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第25話 平穏な日々、終了のお知らせ

 推しが犠牲にならず、笑って暮らせる未来。

 それがあたし、カノン・フィリアが目指す世界だ。

 リーネも、世界も、そんでもってついでにあたしも、全部まとめて救ってやる。

 そう啖呵を切って、運命サマに中指突き立てたのがついこの間のことのように思える。


 残火守の一員として聖都で暮らすようになってはや一か月。

 魔竜騒動で被害を受けた範囲の復旧はほとんどが完了。聖都は以前の活気を取り戻していた。


 ただ一つ―――あたしが縦に裂いてしまった都市の外壁の穴は、まだ完全には修復できていない。


 とはいえ、修復には特殊な術式とある人物の存在が必要不可欠。

 だからこの一か月、あたしたちは暇を持て余していた。


 最初の三日間が家系ラーメンのドロドロスープみたいなイベントの濃さしてた分、何もない一か月というのも逆に落ち着かない。


 その代わり、ファンアートによる推し活という生前の趣味を取り戻すことができたんだけど……まぁ、それはまた今度。



 あたしとリーネの二人は、アルミリアに呼び出しを受けていた。


 応接室の扉を開くと、温かな空気があたしたちを出迎えた。

 香ばしい紅茶と、お茶菓子の甘い匂いが漂ってくる。


 来客の対応でもしていたのかな。そう思ってソファに視線をやった。


 そこに―――カメがいた。


 いや、正確にはカメじゃない、盾だこれ。

 小さな身体だったらすっぽり隠れちゃうくらいの巨大な盾。

 その後ろから、女の子が一人、こちらを見ている。

 紫色の髪を頭の後ろで一つにまとめた、ポニーテールの女の子。


「……だ、だだっ、誰、ですか!? ボク、敵じゃないですよ!!」


 彼女はエメラルドグリーンの目を細めながら、あたしらを警戒している。


 こういう時、一方的に知っていると少し心が痛い。

 はじめましてをもう一度繰り返すのは、どうにも寂しい。


 自分の席だけが、この世界にないような疎外感。

 なんだろう、あたしちょっと、センチになってんのかな。


「シオン、彼女たちは敵ではない。その盾を仕舞ってくれないか」


 シオンと、そう呼ばれた彼女と向き合うあたしたちの後ろから、アルミリアの声がした。

 あたしの隣をすり抜けるようにして、アルミリアはカゴ一杯に詰めた茶菓子を手に応接室の中へ。


 アルミリアとあたしたちを交互に見て、シオンは巨大な盾を床に置く。

 床が大きな音を立てた後、輪郭がほどけて、腕輪みたいな基部だけ残った。

 何それ、ビームシールドじゃん。ギミックかっけぇんですけど。


「さて、これで全員揃ったな。二人ともこちらへ。座ってくれ」


 アルミリアはそう言って、自分の両隣をポンと叩く。

 座れ、ということらしい。ここに来た一か月前とは違って、アルミリアの隣に。


 リーネと顔を合わせて、無言で同時に頷く。


 アルミリアの隣に腰を下ろすと、シオンがソワソワと目を泳がせているのが見えた。

 なんというか、これはあれだ。餌を前にして、「まて」と言われた飼い犬のような―――


 アルミリアの持ち込んだ茶菓子は、どれも中心街で売られているリッチなもの。スナックばっかり食べてたあたしからすれば、高級品だ。

 そんなものを前にすれば、誰だって息を呑む。


 実際、シオンの喉がごくり、と鳴った。


「……食べないのか?」

「たっ、食べます!」


 アルミリアが首を傾げると、シオンは目を輝かせて茶菓子に飛びついた。

 次から次へと、リスのように頬張っていく。


「ん~~~~! 美味しい! 久しぶりのまともなお菓子、最高です……!」

「……アルミリア、彼女は?」


 当然の疑問を、リーネが口にした。

 そうだった、あたしらはまだ初対面なんだよね。


「彼女はシオン。現在は、断界の監視者を務めてもらっている」

「断界の監視者……」


 断界の監視者―――その単語に、リーネが眉をひそめた。

 それは十年前、あたしたちが破壊したソルファリオの担っていた役目。

 北の大深淵の活動を監視し、結界を維持する裏の英雄。


 あたしらクレストリア組からすれば、最悪のトラウマワードだ。


「シオン。彼女らが、剣の聖女―――新たな聖都の英雄だ」


 もぐもぐと茶菓子を食べていたシオンの手が止まった。

 一気に飲み込もうとして、むせる。アツアツの紅茶を流し込んで、「あちっ」と怯み、ほっと一息。


「さ、先程は失礼しました! ボクはシオン・アストライア。ご紹介にあずかりました通り、大深淵の監視者をやらせてもらってます!!」


 鍛冶師のハンマーみたいに、勢いよく頭を振り下ろす。


「あでっ!?」


 机に額をぶつけて、間抜けな声を上げる。

 うん……シオンだ。あたしの知る、シオン・アストライアだ。


 真面目で、礼儀正しくて、ドジで、おっちょこちょい。

 目を離せない、庇護欲を駆り立てられる可愛い後輩。


「だ、大丈夫ですか?」


 焦ったリーネが立ち上がって駆け寄る。

 腫れてはいるけど、傷にはなっていない。

 リーネは額にそっと触れて、覚えたての治癒魔法を唱える。


 ……無詠唱で。


 さすがに詠唱ありには速度も効果も劣るけど、とはいえ才能が恐ろしい。


「あ、ありがとうございます、先輩」

「……先輩?」

「はい。ボクにとって、皆さんは人間としての先輩ですから!」


 少し含みがあるような表現をして、シオンは立ち上がり、笑顔でお辞儀。


「改めまして、シオン・アストライアです。本日から、残火守に合流することになりましたので、よろしくお願いします」

「はい。リーネフォルテ・エル・クレストリアです。こちらこそ、よろしくお願いします」

「はい、お願いします! リーネフォルテ先輩!!」


 微笑ましい光景だ……原作じゃ、シオンと合流する頃にはリーネのメンタルは擦り切れ手前だったし、ふざけていられるほど楽観的な状況じゃなかったんだよね。

 だから、こうして笑い合っていられるのが新鮮。


「……カノン」

「あっ、はい! カノンです! よ、よろしく、おねがいしますっ!!」


 自分だけの世界から強引に引きずり戻され、あたしは立ち上がって頭を下げた。


 顔を上げると、シオンが興味深そうにこちらを見ている。

 えっと、あたし何かしましたっけ……?


