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第1話 自己犠牲が嫌いだ

 まず宣言しよう。あたしは自己犠牲エンドが嫌いだ。

 主人公かヒロインが自分を捧げて世界を救う―――そんな「ハッピーエンド」の顔したお涙頂戴エンドが、心の底から大っ嫌いだ。


 ……いや、泣いたよ? 感動もした。

 したけど、それとこれとは別。

 今回ばかりは、「良い話だったね」で終わらせたくなかった。


     ◇


 ―――戦いは終わった。


 月のない夜、泥だらけの鎧の巨体が膝をつく。

 砂と泥に塗れた世界の果てで星空を仰ぐ。

 胸の中心に深々と突き刺さっているのは、黄金の輝きを放つ一本の剣の折れた刃。


 創世の聖剣レーヴァ=ルクス。

 剣の聖女が託してくれた、世界を救うための鍵。


「終わったよ、リーネ。これで、いいんだよな……」


 傷だらけの少年が、息も絶え絶えになりながら振り返る。


 そこに立つ少女は、白銀の髪を夜風に揺らしていた。

 琥珀の瞳からこぼれた涙が、砂埃の中でやけに綺麗に光っている。


「……はい」


 剣の聖女リーネフォルテ。

 このゲームのメインヒロイン。あたしの最推し。


 少年が、崩れるように倒れた。

 視界が白んで、リーネの声が遠ざかる。安堵と共に目を閉じたその瞬間。


「でも……まだやるべきことが、残っています」


 画面が暗転した。


【剣亡き夜明けのフォストリエ】―――エンドA fin。


     ◇


「おーわったぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 コントローラーを握ったまま、あたしは椅子の上で大きく伸びをした。

 ラスボス強すぎ。死人出すぎ。最終決戦の生き残りは主人公とリーネだけだし……「鬱ゲーかよ」という感想は、一旦飲み込んで物語の終わりを咀嚼する。


 これでいいんだ。

 ここからは平和だ。生き残った人たちで世界を立て直していく。そういう余韻があったっていいじゃないか。


 涙をパーカーの袖で拭って、ズレたメガネを直す。

 物悲しさの中に一つの希望。まさにこのゲームを象徴するようなエンディングテーマと共に流れたスタッフロールが終わり、操作可能になって、街の景色が戻ってくる。


「さてと、ちょっと試してみたいスキル構成思いついたんだよね。早速リーネを魔改造っと―――」


 パーティー編成画面を開いて。


「……あれ?」


 おかしい。

 レベルカンストまで育てたはずのリーネフォルテが、パーティーから抜けている。


「編成リセットされてんのかな。あとでネット調べてみよ」


 キャラクター一覧を開く。

 ずらっと並ぶ顔、顔、顔。途中で死んでいった仲間がみんないる。なのに。


 リーネのアイコンだけが、見つからなかった。


「……え」


 嫌な汗が背中を伝った。

 あたしは十字キーを連打して、画面をひっくり返す勢いで確認する。


 いない。

 いつも主人公の隣にいたはずの場所に、別なキャラが座っている。


「ちょっと待って待って待って。なにこれ、どういうこと?」


 あたしの指が、今度はインベントリを叩いた。

 リーネの専用装備―――聖剣レーヴァ=ルクスが、ない。


「なんで? え、捨てた? 周回持ち込み禁止? でもあたしまだ周回はしてないよ!?」


 武器一覧―――ない。

 防具一覧―――ない。

 消費アイテム―――あるわけないだろ。

 大切なもの―――入ってたらよかったのに、ね。


 そこで、ふと思い出す。


「そうだ、序盤でリーネに貰った、誓いの指輪……!」


 子供時代に主人公が貰う、守り人の指輪。

 それは、ある。指が震えながら詳細ボタンを押す。


 フレーバーテキストが、表示される。


 ◆◆◆


 剣の聖女■■■■■■■が、唯一信頼する守り人へ贈った指輪。

 守り人とは剣の聖女の護衛であり、そして同時に、共に救世の旅を成す仲間である。


 装備することで、HP、MP、スタミナが一定量増加する。


 ◆◆◆


「……おかしくない?」


 名前が―――消えていた。

 リーネフォルテという、彼女の名前が。


 胸がひゅっと冷えた。

 死んだんじゃない。消えたんじゃない。


 最初から、いなかったことにされた。



 剣亡き夜明けのフォストリエ―――というオープンワールドアクションRPGには、そんな仕掛けがある。

 世界を救う代償として、リーネフォルテは消滅する。

 存在は世界から抹消され、記録からも、記憶からも、全て忘れられる。


 プレイヤーだけを残して、誰も彼女を覚えていない。


「……ふざっけんなよ」


 あたしはリーネフォルテが大好きだった。


 いやもう大好きなんて安易な言葉で片付けていい存在じゃない。

 最推し、生きる指標、文字通り人生を捧げた相手。


 発売前にビジュアルで一目惚れして。

 設定でさらに惚れて。

 ファンアート描いて描いて、百枚? 二百枚近く投稿して。

 発売日には豪華特典付きパケ版もDL版も買って、普及用に通常版まで買って、有給ぶち込んで寝ないで遊んで。


 泣いて、笑って、怒って、戦って―――


 それで最後が……これ?


