第26話 デッドエンドに備えます
「お願い。アルミリアを救うために力を貸して」
アルミリアのデッドエンドを回避する。
それがおそらく、今回のシナリオのメインタスクなんだと思う。
現実はやり直せない、セーブ&ロードが使えないから、慎重に動かなきゃならない。
とはいえ、あたしは別に頭が良くないので、全くのノープラン。
それにこの世界を舞台にゲームがあって、そのメインストーリーでアルミリアが死んじゃうんだ! なんて言っても、誰も信じてはくれないわけで。
だからあたしは、それとなく知恵を貸してくれそうな子のもとに足を運んでいた。
「……で、どうしてぼくなわけ?」
ノアの表研究室から隠し階段を下った先。
裏研究室の最奥。画面と睨み合いながら、ノアは一つため息をこぼした。
ガラスの向こうには、あたしの聖剣を解析した時と同じように、シオンの盾が置いてある。
「ノアならなんとかしてくれそうな気がしてさ」
「きみ、ぼくのことなんだと思ってんのさ」
「残火守の頭脳! 便利グッズの母! ノアえもん!!」
「そこはかとなく嫌な響き」
「褒めてるのに」
「なんか、太ってるみたいでいやだ」
眉をひそめながら、ノアは空中に表示された半透明のディスプレイを慣れた手つきで操作していく。
……研究室に来た時からこうだったから、いつ聞こうか迷ってたけど、今聞くべきだよね、この状況。
「で、なんでシオンの盾があるの?」
「明日の儀式に備えて調整してる」
「調整ってなにを?」
「……色々」
冷たく鋭いノアの目線が「それ以上聞いてくんな」とあたしを突き刺した。
怖すぎるので、お口チャック。
「……それで、なんだっけ」
「このままだとアルミリアが死んじゃうって話」
「それ、ぼくが信じると思ったの?」
「ノアならウソかホントかわかるでしょ?」
「はぁ……」
ジト目のまま、ノアの右目があたしに向けられた。
真偽看破の魔眼(あたし命名)が光りながら、じっとあたしを見つめてくる。
これが光っている時は、嘘は通じない。だからきっと、あたしが冗談を言っていないことは、ノアに伝わっているはず。
「そうだね。少なくとも嘘は言ってないみたい」
「ね?」
「ね、じゃない。だからってぼくが協力すると思う? そんな不確定な未来のために」
ぶっきらぼうに一蹴された。どうでもいい、興味ない、そういう態度。
でもあたしは知ってるよ。
アルミリアが死んだ時、それを誰よりも悲しんでいたのはノアだって。
あたしがノアを信じているのは、本当だから。
「でも、このまま何もしなかったら、アルミリアが死ぬかもしれない」
「きみの中ではそうみたいだね」
「それだけじゃない。アルミリアの死をきっかけに聖都は壊滅する」
「……だろうね。彼女を失えばこの国は終わり」
ノアがため息を一つ。
「……それで、どうしてぼくを頼るの?」
「未来を変えるために、ノアが必要だから」
嘘偽りのない、あたしの本音。
この先の未来を変えるには、ノアの知識が必要だ。
特に、ゲーム知識との乖離が起き始めているこの世界では、あたしの記憶は逆に枷になる。
「はぁ……きみ、ぼくに対してだけ態度変じゃない?」
「そりゃ、ノアのことは何よりも信頼してるからね」
「……そういうのは、リーネフォルテに聞かせてあげるべきだと思う」
「どうしてリーネが出てくるの?」
ノアが口をぽかんと開けて、こいつマジかって顔であたしを見る。
リーネのことはもちろん信頼しているけど、それとこれとは関係なくない?
