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エピローグ 異世界でも刑事になったら

 ベーコンエッグを作る俺を、隣でシャルナが覗き込む。


「本当に、お兄ちゃんが料理作ってる……。嘘みたい」

「簡単なものだけだがな。しかし最近は毎日だ、少し料理のレパートリーを増やさないとな」


 俺はベーコンエッグを崩さないようにさらに取り分ける。ベーコンを前もって炒めて、こっちはカリカリに。目玉焼きの方は、黄身が半熟になるくらいがいい。これを壊さずに取り分けるのが、一番神経を注ぐところだ。


「よし、持って行ってくれ」

「うん。美味しそう!」


 シャルナが笑った。

 俺も、微笑み返す。と、それを見ていたニャコが、テーブルについたまま口を開いた。


「キィも、笑うんだね。笑い方忘れてんのかと思ってたよ」

「そうか? 俺は毎日、ニャコが愉快すぎて笑ってると思ってたが」


 俺はニャコの前にベーコンエッグの皿を置きながら、そう言ってやった。


「愉快ってなんだよ!」

「面白い、という意味だ」


「言葉の意味訊いてんじゃないよ! それくらい、ニャコだって知ってるよ!」

「まあ、もういいから朝御飯にしようよ。美味しそう、いただきまあす」


 シイファは俺とニャコに構わず、炙ったバゲットにバターを塗ると口にした。ベーコンをフォークでつまむ。


「ん~、美味しい!」

「……ほんと、美味しいわ。お兄ちゃんが料理するなんて、意外すぎる……」


 シャルナは目玉焼きを食べながら、そう口にした。

 ゼグラを倒した後、俺はそのまま昏倒した。そして三日間、寝ていたらしい。鍵の(キー・ソード)は、俺が思ってた以上に負担が大きいものなのだろう。


 俺を目覚めさせるため、また心に潜る必要があるかと慌てたらしいが、ニャコの調べでは心に閉じこもってるわけじゃなく、ただの疲労だという事で、俺は寝かされていたようだ。



 そして昨日、目覚めた俺は、ロイナートの処に出向いて事の顛末を聞いた。


「まずはご苦労だった、と言っておこう、ディモン」


 ロイナートは静かな顔で、俺にそう言った。


「ゼグラはどうなったんだ?」

「それなんだが……」 


 ロイナートは少し表情を曇らせた。


「どうかしたのか?」

「うむ。…実は既に処刑された」

「なに!」


 さすがの俺も驚いた。逮捕して三日しか経ってないのに、処刑とは。さすが中世まがいの世界だ。


「そんなに急にできるものなのか?」

「ラルド王子が強固に主張してな。『王家を狙い、王都を爆破した邪神教団の指導者を、長々と生かすわけにはいかない』と。それで公開処刑にされた」


 俺は思わず、眉根を寄せた。

 ラルド王子、というのはレムルス王子の兄にあたる第二王子だ。だが長子のクリスタ王子とレムルス王子とは異母兄弟にあたる。


「……証拠隠滅か」

「可能性はある。ラルド王子派の貴族たちには色々とよくない噂が多い。その辺は、ヒュリアルにも調べさせるつもりだが」


 俺はロイナートに訊ねた。


「ゼグラがゼブリアット枢機卿だったことは?」

「それはお前の証言でしか確認できない。確認できない事は、公表されない」


 ロイナートは表情を崩さずにそう言った。

 隠蔽か。公表すれば教会の権威は失墜するだろう。それに連動して、王家の権威も失墜する可能性もある。そう考えれば、公表しない理由も判らないではない。――俺の好みではないが。