 いや、そんなことない。

 絶対どこかに、リーネが幸せになる世界があるんだ!

 ある……はずなんだ。


 それから、何日経っただろう。

 ただ一心不乱に、ゲームをやり込んだ。


 もし。

 もしも、このゲームに彼女を救うルートがあるのなら。

 もしも、リーネフォルテを幸せにする手段があるのなら。


 あたしは、そこに辿り着くまで絶対に諦めない。

 その決意だけが、あたしを動かしていた。


 なのに、現実は残酷で。


 一件の通知だけがやけに気になって、スマホを手に取った。

 どこかのゲーム雑誌の編集部が企画した、【フォストリエ】のシナリオを手がけた脚本家へのインタビュー記事。


 記事の中で、脚本家はこう言っていた。


編集部「ファンの間では、メインヒロインであるリーネフォルテの報われない最期は賛否両論ということになっていますが」

脚本家「それについてはこちらでも存じています。ですが、どれだけ書き直しても、リーネフォルテが生き残るエンドだけはありえないと、私の中では結論が出ています。それでは、彼女は幸せにはなれない」

編集部「と、いいますと?」

脚本家「幸せとは主観的なものです。リーネフォルテは自らの意志で世界を救うことを選択しました。彼女が犠牲にならなければ、世界はあのまま壊れていた。それは、リーネフォルテの望む未来ではありません」


「……は?」


 このゲームに、リーネフォルテが救われる未来は一つも存在しない。

 脚本家が語ったその事実はあまりにも残酷だった。

 残酷すぎて―――反吐が出る。


「ふざけんなよ……!!」


 スマホを全力で地面に叩きつけた。


「あたしが必死こいて探し回ったあの時間はなに? 幸せが主観的なもの? そんなの……お前たちの勝手じゃん」


 お前たちがそうなるように仕向けたんじゃん。

 そういう世界を創って、そういう展開を用意して、そういう結末に至るしかないって、あたしらに納得させようとしているだけじゃん。


 それでもあたしは……リーネが生きている未来が欲しかったのに。


 数日後、あたしは廃人になっていた。

 SNSの更新は止まり、ご飯も喉を通らず、ベッドの上で天井だけを見て、何もしたくなくて、眠くて、だるくて。


 ある夜、ふと目の前に―――あの子が立っていた。


「……リーネ?」


 白銀の髪が月明かりの中で、風に揺れた。

 琥珀の瞳があたしを見て、名前を呼んだ。


 ―――カノン。って。


 推しが、笑っていた。

 世界のために自分を捧げた、あの時と同じ顔で。


 次の瞬間、視界がぶつんと切れた。

 糸が切れるみたいに意識が落ちて―――



     ◇



 たぶん、栄養失調とかそういう方向での衰弱死。世界から忘れられるリーネよりはマシな死に方だよ。


 それにもともと、現実世界に未練なんてなかったし。

 あー……強いて言うなら、あのふざけた脚本家を叩きのめしたかったかな、それだけ。


 ―――目を開けた。


 冷たい石の感触。鼻を刺す湿った土の匂い。

 薄暗い天井。見覚えのある、青白い光。


「……は?」


 身体が軽い。

 腕が細い。声が高い。指が短い。


 ふわふわと浮かぶ正十六面体のクリスタル。

 ゲーム開始時、主人公が謎の神託と一緒に召喚される果ての祭壇。

 初見プレイ時は「ここから物語が、あたしのリーネとの冒険がはじまるんだ!」とウッキウキになっていたあの場所に、あたしは立っていた。


「……果ての祭壇じゃん」


 【フォストリエ】のスタート地点だと気付いた瞬間、あたしの心を支配していた失意とか、絶望とか、喪失感とか、そういうのが一気に取り払われたような気がした。


 心臓がバクバクと喧しく鼓動する。

 思わず口元から笑みが漏れた。


 もしかして、あたし、フォストリエに来ちゃった?

 この状況、どう見たって主人公と同じだ。


 それなら……やり直せる?

 ここからなら、間に合う?


 だったらさ―――


「今度こそ、リーネを救ってみせるんだ……!」


 今度こそ―――その言葉だけが、頭の奥でやけに引っかかった。

 何言ってんだろうね。あたし、これが一周目じゃん。


 でも……そっか。


 チャンス貰っちゃったなぁ。なら、やるしかないよね。


「待っててね、リーネ。あたしが絶対、幸せにしてあげるから!!」


 推しゲー世界に転生して、やかましいオタクのテンションを取り戻したあたしは、心機一転、ここから始まる壮大な旅の物語に胸を躍らせながら、一歩踏み出した。

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