「カノン先輩―――お話は聞いています。聖都の防壁を壊しちゃった人、ですよね?」

「うぐぅ……!」


 シオンの純粋で素朴な疑問が、あたしの胸に深々と突き刺さる。

 そういえば、防壁の魔力吸収術式はシオンが施しているんだった。


 怒るか、怒るよなぁ、キレたいよなぁ。何あたしが丹精込めて刻んだ術式吹き飛ばしてくれ飛んじゃワレァ! って、ブチギレたくもなるよね。


「すごいです……!!」


 如何なる罵倒も叱責も受ける覚悟だったのに、シオンから返ってきたのはむしろその真逆。

 嘘偽りのない、純粋な賞賛の言葉だった。


「あの防壁は今まで誰も壊せなかったのに……一体、どうやったんですか?」

「え、えっと、どうって……」


 答えられるわけない。

 聖剣使って光の柱出して溶断しました―――なんて、言えるわけない。

 言うなよ。という、アルミリアの圧を隣から感じる。


「あー……秘密?」

「秘密……つまり秘奥義ってことですね! わかりました!!」


 大きく頷いて、シオンは自分の席に戻っていった。

 うん、なんかうまいこと納得してくれたみたいでよかった。


「アルミリア。そろそろ本題に入ってください」


 リーネがそう言うと、アルミリアはカップをそっと机の上に置いた。


「そうだな」


 彼女の目がわずかに細められる。

 仕事の話が始まる―――と、空気が引き締められることで実感する。


「君たち二人を呼んだのは、シオンの護衛を任せるためだ」


 その一言で、室内の空気がぴん、と張り詰めた。


 さっきまで茶菓子を頬張っていたシオンの手も止まっている。

 口の端にクッキーの欠片をつけたまま、目を丸くしてこっちを見ていた。


「護衛……? ボクが、お二人の盾ではなく?」

「あぁ。カノンとリーネフォルテには、シオンの護衛を務めてもらう」

「どうしてですか? もしかしてボク、役に立ちませんか?」

「いや、君はよくやっている」


 即答して、アルミリアは机の上に地図を広げる。

 聖都の全体図。あたしが壊した防壁の場所が、赤く塗り潰されている。


「シオンを呼び戻した理由は、この外壁の修復のためだ。わかっているな?」


 確認のために問うアルミリアに、シオンはぶんぶんと首を縦に振る。


「聖都の外壁は、深淵の波に対する防衛の要でもある。その穴は早急に埋めなくては、いざという時に備えられない」

「いざ、って?」


 あたしが尋ねると、アルミリアは少し考える素振りを見せた。


「例えるなら、深淵領域アビスの拡大による魔物の侵攻」


 アルミリアはそこで一拍置いて、言い直した。


「……聖都の東方で妙な動きがあった。侵攻の予兆かもしれない」


 ―――空気が、冷えた。

 シオンの口からクッキーが落ちそうになり、リーネの背筋が目に見えて強張る。


「妙な動きって……?」

「定期的な魔力探知の波が届いている」

「……ぁ」

「今までは、防壁の術式が探知を躱していた。だがそれが存在しない今となっては、既に捕捉されたとみていいだろう」

「探知を躱していた?」

「それは、ボクからお答えします!」


 説明の足りないアルミリアに対しリーネが首を傾げると、シオンが右手を挙げて立ち上がる。


「聖都を囲う防壁には、二つの魔法が作用していたんです」


 そう言って、シオンはクッキーを一口で飲み込む。

 それから、聖都の地図。その外壁部分を指差した。


「まず一層目は、攻撃を魔力に変換し、吸収する術式です。これのおかげで、聖都はこれまで、不定期な深淵勢力の侵攻を退けることができました」


 指先から魔力を放出して、その軌跡が外壁を青く染める。


「一層目? 一層だけではないのですか?」

「はい。防壁の術式には、隠された二層目があるんです」


 シオンはそう言って、一層目の内側を指でなぞった。

 魔力の性質を器用にいじって、軌跡の色を変えて、緑色。