「……まぁいいや。いいよ」
「え、やけに素直じゃん」
「ぼくをすごく薄情なやつだと思ってない?」
「そりゃ効率厨だし」
「意味はわからないけどすごく不快……ぼくにだって、失いたくない人くらいいる」
ノアは眉間を指で押さえたあと、ふっと息を吐いた。
そして、空中ディスプレイを二枚、三枚と増やしながら、こっちを見る。
「で、アルミリアが死ぬのはいつ? どこで? 何が原因?」
「三パターンあるんだけど」
「全部語って」
「わかった」
あたしは小さく頷いて、目を瞑った。
一つ、二つと深呼吸。今でも、あのシーンは鮮明に思い出せる。
「一つ目は、ヴァールゾルグとの戦争の直後。多分……誰にも見えない場所で自害」
「……ぇ」
ノアの口から、声にならない息が漏れた。
最初に経験したアルミリアの最期は、戦争に勝って皆が喜んでいる裏での自害。
戦争の時に受けた傷から侵蝕を受けて、魔物になる前に命を絶った。
誰も見えない場所で、一人で死んだ。
「……続けて」
眉間に皺を寄せながら、ノアは小さく言った。
「二つ目は戦後、民意の断罪で処刑。三つ目は刺客の手による暗殺」
全部……今思うとクソだったよ。
思い出しながら語っていたせいで、自然と涙が出そうになった。
ひどい話だよね。一度目は自分で自分を殺して、二度目はちょっと安心したタイミングで民意に殺されて、三度目はそれすらも回避できたのに刺客に殺される。
それが、【フォストリエ】のメインストーリー三つのルートで語られた、アルミリアの最期。
周回を重ねるにつれて死ぬタイミングが遅くなるから、生半可に希望を持たせる辺りがいやらしい。シナリオライター絶対性格悪いって。
そこまで言い切って、室内が完全に沈黙する。
聞こえてくるのは機械の駆動音と、ディスプレイを操作するノアの衣擦れの音くらい。
その指先の動きがやけに落ち着いて見えるけど……違った。
無意味に画面を展開しては、無造作にいじっている。開いては消して、消しては開いてを繰り返して、動揺を隠そうとしているんだ。
「……ねぇ」
ノアがぽつりと口を開いた。
「それも、未来の記憶?」
「……うん」
「……最悪だね」
それはあたしに向けられた言葉というよりも、あの未来そのものに対する率直な感想に思えた。
「ほんとに、最悪。きみが嘘を言ってないってわかる分、余計にたちが悪い」
長い前髪を掴んで、ノアは右目の前でくしゃっと握り潰す。
画面を操作する手はもう止まっていた。
止まっているのに、ノアの指先だけが落ち着かなそうに空中を彷徨っている。
沈黙が痛い。
機械の駆動音がやけに大きく聞こえる。
「……カノン」
ノアが、調整作業中のシオンの盾から視線を外さないまま言った。
「その三つの未来、共通点は何だと思う?」
「共通点……」
共通点か……何だろう。
自害。処刑。暗殺。
全部バラバラ。でも、いっこだけ共通していることが。
「全部、戦争が原因」
「そうだね」
ガラスに触れながら、ノアが頷いた。
「きみの話が真実なら、アルミリアが死ぬタイミングは共通して、ヴァールゾルグとの戦争の後」
「……うん」
いざ言葉にされると、胸の奥がずしんと重たくなる。
戦争が終わった後。勝った後。生き残った後。
普通なら、ようやく肩の荷が下りて一息つける、っていうタイミング。
なのにその瞬間、アルミリアは死ぬ。
「これ見て」
そう言って、ノアは一枚の画面をあたしに見せた。
聖都の地図と、その東側から定期的に届く波……魔力探知のデータだ。
「魔力探知の記録だよね」
「正直、不自然な魔力探知。今までで一度もない」
「一度もない?」
それじゃ、おかしくない?
