表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/43

第30話 狂い出す歯車

 瞬間―――戦いの音が止んだ。

 全員の視線がアルミリアに集中する。

 何か、得体の知れない力によって視線を強引に引っ張られるような感覚だった。


 四体の化け物が、あまりにもあっさりと殺意を引っ込めた。

 呆気に取られるあたしたちを尻目に、アルミリアの前に整列して跪く。


 膝が石畳に触れる音が、揃いすぎて気持ちが悪い。

 慣れている……そういう動きだ。


「お久し振りでございます。アルミリア皇女殿下」


 モノクルの老人―――メルクリウスが声を発した。


 シリウスの剣先が僅かに揺れた。

 リーネが息を呑む音が聞こえた。

 シオンの「なんで」と困惑する声が背中に届く。


 原作知識で事情を知るあたしと、状況をすぐさま理解したノア以外が驚愕の表情を浮かべている。


 あぁ、マズいな、これ。


 そう思った時には、氷の壁があたしたちを覆っていた。

 逃げ惑う観衆からはこちらの様子が見えないように、完全に視界を遮断する。


 この先の話を聞かれてはならない。

 ノアはそう判断したらしい。


「メルクリウス。これは一体何だ?」


 アルミリアの声は低い。

 怒気というよりは、冷淡と冷酷を装うような声だった。


 メルクリウスがゆっくりとこうべを垂れる。


「戦の前の余興でございます。主の命より、任を預かりこちらに参りました」

「主、か」


 アルミリアの瞳が一瞬だけ細くなる。

 四戦神の前に立ち、石突で地面を突いて、僅かに顎を上げて見下ろす。


「……この兵士たちの惨状。やったのはお前か、ユピテル」


 アルミリアが名前を呼ぶと、赤髪の女が舌打ちして顔を上げた。


「アタシ以外に誰がいるんだよ。これがアタシらのいつものやり方じゃねぇか、なァ……殿下」

「……そうだな」


 一瞬だけ目を伏せて、アルミリアは小さく頷いた。


 続けて、その視線が横にスライドする。


「……ウェヌス」


 アルミリアが次に呼ぶと、白い肌の女が銃を肩に乗せたまま微笑んだ。


「は~い、殿下っ。相変わらずお美しいことで」

「ほぅ、世辞を言えるようになったか」

「あら、褒めたのにぃ。でも、もっと綺麗なのがここにはいるのねぇ。ぐちゅぐちゅに潰してあげたくなっちゃうっ♬」


 背中の触腕がゆらりと揺れる。

 その一本がリーネの方を向いたのが見えて、心臓が跳ねた。


「見るな」


 アルミリアが一言、低く告げる。

 ウェヌスの触腕がぴたりと止まった。


「マルス。お前もこの余興に加担しているのか」


 金髪の大男が、無言のまま顔を上げる。

 目に温度がない。人の形をした刃物だ。さっきの「死ね」が、まだ耳の奥に突き刺さって、本能が怖がっている。


 マルスが、何も言わずゆっくりと頷いた。

 それを受けて、アルミリアは下唇を噛んだ。


「……もういい」


 失望と、呆れと、怒り。

 複雑な感情がいくつも入り混じった一言を吐き捨てて、アルミリアが視線をメルクリウスに戻す。


「余興……お前は確かにそう言ったな、メルクリウス」

「その通りでございます、殿下」

「誰がそれを命じた」

「“主が”」

「ほぅ、主と……」


 アルミリアはそう言って、槍の穂先をメルクリウスの首元に当てる。


「答えろ。貴様の主とは誰だ? 私か? 我が父ストルミオスか?」

「無論―――」


 ふと、メルクリウスの身体が凍りつく。

 答えを探しているわけでも、黙っているわけでもない。

 処理落ちしているみたいに、本当にぴたりと動かなくなった。


 ……嫌な沈黙だ。


 瞬きすらしない。呼吸もしない。まるで操り人形の糸が、固まってそのままになってしまったみたいに。

 汗が頬を伝う。指先が冷える。息を呑む。


 そして、次の瞬間―――


 ぎちり、と。

