第三話 特級巫女が本気出したら 1 容疑者宅に踏み込んだら
馬車が動き出すと、俺は尾行を始めた。やっと冷えきった身体を動かせる。しばらく尾行したところで、俺はニャコに話しかけた。
“そろそろ尾行をやめて、女の子は遠視で見ていてくれ。多分、もうすぐ花屋の馬車と合流する”
そう言ってしばらくした後、予想通り馬車は向うから歩いてくる少女と合流した。深夜に寝間着で外を歩いてる少女は、やはり普通ではない。俺はニャコに伝えた。
“遠視をとめてくれ、奴に気付かれる”
馬車が少女の傍で止まると、ダグが降りてきて少女の手をとった。そのまま馬車に乗せると、馬車はUターンして再び走り出す。俺が身を隠した場所を通り過ぎると、馬車は走り去っていった。
“キィ、どうしたらいいの?”
“あの子の遠視を止めたところへ俺が行く。そこから今度は俺を遠視して、距離をとってついてきてくれ。奴の馬車に気付かれないように、充分な距離をとるんだ”
“わかった、シイちゃんにそう言う”
俺は走り出し、少女が馬車に乗った場所まで来た。
“俺を見つけたか?”
“見つけたよ、見てる”
よし、と頷くと、すぐさま踵を返して走り出した。花屋の馬車は先の方まで行っている。夜闇の向うに、ようやくその姿が見えた。
馬車は見失うほどの速さではないが、こちらもほぼ全速力だ。馬車は街を抜け、郊外の田舎の方へと走っていく。石畳の道路がなくなると、馬車は速度をあげた。
俺は全速力で走った。
息が上がる。胸が苦しい。これくらいの長距離走、俺にはなんでもなかったはずだ。警察学校時代には、数10キロの長距離走をやらされた。俺はそれをこなせるだけの充分な体力があったはずだ――が、17くらいの小僧の身体に戻ってる今は、これがキツい。
“キィ、大丈夫? 苦しそうだよ”
“大丈夫だ、問題ない”
走りながら、ニャコの念話に応える。
“少し休んで、ニャコらと合流した方がいいよ。馬車は遠視で追う”
“駄目だ!”
俺の強い言葉に、ニャコが黙った。
“遠視で奴を追って気づかれたら、奴に逃げられる。今、奴を逮捕しないと――新たな犠牲者が出る”
“わ、わかった”
馬車が小さくなる。俺は歯を食いしばって、さらに速度を上げた。
走れ。走れ、俺。走らなければ――誰も救えない。
やがて街道から外れた場所に、馬車は向かった。畑が広がる田園地帯だ。そこに小さな小屋があり、辺りには他の住居はない。そこに馬車が横付けしてあった。
“馬車を見つけた。遠視を止めて近づいてくれ”
“キィは?”
“様子を伺う”
俺は小屋から離れた場所に立ち止まると、慎重に息を整えた。心臓が爆発するかと思うほどだったが、呼吸を整えないと気配を消せない。少しして呼吸を整えた俺は、慎重に小屋へと接近した。
窓には灯りがともっている。カーテンがひかれていて、室内は見えない。玄関の扉には、鍵がかかっていた。
俺は異能の鍵を取り出す。光り出した掌に、小さな鍵が出てきた。音を立てないように、玄関の扉を開く。
前室には人はいない。奥の部屋のドアの隙間から明りが洩れていて人の気配がある。俺は左手の小指につけた火球の指輪を構えながら、音を立てないように近づく。と、そっとドアの隙間から覗いた。
主室に、花屋のダグがいた。部屋の中央に立ち、両手を掲げている。その両手が握っているのは――全裸の少女の首だ。
ダグは凶悪な笑みを浮かべ、苦悶する少女の顔を見ている。少女の顔色が変わり始めている。躊躇している時間はなかった。
「やめろっ!」
俺は部屋に飛び込んだ。ダグが驚きの目で俺を見る。火球を撃っては少女にあたる。俺は猛スピードで接近すると、ダグの脇腹に前蹴りをいれた。
「がぁっ」
ダグが俺の前蹴りで吹っ飛んで、ソファの裏側に落ちる。俺は崩れ落ちた少女の、肩を支えた。少女が苦しそうにせき込む。
「え……なに? ここ、何処――」
少女が我に返った表情で辺りを見回し、自分の姿に気付いて胸を隠す。俺はスーツのジャケットを脱いで少女にかけると、少女を立たせて叫んだ。
「ドアを出て、早くこの家から逃げろ! 出たら右に曲がれ、馬車が来るから、それに乗れ!」
「え、ええ?」
「速く!」
俺は少女を外に押し出す。その間に、ソファの陰からダグが立ち上がった。
「てめぇ……何しやがんだ? 誰だ、てめぇは?」




