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明治逢戀帖  作者:
第八章 綴ラレタ未来
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「猫先生へ。

 今日の空も凄く蒼く、とても綺麗です。下谷に続く空はいつも綺麗ね。先生の住む本郷の空は如何かしら。

 十八の誕生日まで半年を切って、あとどれくらい此の愛おしい空を見上げることが出来るのかしらね。なるべく多くの空を見上げたいと思って居るけれど、一寸難しいと思って居ます。

 色々と迷惑をかけた私だったけれど、猫先生には良い生徒で居られたのでしょうか。いつも勉強を嫌がって困った生徒だったのかしら。

 先生と出会って、只生きて居るだけだった私の命は意味を持ちました。凄く、とても沢山感謝しているの。あの日、桜並木の中で、猫先生を見つけることが出来て良かった。

 竹の先生は先にお空へ行って仕舞って、屹度猫先生は悲しみに暮れて居たのでしょう。心の弱い猫先生のことだから、命を自ら断つことも考えたのだと思うのよ。

 小さいけれど私の存在はせめて猫先生の生きる意味になったかしら。私が居ることで少しでも生きて居て良かったと思って呉れたかしら。私に逢えて良かったと思って呉れたかしら。

 沢山色んなことが有りましたね。猫先生を困らせたり怒らせたり、とても楽しかった。

 十八で此の命が無くなることを私はずっと本当は恐れて来たのに、猫先生と逢って其れすら嬉しいと思えたのです。最後に愛することが出来た人が猫先生で良かった。

 先に逝く我が儘を赦して下さいね。猫先生に手紙を出す勇気を持てない伊沙子を赦して下さいね。私が逝く時に猫先生には何故か傍に居て欲しくは無かったのです。泣いて欲しくは無かったのです。

 遠いお空の何処か下に、如何か伊沙子が生きて居ると思って下さいまし。猫先生の知らない何処かで、伊沙子が生きて居ると思って呉れて居れば其れで良いの。何処かで勝手に誰かと幸せで居るのだと、思って呉れるだけで良いのです。

 泣き虫の猫先生、弱虫の猫先生。直ぐ自分のお部屋に閉じ籠って、都合の悪いことにお耳を塞いでまるで下谷の子供みたいな猫先生。

 猫先生は頭が良いのだから、伊沙子が言わずとも屹度分かっていらっしゃる筈でしょう。

 猫先生、教壇に立って下さいませね。何も大学に戻れと云って居るわけでは有りません。先生のお話を待って居る子供たちが沢山居るのです。猫先生の御勉強は小難しくて大変だけれど、伊沙子のように生きる意味にもなるのです。悲しくて苦しいことが有っても、負けないような子供たちにして下さいませね。

 生きて生きて、格好悪く足掻いて下さいませ。ただ必死に生きて下さいませ。

 ずっと伊沙子は猫先生を陰ながら想って居ります。猫先生の見えない場所でも、ずっとずっと想って居ります。


      小石川の空の下より  桂木 伊沙子」




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