ノアの指が、空中の画面の上でぴたりと止まった。
「アルミリアはこういうのに備えて聖都の壁に偽装を施してたんでしょ?」
「そうだね。五年前、シオンを使ってあの壁に細工をしたのはアルミリア」
ノアはそこで、言葉をひとつ飲み込んだ。
「ただ、何に備えているのかはわからなかった」
表示した画面を消して、ノアはあたしの目を真っ直ぐ見た。
「でも、この魔力探知が、ヴァールゾルグから来てるのなら理解できる」
ノアはまた無言で、一枚の画面をあたしに見せる。
フォストリエの大陸図―――ゲームでマップを開いた時に表示されるやつと同じものがあたしの目の前に出てきた。
「魔力探知は東から来てる。ゴルディオス山脈を越えた先にあるのはヴァールゾルグが支配する帝国領」
画面を指先でなぞりながら、ノアは東の大国を指差した。
えぇ、知ってますとも。そこがヴァールゾルグ。皇帝ストルミオスが治める帝国。
「十年前、帝国は大陸全土に宣戦を布告して、東方諸国を蹂躙した。覚えてる?」
「もちろん。あたしが眠ってた十年間のことは、この一か月でみっちり頭に叩き込んだからね」
というのもあるし、ゲーム知識もある。少なくとも十年の間の出来事に関しては、あたしが危惧する【フォストリエ】との乖離は訪れていないから、ここはしっかり活用させてもらう。
「ストルミオスは運が悪かった。深淵の波が発生して、無敵を誇った帝国軍は一夜のうちに闇に呑まれて消えた」
でも、今の情報には誤りがある。
お前の記憶を試す、答えてみろ。と、右目に魔力を灯しながらノアがあたしを見ていた。
「……その生き残りが、アルミリア」
「そこまで知ってるんだ」
「まぁね。ってか、普通に名乗ってるんだから気付かない?」
そう、アルミリアはヴァールゾルグの生き残りだ。
下の名前を名乗った辺り、隠すつもりはないんだろうけど。
「で、ぼくが言いたいのは―――」
ノアは指を鳴らした。
空中のディスプレイが一枚、二枚、三枚と並んで、やたら情報量の多い画面が整列する。
「この魔力探知は偶然じゃない。意図があって行われてる」
「それはアルミリアも言ってた。何らかの意図が作用しているって」
「きみの未来の話が本当なら、この探知は……索敵」
索敵―――
ノアの小さな口がそう言った瞬間、あたしの背筋に汗が伝った。
胃の奥がぎゅっと掴まれる。
だってそれ、つまりこの探知で映った聖都は、敵だってことだから。
「見つかってるんだよね、これ」
「偽装の術式がないから、もう見つかった」
「じゃあ、もしかしてこの先は……」
ノアが一つ息を吐く。
呆れというより、むしろ自分を納得させるようなため息だった。
「ヴァールゾルグが攻めてくる」
それは……マズいな。
「そうなったらアルミリアが死ぬ!」
「落ち着いて。戦争は直接的な原因じゃない。でもどのみち、きみの語る未来が可能性として存在しているのは変わらない」
「じゃあどうすればいいの?」
あたしはバカだから、ノアに頼るしかない。
ロクな知識もないから、今はノアだけがあたしの希望なんだ。
「戦争は避けられない」
回避不能、逃げ場なし……詰み。
「じゃあ終わりじゃん」
「終わりにしたいの?」
「したくないから頑張ってんでしょうが!」
声が裏返る。
いやだよ。あの未来は……空席は、断頭台は、血の海は。
思い出すだけで、目頭が熱くなる。
「っと……すまない、取り込み中だったか?」
ふと、あたしの後方、研究室の入口から声が聞こえた。
振り返るとそこには、気まずそうに苦笑いを浮かべるアルミリアがいた。
ノアが無言であたしを睨み、自分の唇に人差し指を当てる。
何も話すな。冷たく鋭い視線が、そう言っていた。
「何の用?」
「薬を切らしてしまったので、補充しに来た」
「薬? 薬なら薬品倉庫の方に―――いっ!?」
結構強い力でノアに脚を蹴られた。痛い。
「ごめんカノン、話はこれで終わり。席、外してくれる?」
「え、あぁ……うん。わかった」
あたしは素直に頷いて、研究室のドアノブに手をかけた。
手をかけた……ところで、止まる。
今、出ていけって言われたよね。
しかもノアに蹴られたよね、割と強めに。
つまり今この部屋では、あたしに聞かれたくない会話が始まるってことだよね?
