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明治逢戀帖  作者:
第二章 東京ノ一日
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 こんな夢を見た。

 真っ暗な中で千紗は立ち竦んでいる。

 いや、立ち竦んでいるのかもわからない。とにかくただ一面真っ暗で、そこでは足元どころか手の指すら見えず千紗はその場にただ存在している。

 手や足を動かそうとは思わなかった。動かしてみよう、などとそんなおこがましいことも考えなかった。

 首に柔らかいものが巻き付いている。

 巻き付いた柔らかいものはそのまま胸の下を滑り、柔らかなカーブを描いている。見えているわけじゃない。それなのになんとなく「そうなのだ」と思う。

 柔らかいものはただ真っ暗な先に吸い込まれている。真っ暗な先には何があるのか。考えなかった。

 巻き付いた柔らかいものをついと引く。

 手を動かしたわけでもないのに、首の柔らかいものは僅かに千紗の首に強く巻き付く。あまり締めていないにも係らず千紗は苦しいなと思った。


 ついと引くと、二度ついついと返ってきた。

 もう一度ついと引くと、もう二度と返ってこなかった。


 きっともう向こうには誰もいないのだな、と思う。

 誰もいないと思うとほっとする反面、さみしいと思った。誰でもいいからいてくれたら、とも思った。

 だから待っていた。


 待っていると、次は声が聞こえてきた。

「死んでしまえばいいのに」

 女の声だった。

 呪い殺しそうなほどの激情を含ませるわけではなく、かといって嘆き悲しむほどには悲嘆しているわけでもない。

 淡々と、ただ淡々と声が聞こえてくる。

「のたれ死んでしまえばいいのに」

 ささやく声か、呟く声か。

 小さな声なのに大きな声に聞こえた。

 ぎりぎりと千紗の柔らかいものが締まっていく。柔らかいものは真っ暗な闇の向こうに引き摺られて紡がれて、次第に紐になり、首を絞めつける糸になる。

 苦しい。

 苦しい。

 それなのに暗闇の向こうに誰かがいてくれることをうれしいと思う。

「いなくなってしまえばいいのに」

 千紗の胸をえぐる声。

 えぐり取られる痛みは感じずに、千紗は「そうだ」と思っていた。


 声のように淡々と思う。


 ―――――――――――――嗚呼、いっそのこと死んでしまいたい。


 目が覚めた。

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