた。
──なんてこと……私、完全なる脇役だわ。
アリシア・クリスフォード。浮名を流す美丈夫の取り巻きAが覚醒した瞬間だった。
*****
「茫然としたまま帰ってきたと聞いたから、乱暴でもされたのかと思って心配していたのに、そんなくだらないこと?」
アリシアは昼近くまで寝ていた兄のパトリックが起きるのを待ち捕まえて、自宅のラウンジで一気に心の内を語ると、つまらなそうに欠伸をされた。眠そうな様子を隠しもせずに、ソファにだらしなく座る兄の姿に心配していた様子が一切見られずアリシアは内心憤慨する。
「くだらないことではありませんわ!
取り巻きを侍らせる貴公子と、可憐で芯のある美少女……まるでロマンス小説の中に飛び込んだかと思いましたの……」
「え?まさかクラウスの奴はその子を口説きでもしたの?」
「そんな急展開ではなかったのですが……どこからどう見てもお似合いでしたの……。
それに引き換えわたくしなんて……名もなき取り巻きA! ラブストーリーの添え物にもならないようなつまらない女ですわ……!」
顔を覆って嘆く妹の姿を、パトリックは呆れた目で見つめる。日頃から恋愛小説や冒険小説を好む少々夢見がちな妹は、少々思い込みが激しい。行動力と身分が無駄にあるだけに、時々度肝を抜かされる。
デビューした直後から、公爵家の令嬢でありながら、伯爵であるクラウスの取り巻きになっていたときも驚いたが、また突拍子もないことを言い出すのではないかとついさぐるような目で見てしまう。
「あの瞬間に目が覚めましたの……。
このままクラウス様の取り巻きの一人でいても、わたくしは幸せにはなりませんわ……」
「……公爵家から婚約の打診をしたいと?」
「まさか!
家が決めた婚約者だなんて取り巻きAから噛ませ犬になってしまうだけですわ……!
わたくし、人の恋路のスパイスになるなんて耐えられません……!」
「えぇ……」
そろそろ妹の小説趣味を改めさせるべきかと思わず半眼になる。国が安定している昨今、親同士で決められた政略結婚は昔よりは減っているらしいが、全く珍しいことではないし、自分で伴侶を見つける者たちであっても、それなりに見合った身分で縁を結ぶのが大半だ。
まさか政略結婚が他人の恋路のスパイスとは、この妹にはもう少し貴族の現実をわからせる教育を厳しくするべきだったのではないだろうか。
そんなことを思索していると、アリシアはパッと顔を上げてパトリックに懇願の目を向けた。
「わたくし、取り巻き辞めます!
だからお兄さま、結婚相手を探すサポートをしてくださいまし!」