そんなの、気になるに決まってるじゃん。
部屋から出た後、あたしは扉に耳をくっつけた。
『……アルミリア。カノンに知られたらどうするの』
『すまない。急いでいたもので』
扉越しにノアとアルミリアの声がくぐもって聞こえる。
やっぱり、あたしに聞かれたくない話だ。
『薬品倉庫のやつじゃダメなの?』
『ダメだ、あれは弱い』
『やっぱ市場に流通しているやつじゃ効果薄い?』
『薄いな。あれでは止められそうにない』
うーん……合理の塊と効率厨の会話だから、詳しいところがわからない。
これで会話成立しているんだもんね、恐ろしいよこの二人。
『使う本数、日に日に増えてない?』
『そうかもしれないな』
『こんなこと言うのは変だけどさ、切り落とさないの? 痛みは魔法で抑えられるし、――だって、そこで止められる』
途中の一単語だけが、機械の駆動音に掻き消されて聞き取れなかった。
『……いや、これは私への戒めだ。だから、この身が朽ちるその時まで付き合うさ』
『そう……なら、止めないけど』
声の感じからして、結構重要な会話をしているのは伝わってくる。
でもやっぱり、詳細が見えない。
扉を開けたらバレるだろうし、透視魔法みたいなのがあれば良かったのに。
そう思った瞬間。
―――がちゃ。
ひとりでに扉が開いた。
「うわっ!?」
耳をくっつけた姿勢のまま、あたしは前のめりに倒れかける。
顔が床とキスすることはなかった。背中の襟が誰かに掴まれて、身体がふわりと持ち上がった。
「わっ、とっ、とぉ……ふぅ」
前髪がぶわっと揺れて、空気が冷える。
「……なにしてんの」
前方から、氷点下みたいな声が聞こえる。
ノアだ。
氷の手を二本空中に展開して、ドアノブとあたしの襟を掴んでいる。
右目が淡く光っていた。真偽看破の魔眼がくっきりと「バレてるよ」って言ってる。
「い、いやぁ、その……ドアの前に落し物があって……」
「……嘘」
ノアの眉がひそめられて、右目の光が少しだけ強まった。
嘘だってバレた……こういう時誤魔化し効かないのは厄介だ。
「ごめん、盗み聞きした」
あたしが観念してそう言うと、ノアはため息を一つ吐いて、あたしの襟を掴む氷の手を解除した。
「どこまで聞いたの」
「全部」
「はぁ……」
「だって、気になるじゃん! 薬とか戒めとかさぁ!!」
「声が大きい」
ぴしゃり、と叱られて、あたしは口を両手で塞ぐ。
ノアの肩越しに、部屋の中にいるアルミリアが見えた。
小瓶に口をつけながら、こっちを見ている。
リ〇Dとかオロ〇ミンCと同じサイズ感の小さな瓶。
あたしはその瓶に見覚えがあった。
でも、どこで見たのかは思い出せなかった。
一周目なのか、ゲームの中だったのか、それとも、この世界なのか。
だめだ……わからない。
「カノン」
アルミリアが飲みかけの小瓶の蓋を閉めて、あたしを呼んだ。
「今見たことは他言無用だ。決して誰にも言うな」
叱る時と同じように鋭く言って、小瓶を上着のポケットにしまった。
その動きに合わせて、黒い手袋の左手が遅れてぎゅっと拳を作る。
まるで、痛みを握り潰すみたいに。
アルミリアはそのまま、何も言わずに歩いてくる。
足音がなくて、怖かった。
通り過ぎるだけなのに、空気が一段重くなる。
肩が触れる距離ですれ違う直前、アルミリアは一瞬だけ立ち止まり、あたしの耳元でこう囁いた。
「そして……どうか忘れてくれ」
アルミリアは何事もなかったように、階段を上って立ち去る。
残ったのは、研究室の機械音と、あたしの心臓のうるさい鼓動だけだった。
人間ってさ、忘れろって言われた瞬間、余計に記憶に焼きついて忘れられなくなるんだよ、アルミリア。
胸の奥で疼くこの違和感の正体はまだわからない。
だけど……あたしは何か大切なことを見落としている。そう、あたしの魂は確信していた。




