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第38話 不死身の敵、三十分で倒せって!?

「ぼ、ボクが切り札……ですか?」


 呼び出されて執務室にやって来るなり、シオンは自分を指差して苦笑い。


 自己評価低くない?

 あたしが【フォストリエ】の味方キャラでティア表作ったら、シオンはかなり上位に食い込む最強キャラだと思うんだけど。


「すみません。ボクじゃ、ご期待に沿えないと思います……」


 みんなに注目されて、シオンは小さく呟きながら俯いた。

 儀式の失敗が相当響いているみたいで、組んだ指先が震えている。


 そんなシオンを元気づけるのは、呼びつけたあたしの役目。


 シオンには自信を持ってもらわなきゃ困るんだよ。


 だからあたしは、落ち込むシオンにそっと近付いて、両肩に手を置いた。


「儀式失敗の責任は、敵を止められなかったあたしらが全部背負ったから。だからシオンは気にしないで」


 なんて……他人を慰めるのは得意じゃないから、あたしはそんな当たり障りのない言葉しか投げかけてあげられない。


 とはいえシオンがいないと作戦が成り立たないから、強引に進める。


「まぁ聞きなよ。シオンにはね、あたしたちを【偽装】で隠してもらいたいんだ」

「偽装……だと?」


 アルミリアが眉をひそめながら首を傾げる。


 まぁ、そりゃ知らないよね。

 あたし程度が思いつく作戦なんだ。シオンのスキルのちょっと特殊な使い方を知っていたら、こうして悩んでいる時間なんてそもそもなかったはず。


 なんか、みんなより一個上の視点に立ったみたい。

 それがちょっとだけ嬉しくて、あたしは振り返りながらシオンの背後に回って、また両肩にそっと触れてにっ、と笑う。


「そう。聖都の外壁にかけていた【偽装】の術式。あれ、実は人間も対象なんだよ!」

「何故君がそれを?」

「未来で見たから!」


 こうなれば、もう隠したりなんてしない。


「シオンの【偽装】は、魔力による探知を無力化する情報戦最強の盾なんだよ。これであたしら全員を隠せば、気付かれることなく敵の要塞に忍び込める!」

「……うん。忍び込むだけならそれで良さそう」


 最初に動いたのはノアだった。

 端末を操作していた指先を止めて、氷みたいに冷たい目であたしを見る。


「偽装は魔力探知しか無効化できない。視認されないように忍び込む手段は?」

「ノアの使い魔で空から侵入、とかどうかな?」

「君には話してないはずなのに、そこまで知ってるんだ」

「えへへ」

「褒めてない」


 自分の眉間を摘まみながら、ノアが深いため息を一つ。


 この世界じゃまだ見たことはないけど、その反応からしてノアの使い魔はあたしの知識通り、大型の鳥だ。

 魔竜の時はノアと視界を共有して上空から偵察してくれたんだよね。ほんと感謝、マジありがと。


「潜入は理に適っている」


 シリウスが腕を組んだまま、短く言う。


「正面突破よりは遥かにマシだ。犠牲も最小限に抑えられるだろう」

「でしょ!」


 勢いで返したら、ノアが呆れてまたため息をついた。


「じゃあ、そこに最大戦力を割く? 悪手だよ。失敗すれば全部終わる」

「でも、どのみち真正面から受け止めるなんてムリじゃん」

「それに……潜入して相手の指揮官―――ストルミオスを奇襲で倒せたとしても、それで三千の帝国兵が止まるわけじゃない」

「ぐぬぬ……」


 さすがノア。的確にあたしの作戦の穴を突いてくる。


「いや、その心配はいらない」


 でもそんなあたしに、アルミリアが手を貸してくれた。


「私はこの目で見た。我が父、雷帝ストルミオスは、核と融合した番人ガーディアンだ」

「は?」

「なんだって!?」


 番人ガーディアン―――それは、深淵領域アビスの核からのエネルギー供給を受け、核を破壊しない限り再生を続ける特殊な魔物。


 言ってしまえば、エリアボスのようなもの。


 ただみんなが驚いたのは、きっとそれだけじゃない。

 ガーディアンと核の融合が、あまりにも無法だったからだ。


 いや、マジで無法なんすよ。みんな知らないと思うけどさ、魔竜の時もそうなりかけてたんすよ。


 そんなあたしらの疑問に答えながら、アルミリアは一歩前に出る。


「十年前、ストルミオスが率いた帝国軍は深淵の波に敗北した。無限に出現する敵の前には、いくら三千の帝国兵といえど敵わない。私はその戦いの生き残りであり、皆の最期を見届けた」


 アルミリアは胸の前で左手を握り締め、続ける。


「ストルミオスは決して減らない無限の敵を前に、自らが魔物と化すことで抗おうとした。いや―――抗った。抗い、核をいくつも喰らうことで人である自分と引き換えに不死身の肉体を手に入れ、今も終わらぬ闘争を続けている。故に、父を討てば領域は消滅し、三千の帝国兵は共に消える……はずだ」