 厳しい顔の俺を見てか、ロイナートが、言葉を続けた。


「教会の方からはゼブリアット枢機卿が辞任したと報告を受けている。そして新しい枢機卿の選出会議に、三王子と――私も参加する予定だ」


 ……こいつ、喰えない奴だ。無論、新しい枢機卿が邪神教団の信者であったりしたら問題がある。から、ロイナートが選出に眼を光らせるのは当然だろう。


 しかし、この事件を通して、王都警護隊は教会、そして貴族にも大きく影響力を持つことになった。

 厳粛そのものような顔をして、したたかな男だ。だが、こういう奴が野心を持ったなら――危険かもしれない。


「大した奴だな、あんたは」

「……お前ほどではない」


 ロイナートは面白くもなさそうに、そう口にした。


「お前は一人で、王都を守った。公表することはできないが、王都の民を代表して礼を言おう。…感謝する」


 ロイナートは、少しだけ目を伏せた。

 ふ、と俺は息を洩らした。俺は…重要なことを忘れていた。


 このクソ堅物が、野心など持つはずもない。

 この男は――誰よりもリュート・ライアンを尊敬した男なのだ。

 緊張が解けて、俺はロイナートに問うてみた。


「そもそもだが、何故、教団はレムルス王子を狙っていたんだ?」


 俺の問いに、ロイナートは冷厳な表情を崩さなかった。


「それは私の口からは話せない。スターチ家の令嬢にでも聞くことだな」


 ふむ。あくまで警護隊総隊長としては、政治的立場を作らない、というポジションか。ロイナートらしいが。


「それとは別の話だが……シャルナはどうなる?」

「お前の妹か。本来なら教団の一味の一人だから、監獄行きだが」

「シャルナは直接には犯罪的な行為を行っていない」


 俺の言葉に、ロイナートはじっと俺を凝視した。


「確かに逮捕した信者たちの話からも裏はとれている」

「まだ未成年――いや、子供だ。罰を免除されないものか?」


「シャルナは最終的な教団の逮捕に協力した。それを持って特赦とするよう、レムルス王子に頼んでみるが――条件がある」

「なんだ?」


「保護観察人が必要だ。二度と道を踏み外さないための、監視役がな。……まあ、そういう決着でよかろう」

「恩に着る、ロイナート」


 俺がそう言うと、気のせいかロイナートの口が僅かに緩んだ気がした。こいつの笑い顔は、そう言えば見たことがない。



 そんな事があり、シャルナはニャコの教会に一緒に暮らすことになったのだった。


「ところでシイファ、レムルス王子は何故、教団に狙われていたんだ?」


 俺はバゲットをちぎり、卵の黄身をつけて口に入れた。


「レムルス王子は改革派だからねー」

「どういう改革をしようとしてるんだ?」


 シイファがサラダを口にする。


「ラウニードを統一国家にするのが王子の主張なの。一番大きいのは、貴族の私的軍隊保有を廃止すること」

「つまりそれは、『国の軍隊』だけになる、という事だな?」


「そう。今は領主や貴族たちが、それぞれの軍を持ってる。けど、それでは大事の時に、統制された動きができない。帝国をはじめとして、隣国はもっと規模の大きな統制のとれた軍隊を保有していて、このままでは国の弱体化を免れない――というのが理由よ」


 俺はシイファの話を聞いて、少し納得がいった。


「しかし貴族から軍隊を取り上げるのは、貴族の特権をはく奪するも同然だ。相当に抵抗があることだろう。見方によればそれは、王家の独裁ととられかねない」


「王子は、政事は九賢候会議をもっと拡大した、貴族院会議で決定することにすると言ってる。王家の権限も縮小し、貴族の参政権はもっと上がると主張してるんだけど――なかなか伝わらないみたい。ラルド王子は明確に反対していて、それを支援してる貴族が一つの勢力になってるの。長子のクリスタ王子派は、今のところ静観中。クリスタ王子が王位を継承した時、どれだけ権限拡大につながるかを見極めようとしてる」


 俺は少し、ため息をついた。


「なるほど……。しかし貴族の特権を残して領地で好き勝手できる事が、教団のような勢力の隠れ蓑になってたわけだな。それでレムルス王子の改革案は、些細なものでも邪魔になったわけか」


 俺は納得した。と、ニャコが声をあげる。


「ね、どう思うシャルちゃん? この二人ね、朝からこんな話ばっかすんだよ?」

「ちょっと、美味しい食事の魅力が半減しますね」


「そうでしょ! よかったあ、シャルちゃん良い子だねえ。ロックもそう思うよね」

「わふ」


 ロックは喰うのに忙しいらしく、適当に答えている。

 と、シャルナが思いついたように、口を開いた。


「ところで……お兄ちゃんは、どっちとつきあってるの?」


 コーヒーを飲みかけていたシイファがむせる。


「ななな、何よ急に!」

「いや、どっちともつきあってないぞ」


「え? つきあってもいないのに、一緒に住んでるの? 一体、どういう関係?」

「それは……話すと長い事だが――」


「まあ、みんなニャコの家族みたいなもんだね! ニャコは一家の主だから!」


 ニャコがそう言って胸を張った。こいつ、大丈夫か。が、俺はふと気づいて、ニャコに指摘した。


「おい、お前、口の端にジャムついてるぞ」

「え? えぇ? ほんと?」


 慌てたニャコが口を拭こうとした時、礼拝堂の方から大声がした。


「キィの兄貴ぃぃぃ!」


 あのダミ声、ガモフだ。

 俺たちは食事を中断して、礼拝堂に赴いた。


 予想にたがわず、ヒゲ面のガモフが立っている。


「朝っぱらからどうした、ガモフ?」

「大変なんですよ、兄貴! カミルの奴が殺されまして! …いや、それがね、カミルは冒険者として結構、名の知れた奴でして」


「犯人が判らない、と」

「いや、殺した方法も不明なんですよ!」


 意気込むガモフを見て、俺はため息をついた。


「……判った、行こう。場所は何処だ?」

「ありがとうございます! 三番通りの空き地でして」


 三番通りか、中央広場からの方が近いな。

 俺はシャルナに言った。


「シャルナ、中央広場にゲートを作ってもらえるか?」

「いいけど……今からいくの?」


 シャルナの問いに、俺は答えた。


「俺は刑事だからな」

「わかった」


 シャルナは苦笑すると、ゲートを作る。その様子に、ガモフが驚きを見せた。


「あ、兄貴、こりゃなんですかい?」

「お前も一緒に来い。……ニャコ、シイファ、一緒に来てくれるか?」


 俺は二人を見た。二人は腰に手をあてる。


「まあ、霊から何か聞けるかもしれないし」

「未知の魔法かもしれないし――あたしたちが行かないと、ダメなんでしょ?」


 ニャコとシイファは、揃って微笑を浮かべている。


「よし、行くか」


 俺たちはそう言うと、ゲートをくぐった。


 異世界でも事件に終わりはなく、捜査は休む時を知らない。

 だがそれも仕方ないだろう。俺はこの異世界でも、刑事になったのだから。事件が俺を呼んでいる。

 俺は魔導刑事――キィ・ディモンだ。



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