 老人の首が、ありえない角度で傾いた。


「主は主ですよぉ、殿下ぁ!!」


 立ち上がり、大袈裟に両手を広げる。

 背中から伸びた触腕が無数に分かれて、翼のように広がる。

 ぬちゃり……濡れた布を引きずるような音が、気持ち悪い。


「我々はただ主の命に従うのみ! 主の意志を叶え、主の理想を実現し、主に全てを献上する! そのために―――」


 狂気に満ちた笑みを浮かべ、メルクリウスは声を張り上げた。

 それと同時に、ノアが作り出した氷の壁に黒い亀裂が無数に走って、一斉に砕け散る。


「人類文明に残されし最後の砦、聖都フレアリスの皆々様に宣告いたします!!!!」


 氷壁の外は息を止めたみたいに静かだった。

 だからこそその声は―――どこまでも届く。


「我々ヴァールゾルグの戦士は、人類の殲滅を決定いたしました!!」


 高らかに人々に告げられたのは、滅亡。

 お前たちの未来を焼き尽くすという、シンプルな最後の通告だった。


「猶予は一週間! 一週間後、三千の帝国兵が聖都を蹂躙いたします!!」


 ニタリ、と老人が笑い、アルミリアを見た。


「あぁ、降伏なさる必要はありませんぞ、殿下。元より、人の灯火など一つ残らず掻き消せ、とのことですので」


 嫌な空気が、広場に満ちていた。

 メルクリウスのそれは、純粋な悪意による宣言だった。

 力ある大国が、周辺諸国の征服のために宣戦を布告するのとは違う。


 もっと、こう、すごく残酷で、抗うことすら許されない、死の宣告。


 ただ、思いの外、それを聞いていた観衆の反応は静かなものだった。

 何故なら、メルクリウスが提示した三千という数字が、あまりにも、都市国家一つを滅ぼすに足りるものではなかったから。


「さ……三千? なんだよ、三千だけかよ」


 誰かが言った。

 皆を安堵するには、それで十分だった。


「三千だけなら怖がることはねぇ、返り討ちだ!」

「そうだそうだ! 脅しにもならないからな!!」


 広場の人間は大きく二つに分かれていた。

 ヴァールゾルグと知る者と、知らない者。

 知らない者は安堵し、知る者は絶望する。


 あたしも、リーネも、ノアも、シリウスも、シオンも……顔を上げることができなかった。


「ククククッ……」


 どこかから、笑いを押し殺すような声が聞こえてくる。

 ユピテルだ。

 彼女は石突で一度地面を叩いて音を出し、全員の意識を自分に向けた。


「なぁジジイ。聖都の人間ってのはとんだバカばっかりだな!!」

「えぇ、本当にそう。まさかたった十年で、ワタシたちが忘れられてしまうなんてねぇ」


 妖艶な笑みを浮かべながら、ウェヌスが続く。


 楽観的だった民衆の中から、一人の老人が声を上げた。


「さ、三千……おぉ、なんということじゃ……聖都は終わりじゃ……!」

「何言ってんだよじいさん。三千なんて大した数じゃないだろ?」

「馬鹿言っちゃダメだよあんた」


 老人の肩に手を置いた青年に、老婆が震えた声で忠告する。


「三千はね、あの帝国の兵士全員なんだよ」

「なんだよ、ヴァールゾルグも大したことねぇじゃん。三千だけって、一体どこのしょうこ―――」

「それで十分なんだよ」


 聞いていられなくて、余裕しゃくしゃくとしたこの空気に耐えられなくて、あたしの口は勝手にそう声を発していた。


「三千ってのは、ただの数字じゃない。……“あれ”が三千体いるってことなんだ」


 槍を両肩に乗せニヒルに笑うユピテルを指差し、あたしはそう言った。

 言ってから、やってしまったといつものようにひどく後悔する。


 東の大国。雷帝ストルミオスが治める帝国―――ヴァールゾルグ。

 兵力総数三千。ただし、一騎当千の英雄たちによって、その軍は構成されている。

 十年前、世界全土への宣戦の布告からたった一か月でフォストリエの東半分を征服し、深淵の波に吞み込まれてしまった不運な帝国。