「それが、偽装を目的とした術式です。外部からの魔力探知に反応せず、完全に姿を秘匿することができます。聖都の外から探知を行っても、目視以外で聖都が検知されることはありません」

「なるほど……」


 アルミリアとは違って端的でわかりやすいシオンの説明に、リーネは納得した様子で頷く。


「でも、それって……」


 リーネが気まずそうな視線をあたしに向ける。

 あたしは……胃がねじ切れそうになっていた。


「はい。問題は、その二層目を含めて、防壁がズタズタってことなんです」

「ズタズタって言い方やめない? あたしの心が痛い」

「でも、事実は事実なので……外壁の裂け目の周辺だけ、術式が壊されて作用していないんです。なので、魔力探知に引っかかった、とアルミリア様は言っています」


 シオンは聖都の外周を囲った軌跡を指でちょん、と小突く。

 魔力の軌跡が崩れて、穴ができていた。


 こほん、とアルミリアが小さく咳払いをする。


「既に捕捉されてしまった以上、侵攻は避けられない。人の灯火を残さず喰らう、それが深淵《奴ら》の性質だ」


 アルミリアの言葉に、室内の空気が張り詰める。


「侵攻って、どの程度の規模の話ですか?」

「そこまではわからない。だが、東方で組織だった動きがあるのは事実だ」

「組織……ってことは、魔物の群れじゃなくて」

「何らかの意志が作用している、と判断していいだろう」


 リーネが無言で拳を握った。


「本来、深淵には意志がない。機械的に、本能的に、人の文明の残り火を呑み込むべく活動を続ける災厄。だが……君たちも見ただろう。意志を持ち、学び、生きる敵を」


 そりゃもう……思い出したくなくても、記憶に焼きついていますとも。

 一か月前相手にした、深淵の魔竜。

 あの魔物には確かに意志があった。あたしの攻撃を学習して、対応して、嘲笑うだけの思考があった。


「だからこそ、ここからの戦いは一筋縄ではいかない。私はそう予感している」


 アルミリアの声は静かだった。

 静かなのに、言葉だけがやけに重かった。


「時間がない。明日、まずは早急に防壁の修復を行う。カノンとリーネフォルテには、万が一に備えてシオンの護衛についてもらいたい」

「はい」

「りょーかい」


 リーネとあたしが同時に頷く。



 それから……何を話したのか、あたしははっきりと覚えていなかった。

 目の前のことよりも優先するべき、大事なことがあったから。

 あった、っていうか……思い出した。



 【フォストリエ】のメインストーリー中盤。

 主人公の覚醒と共に聖都の外壁に大穴が空き、それをきっかけに、ヴァールゾルグの軍が侵攻を開始する。

 その前兆が……レーダーのように定期的にやってくる、魔力探知。


 まさに今の状況そのものだ。

 あたしの予想が正しければ、攻めてくるのはヴァールゾルグ。


 でも、重要なのはそっちじゃない。

 もっと大切なのはその先―――


 アルミリアはヴァールゾルグとの戦いの最後に命を落とす。


 どのルートを進もうと、それは変わらない。

 一周目のあたしが見た彼女の末路もきっとそうだ。

 出会った時に見せられたあの記憶。赤い血の海に沈むアルミリア。


 リーネフォルテはずっとアルミリアの死を引きずっていた。

 ううん、それだけじゃない。死んでいった皆の想いをずっと背負っていた。


 自分を引き換えに世界を創り直せる、みんなが生き返る。そう言われたら、リーネは間違いなくその道を選択する。

 そして、きっとあたしもそれを選んだ。


 あたしが目指すのは、推しが笑って幸せに暮らせる世界。

 リーネも、世界も、あたし自身も犠牲にしない、圧倒的なハッピーエンド。


 要するにさ、誰も死なせちゃいけないんだよ。あたしは。

 だから、ここを乗り越えなきゃならない。


 だって―――


 アルミリアには死の結末(デッドエンド)以外、用意されていないのだから。


 運命、切り開かなくちゃならない。

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