 ―――はず。

 あのアルミリアが断定できないのは、どういう意図があったのかあたしにはわからない。


 押し寄せる現実が認められなかったのか。

 それとも、自分が見たものに自信がなかったのか。


 一個だけわかることがあるなら、アルミリアが語った内容は、あたしのゲーム知識と同じってこと。


 十年前、ストルミオスは魔物になって、自分が治めたフォストリエの東部に出現した核を全て取り込んだ。

 ストルミオスを倒せば、以前ヴァールゾルグが統治していた範囲のアビスが全て消滅して、解放される……はず。


 断定できないのは、あたしの知識と乖離している展開をいくつも経験しているから。

 とはいえそれに縋らないと、今は希望を持つことすらできない。


「……なら、ストルミオスを倒せば、四戦神以外の帝国兵は問題ない。ディメナ以外の魔物は、深淵領域アビスが消えれば一緒に消えるし」


 ノアが端末を操作しながら、さらっと言った。

 そう、三千の帝国兵はさほど重要な問題じゃない。


「問題は……四戦神、ですね」


 そう呟いて、リーネはごくり、と息を呑んだ。


 そう。

 三千の兵士は、核が消えれば勝手に消滅する。

 でも―――あの四体は違う。


 メルクリウス。マルス。ウェヌス。ユピテル。

 あいつらは核の供給に頼らなくても動ける、独立した怪物だ。


「ディメナはアビスであり、人だ。領域が消失したところで、奴らが消滅することはないだろう」


 もうすっかり調子を取り戻したアルミリアが、淡々と言った。

 映像の上に、いつの間に撮影していた四戦神たちの顔が表示される。


 手が込んでんな……わかりやすいから、ありがたいけど。


「つまり、潜入が成功してストルミオスを落としたとしても―――」


 シリウスが短く言い放ち、結論を出す。


「四戦神は個別で撃破しなければならない、ということだね」

「そういうことになる。少なくとも、ぼくたちがこれまで経験したディメナの性質通りなら」

「要塞内部で妨害を受けるのは確実だろう。そうなれば、ストルミオスよりも優先して奴らを撃破する必要がある。合流されたら厄介だ」

「妨害は受ける前提。それよりも―――」


 ノアが頷いて、ため息を一つ。


「シオンの偽装は、本当にできるの?」


 疑念に満ちたノアの視線が、シオンを射抜く。

 シオンは苦笑いを浮かべながら視線を逸らし、ぼそり、と呟くように言った。


「……できます」


 小さな声だったのに、不思議とよく通った。

 まるで自分に言い聞かせるみたいに、シオンはもう一度頷く。


「元々、指定した範囲に及ぶ術式なので、魔力による探知を遮ること自体は可能です」


 ノアが右目の魔眼を使いながら、シオンに視線を向ける。


「人数は?」

「ボクの魔力だと七人が限度です……」

「維持できる時間は?」

「人数が増えると、それだけ時間も減ります」


 ノアはこの部屋にいるセナリア以外の全員を順番に見る。


「五人」

「それだと、一時間ほど……」


 シリウスが腕を組んだまま短く呟く。


「それで十分だね」

「問題は潜入自体ではなく、むしろその外。三千の侵攻を一体どれだけ凌げるかだ」


 アルミリアが顎に手を当て気難しい顔をしていると、セナリアがそっと手を挙げる。


「カテドラルも全面的に協力します。神官全員の魔力をシオン様に供給し、防壁を築き、敵の侵攻を防ぎましょう」


 その言葉に、シオンの喉が小さく鳴った。

 指先の震えが、さっきより少しだけ強くなる。


「どちらにせよ。鍵はシオン、ということか」


 アルミリアがシオンを見て、ふっ、と笑った。


「が、がが、頑張ります……」


 それを受けて、シオンは腹を手で押さえながら「あはは」と苦笑する。


 わかるよ。期待されるのきっついよね。胃痛枠のお仲間ができてあたしは嬉しいけど、なんか複雑だ。


「じゃ、まとめるよ」


 ノアが端末を指で弾くみたいに操作して、作戦の内容を説明する。

 立体映像の上に、青い点が五つ浮かび上がった。


「潜入は五人。カノン、リーネフォルテ、アルミリア、シリウス、そしてぼく。開戦と同時に空から降下して要塞内部に侵入。敵の頭であるストルミオスを討つ。以上」

「制限時間は?」


 アルミリアの問いに、ノアが端末の画面を見せながら答える。


「戦力差からざっと計算して―――三十分。それを越えたら、多分、聖都が落ちる」

「三十分……」


 その数字が、頭の中で何度も反芻された。


 三十分。たった三十分。

 CM飛ばさずアニメ見て、あー面白かった!って余韻を感じてるくらいの時間。

 そんな短い時間で、あたしたちは要塞に忍び込んで、ボスぶっ倒さなきゃいけないって?


 しかもその間、聖都の防衛はほぼ任せっきりになる。


「む、ムリじゃね……?」


 思わず口から漏れた。

 冷静に考えて、三十分なんてムリゲーにも程がある。

 言い出しっぺ、あたしだけど。


「無理じゃない、やるしかない」


 ノアがあたしの目を見ながら淡々と言って、現実を突きつける。


「できなきゃ、負けて死ぬだけ」


 言い切った。

 死ぬ―――その、あまりに残酷で救いのない二文字が、胸の奥に刺さった。


 リーネが小さく息を呑む。

 シリウスは眉一つ動かさないいつもの平静な態度で頷いた。

 アルミリアは腕を組みながら目を伏せ、何かを考えている。

 セナリアは……微笑みを貼りつけたまま、ただ静かに祈るように胸に手を当てていた。


 んで、あたしとシオンは胃痛に苦しむ。


「三十分で、敵を討つ」


 アルミリアが低く呟く。


 絶望的な数字だ。

 いやもうほんと、何度絶望したかわからない。


 でも、絶望ばっかしていたら、きっと光なんて見えないから。


 だからあたしらは前を向かなきゃ。

 どれだけ目の前が真っ暗闇でも、前を向いて、光を信じなきゃ。


 やるべきことは決まった。

 あとはそう……人事を尽くして、なんとやら。


 あたしたちの戦争が―――生きるための戦いが、こうして始まった。

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