 その国が、総力を挙げてフレアリスを潰しに来る。


 それを理解した瞬間、民衆の中から声が上がった。

 さっきまでの強がりが崩れるみたいに、広場の空気が一気に軋んだ。


「う、嘘だろ……」

「あの化け物が、三千体……?」

「ふざけんな! そんなの……ありえない!!」

「無理だ、勝てるわけが……ッ!」

「あぁ……イルセナリア様、ユスティア様……どうか、我々をお救いください……!」


 ざわざわとした騒ぎが、悲鳴に変わる。

 悲鳴が、怒号に変わる。

 怒号が、祈りに変わる。


 ―――あぁ、やっちゃった。

 あたしの言葉が引き金になってしまった。


 でも、言わなきゃもっと酷いことになる。

 あたしがゲームで見た中には、ここでフレアリスが負けて、壊滅するルートもあるから。


 それだけは絶対に避けなきゃ、って思ってたのに……あたしのバカ。何やってんだよ。


「お、お前! 今の、どういう意味だ!」

「あの化け物が三千? お前、ヴァールゾルグを知っているのか!?」

「説明しろ! リーネフォルテ様の、聖女の連れだろ!?」


 怒りの矛先があたしに向いた。

 目線が矢のように突き刺さって、注目されて、息が詰まる。


 その時―――民衆の一人が、あたしの右手にある聖剣を指差して言った。


「あぁ……あぁぁぁぁぁ!! お前、それ……! 俺は見たんだ! あの夜、魔竜を倒した光を! 同じだ……! 同じ色だ!! 同じ光だ!!!!」

「そんなはずあるか! あの光はリーネフォルテ様が―――」


 リーネが反射的に一歩前に出かけて、足を止めた。

 あぁ……マズい。

 これはもう、どうにもできない。


「まさか、嘘だったのか? リーネフォルテ様じゃなくて、このチビが本物の剣の聖女だったのか!?」


 空気がひっくり返った。


 さっきまで「三千だけなら余裕だ」と笑っていた口が、今度は「騙したのか」と疑いの言葉をこぼしている。


 恐怖は容易く人を分かつって、セナリアが言っていたっけ。

 確かにその通りだ。矛先を探すのが早い。

 逃げ場がないとわかった瞬間、誰かを悪者にして安心したくなるもんね。


 そして都合よくそこに立っていたのが―――あたしだ。


「ち、違う! リーネフォルテ様が剣の聖女だ! この子はただの―――」

「ただの何だよ! さっきからこいつだけ知ってることが多すぎるだろ!!」

「ヴァールゾルグのことも、あの化け物のことも……まるで最初から全部知ってたみたいじゃないか!!」


 声がうるさい。

 心臓がうるさい。

 喉がカラカラで息がうまく吸えない。


 あたしは今、最悪の地雷を踏んだ。


 彼らが疑い始めたのは、あたしの正体だけじゃない。

 リーネの“剣の聖女”という立場そのものだ。

 そして、それが揺らげば揺らぐほど―――国が崩れる。


 だってみんな、英雄に縋っているから。

 そうじゃないと生きていけないほど、この世界は追い詰められているから。


 なのにさ、その英雄が「偽物かもしれない」なんて言われたら。


「……ちがっ―――」


 否定しようと声を出した。

 掠れていて、すごく弱々しくて。

 そんなあたしの声は、低く冷たい声によって掻き消された。


「黙れ」


 たった一言。

 なのに、その場の喧騒が嘘みたいに止まった。


 アルミリアが槍を手放す。

 光を伴いながら一瞬で腕輪の形になり、手の中に収まった。


 武装を解除して、メルクリウスを見下ろす。


「いいだろう、メルクリウス。我が父ストルミオスに伝えろ。『フレアリスは全軍を以て貴様を迎え撃つ』と」

「承知しました。アルミリア皇女殿下」


 メルクリウスが立ち上がって、杖を一振りする。

 彼らの目の前に黒い靄が立ち込めて、四度、雷鳴が鳴った。

 閃光の眩しさに一瞬怯むと、四戦神の姿はその場から消えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